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AI Lab プロジェクト医療×AIの発展にご協力いただける方を募集しています

AI導入で逆に周辺労務を増やさないためにー慶應義塾大学病院長・北川雄光氏に聞く(1)

2019年2月28日(木)

医療AIに取り組むトップランナーインタビュー

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2018年、内閣府は、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環として「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」プロジェクトを始動した。このプロジェクトには5つの研究開発サブテーマがあり、公募によって研究責任者が集められた。それぞれのサブテーマが連携しながら、AI、IoT、ビッグデータを用いた「AIホスピタルシステム」の開発・構築・実装を目指す。

サブテーマの1つである「サブテーマD」では、他のサブテーマで開発された技術について医療現場にて実装と展開を行い、実用可能なシステムの構築を目指す。検証を行う”モデル病院”として採択された病院は4つあり、そのうちの1つが慶應義塾大学病院だ。慶應義塾大学病院の病院長をつとめる北川雄光氏に、AIホスピタル構想に対する思いを伺った(後編はこちら[AI導入が遅いのは効率化に関する評価軸が無いため])


慶應義塾大学病院が今回のプロジェクトに応募されたきっかけはなんですか。

もともと、この計画が発表される以前の2017年4月から、慶應義塾大学には「メディカルAIセンター」がありました。このセンターでは、医学部だけでなく、理工学部など他の学部からもAIに関する専門家を集めて、AIの医療への応用に取り組んでいました。そうした中、内閣府から公募の発表がありました。プロジェクトと病院が目指したい方向が合致していたので、これを機に本格的に取り組むために応募し、2018年の10月に採択されました。

もともとメディカルAIセンターではどのような研究がされていたのでしょうか。

技術を持つ理工学部と、診療を行う医学部が一緒になり、医療においてどのような技術で何ができるかを検討していました。こちらは病院の中の組織ではなく、慶應義塾全体としての組織でしたので、学術的な側面も含めて、AIやロボットを用いた実験を行っていました。メディカルAIセンターの取り組みによって病棟に最新のITインフラが整備されたことも、今回のプロジェクトに採択された理由の1つでした。

現在、病院内ではどのような場面でAIが必要とされていますか。

病院内にはたくさんの課題がありますが、大きな課題の一つは、患者さんへのサービスの質です。現在では非効率的な部分があり、患者さんをお待たせしてしまったり、医師と十分にコミュニケーションをとる時間がなかったりするという問題があります。もう一つの課題は、医療者の作業負担です。医師は、カルテの入力や診断書の作成など、医療行為に直接関係ない事務作業に多くの時間を割かれています。これが患者さんに接する時間が割けないことにも繋がっています。

プロジェクトにおける「サブテーマD」の立場について詳しく教えてください。

サブテーマABCのほかの領域で企業が持ち寄っている技術を、サブテーマDの病院で実験します。慶應病院では2020年までにどの程度進捗できるかを試し、評価されれば次の3年間も継続できるようになっています。

2020年までに到達したい目標はありますか。

まずはIT化を進めることで、先ほども話したような患者さんへのサービスの向上や医療者の負担軽減、病院全体のシステムの効率化を実現したいです。また慶應病院には、川崎市立川崎病院や東京医療センターなどの関連病院があります。慶應病院で作ったAIシステムをパッケージングして、実証実験を関連病院で行い、その後、日本全国に実装していくというのが大きな目標です。2020年までに、日本中で使えるようなAIシステムのパッケージングを行いたいと考えています。

具体的には、どのようなシステムを構築したいとお考えですか。

まずは現在動いているシステムを確実なものにしていきたいと思います。外来では、患者さんご自身のデータを患者さんのデジタル端末に提供するしくみを始めています。もちろん、セキュリティを守ったうえでですが。今は、産科病棟でスマホアプリを使い、エコー動画を提供するという試みを行っています。将来的には、様々なデータを患者さんご自身が保存するようなしくみを目指しています。そうすることで、院内処方・院外処方の記録が集められるので、患者さんをハブにした医療連携がしやすくなります。

