医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
新しいテクノロジーは徐々に社会に浸透し、人々の価値観や行動、役割も徐々に変化していく。医師で漫画家の手塚治虫氏は『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で1973年から1978年にかけて『ブラック・ジャック』を連載したが、それから約40年後の2015年から2017年にかけて『週刊少年チャンピオン』で連載されたのが、「近未来のブラック・ジャック」を描く『AIの遺電子』だ(秋田書店が運営するウェブマンガサービス「マンガクロス」で2018年12月からリバイバル連載中。こちらから読める)。
昨年、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した同作は、人間の脳を忠実に再現したAI(人工知能)を持つ「ヒューマノイド」が国民の1割となった近未来で、ヒューマノイドを診て「治療」する医師を描くSF医療オムニバスだ。作者の山田胡瓜氏は、ITニュース記者を経て漫画家になった異色の経歴。社会へのテクノロジーの浸透で人はどう変わり、また医師の役割はどう変わっていくのか。山田氏にお伺いした(前後編の2回の連載。前半はこちら『AIが発達した未来に、人間の医師は存在できるのか?』)。
標準的な診断や治療は機械に任せて、患者が本当は何を望んでいて、どういう方向へ行ったらいいのかを、医師が一緒に考えていくのですね。
そうですね。でも、マニュアルに従って診断し、マニュアルに従って手術をするのは、機械の方が上手になるかもしれないと、僕は思っています。
患者に寄り添うというのは医師本来の仕事ですが、現状医師は多忙でなかなか時間を作るのが難しいですね。
今すごく医療現場が忙しく疲弊していて、医師の先生方は医師の本来持っている、使命感とかがシステムに負けてしまうというつらい状況があると思います。そこを負担軽減するのがAIの役割の一つでもあると思います。
『AIの遺電子』では須堂医師の患者としてヒューマノイドを描いていますが、先ほどもおっしゃっていたように、「トランスヒューマン」という将来ありうるかもしれない人間でもあるかもしれないし、須堂医師は将来の人間の医師であるかもしれないのですね。
そうですね。それとヒューマノイドとして描くことで、デリケートな議論を回避する狙いもありました。特に、人間だと「脳をいじると人格が変わる」というように知能に関わる問題は、非常にセンシティブでマンガに描けなかったりします。手塚治虫さんの『ブラック・ジャック』では脳手術によって人格が変化する話がありますが、患者から抗議があり謝罪したということもあったそうです。
でも、現実にはありうるかもしれないわけです。脳をいじることで人格が変わったり、人生が変わったり、それで本当に良かったのかと、様々な問題を起こしかねません。それをヒューマノイドという形に託して描きました。
新しい技術が出てくると、それによって一部だけが変わるのではなく、その周辺、不随することは全て変わりますし、その変化がゆっくりだと多くの人は慣れて変化に気づかないこともありますね。
最初は生死にかかわるなど、本当に必要な治療として新しい技術が導入されるんだと思います。ただ、そこからラインがだんだん下がっていき、世間の倫理観や環境が徐々に変わっていきます。倫理的に今はだめだと思われていることも、将来的には受け入れられていく可能性があると思っています。
ただその先に、いったいどんな人間やヒューマニズムがあるのかと考えると、怖い部分もあります。身体をいくらでも改造できるようになったり、知能も変更できるとなったら、人間にとって邪魔なもの、いらいらする感情とか、ネガティブなものやデメリットを消去していった先に残っているものは本当に人間なんでしょうか?
技術によって変わる価値観やヒューマニズム、それが良いのか悪いのか、というこうしたジレンマみたいなものを『AIの遺電子』では定着させたいと思っていました。どこで折り合いを付けるべきなのかという疑問があって、それを提示しているつもりです。
山田胡瓜(やまだ・きゅうり)氏
漫画家。2012年、「勉強ロック」でアフタヌーン四季大賞受賞。元「ITmedia」記者としての経験を基に、テクノロジーによって揺れ動く人間の心の機微を描いた「バイナリ畑でつかまえて」を「ITmedia PC USER」で連載中。「Kindle版」は「Amazon」のコンピュータ・ITランキングで1位を獲得した。2015年11月、週刊少年チャンピオンで初の長編作品となる「AIの遺電子」を連載開始。2017年10月より続編の「AIの遺電子RED QUEEN」を別冊少年チャンピオンにて連載中。
長倉克枝 m3.com編集部