医療現場での課題解決に向けて取り組む、起業家医師(アントレドクター)にお伺いするインタビューシリーズ
人工知能(AI)を用いた画像診断支援ソフトウエアの開発が進んでいる。厚生労働省「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」報告書では、2020年に「頻度の高い疾患について AIを活用した診断・治療支援を実用化」としており、今後、医療現場での導入が進んでいくと考えられている。
東京大学医学部医学科を卒業後、日本赤十字社医療センターで研修医をつとめ、救命救急センターと離島の医療でキャリアを積んだ後、2017年にインフルエンザの画像診断AIの開発を行う医療ベンチャー「アイリス株式会社」を立ち上げた沖山翔氏に、現状の取り組みとその経緯について話を聞いた(後半はこちら[今のAI技術の先には、アートとしての「医療」はない])。
アイリスで開発されているAIについて教えてください。
インフルエンザを早期から高精度で診断できるAI機器の開発を行っています。現在用いられているインフルエンザの迅速検査では、実際の感染者の約6割しか見つけられていません。精度は改善してきているかと思いきや、信頼性の高い最新の論文の感度は、いずれも50-60%台です。また、発症後12-24時間以上経過していないと十分な感度が発揮されません。
そんな中、2007〜2013年に宮本昭彦先生が発表された複数の論文では、視診による診察だけで、感度95%、特異度98%の精度で判定ができたと言います。インフルエンザ感染者の咽頭後壁に発生する、いわゆる「インフルエンザ濾胞」とよばれる、マゼンタ色で光沢のある特徴的な濾胞を見つけ出すことで診断するというものです。この濾胞は、発症の直後から咽頭に出ていることが知られています。
現在、内視鏡やX線CTなど様々な画像診断の支援ツールとしてAIは研究が進んでいますが、私たちは、インフルエンザ濾胞の特徴をとらえ、臨床症状と合わせて解析することで、インフルエンザを迅速に診断できる機器の開発を行っています。
それは非常に感度の高い手法ですね。にもかかわらず、なぜ迅速検査は宮本先生が発見された手法に置き換わっていないのでしょうか。
インフルエンザ濾胞を見分けるという技法が、誰もができるわけではない「匠の技」だからではないでしょうか。誤解されがちなのですが、咽頭に濾胞があればインフルエンザというわけではありません。健康な時や普通の風邪を引いた時にも濾胞はあるのですが、インフルエンザのときに作られる濾胞とは異なる形態をしており、それらを見分けて区別する点に難しさがあるのです。
私も濾胞の存在を知ってから、インフルエンザ患者の咽頭を意識して数百人見てきました。それでも現在、実感としては75%くらいしか当てることができません。宮本先生のように100%近く見分けられる域に達するまでには、5年や10年では修行が足りないのではないでしょうか。
このような難しさから、濾胞の論文も発表された当時には話題になり多くの医師の目に止まったものの、現在では身体診察に熱意のある医師の間のみで用いられる診察法に留まってしまっています。ときには1mmあるかないかという小さな濾胞を咽頭の片隅から見つけなければならないため、「インフルエンザ濾胞の有無で診断できるのはニュースとしては面白いけれど、読んだからと言って明日から実践できるわけじゃないよね」という現場の反応だったのです。これが、見た瞬間に誰でも診断できるというものだったら、検査法はすべてこの手法に置き換わったのかもしれませんが、そういうものではなかったのです。
画像診断AIの開発には、教師データの質や量が大事ですが、今後、どのように開発を進める予定なのでしょうか?
現在、二十数施設の病院と、多施設での臨床研究を予定しています。研究から得られた結果を匿名化して学習に役立てる形です。今年、世界5位(日本1位)にランクされた産業総合技術研究所のスーパーコンピュータを利用して、効率的に機械学習を行っていきます。その後、国の審査と保険収載を経て、2020年冬の上市を目指します。
なぜインフルエンザに着目したのでしょうか。
理由は二つあります。一点目は、一次救急に携わっていたという私のキャリアから来ています。冬になると一次救急には、インフルエンザの患者が1日に何十人も来られます。結果的に一人あたり数分の診察時間でも、救急外来が5-6時間待ちになってしまうことがありました。救急なのに6時間待ちというのは、もはや患者数がその病院の対応力を越えてしまっていますよね。インフルエンザは救急の現場を圧迫する代表的な疾患で、それを何とかしたいという思いがありました。
二点目は、アイリスが診察分野へのAI応用を目指していることです。医療の中の診断行為は、検査と問診、そして身体診察の三つに分解できます。AIの軸でそれぞれの領域を見ると、検査は内視鏡やX線CTに対する画像診断支援システムの開発が、問診はUbie社などをはじめとしたAI問診の開発が進んでいます。しかし、診察、つまり視診や聴診をAI化する取り組みはまだほとんど着手されていません。アイリスではこの領域を研究していきたいと考えています。
インフルエンザの診断を見てみると、迅速検査の精度は低くとどまり、「いつから熱が出ていますか?」というような問診は重要ですが単独では決め手にかけます。一方で、先ほどお話しした「匠の技」であるインフルエンザ濾胞の視診判定が可能になると、非侵襲でありながら高い精度で診断につなげることができるのです。
インフルエンザは昨年、国内の報告者だけで約2500万人が罹患したと発表されています。この中には来院しなかった方は含まれていないので、実際は3000万人以上が罹患しているだろうと想定されます。このような社会インパクトのある疾患に対して、インフルエンザ濾胞を見分けられれば迅速診断できるにもかかわらず、「匠の技」を身につけるのに時間がかかるためにその技術を患者さんに提供できていないというもどかしさが常にありました。AIを用いることで、この問題の一端を解決に導けるのでは、と考えています。
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宮内 諭 m3.com編集部