将来的には、自分の行った病院や処方された薬などのデータをすべてスマホで管理できるようになるのでしょうか。

そうですね。病院での診察だけでなく、ウェアラブルデバイスなどを使って在宅中の身体症状に関するデータもアップロードしていくようになると思います。ベッドや住宅自体にセンサーをつけることで、入院中や退院後の患者さんについても、遠隔で見守りができるようになっていくでしょう。病院にいるときだけでなく在宅中のデータも取得するとなるとデータが膨大になるので、データの解析や活用にはAIが必要になります。

実際に生体データをとれるベッドのようなものは開発されているのでしょうか。

されていますね。慶應病院でも、企業や理工学部と連携して、患者さんの状況をモニタリングできるセンサー付きベッドの開発を進めています。

ほかにも、モデル病院として実現していきたいシステムはありますか。

もう一つ慶應で具体的に取り組んでいるのは、自動口述筆記です。話したことを電子カルテにそのまま落とす、という技術の開発を進めており、病棟でも実際に使ってみる予定です。また精神科では、うつ病やパーキンソン病について、言葉や画像や患者さんの動きから病状評価する試みが行われています。電子カルテとの連携も、実際に企業とともに開発を進めています。

こうしたシステムの導入が、院内の課題解決に結びついたかはどのように確認するのですか。

診療に関するものは、実際の診療に使える正確性と信頼性を備えているかを実験段階で確認することが大切ですね。あとは、本当に医療者の負担が軽減するか、また、患者さんの満足度が上がるかも検討する必要があります。AI導入時には、逆に医療者の周辺労務が増えてしまう場合もありますので、PCに向かう時間や残務時間などを定量的に記録します。それに加えて医療者と患者さんに満足度調査を行い、全体的な効果を検証していきたいと考えています。

高齢の患者さんなどは、AI導入に対する抵抗感はないのでしょうか。

患者さんに直接AIが導入されたと分かる部分と、そうでない部分があります。電子カルテへの自動入力などは患者さんから見ると分かりませんが、同意書へのサインを端末で行ったり、ロボットが案内するようになったりすると、確かにご高齢の方は戸惑われるかもしれません。アプリを使ったエコー動画の提供を産科から始めているのは、胎児の動画に需要があるのはもちろんですが、デジタルデバイスに強い世代の患者さんであるというのも理由です。患者さんの年齢層によって、AI導入の浸透度は変わってくるでしょうね。

AIを使った診断における懸念点はありますか。

内視鏡診断や皮膚科診断、病理診断などはAIのほうが信頼性が高いと言えるほど精度の高いものができてきています。病院でこれらを使うには、医療機器としての承認が必要になってきます。承認した時点でのシステムがその後も機械学習で精度をアップデートしていくことを認めるのか、ある程度のレベルに達した状態で承認した後はアップデートしないようにするのかといったことを考えていかなければならないと思います。また、AIが判断を誤った際の責任の所在や、医療機器としての管理方法なども、臨床現場に導入する前に決めておく必要があります。

AIに学習させるデータを他の病院間で共有することはできるのでしょうか。

電子カルテなどから吸い取れる情報を共通化し、膨大なデータを匿名でシェアしていくようなデータベースを作っていければ、大量のデータを機械学習のために利用することでAIの精度を高めていけると思います。慶應病院は、次世代の医療を導入していく臨床研究中核病院でもありますので、臨床研究中核病院の使命として、信頼度の高いデータベースの構築にも取り組んでいきたいですね。

ゆくゆくは、健康診断にもAIが導入されるようになってくるのでしょうか。

そうですね。現在は、画像とそれに関する診断を紐づけて学習させていますが、将来的には、画像、病歴、症状などすべてを合わせて診断していくことで、どのような疾患リスクが高いかといった予防医療にもつながるでしょう。ゲノム情報などが入るとさらに精度が高ります。実際、アメリカでは、電子カルテ上のデータを解析して、合併症の起こりやすさや、血栓ができて倒れやすいといった予測を知らせるシステムがあります。AIは将来的な疾患の予防にも使われていくと思います。(後編に続く)


関連リンク
AI導入で逆に周辺労務を増やさないためにー慶應義塾大学病院長・北川雄光氏に聞く(1)
AI導入が遅いのは効率化に関する評価軸が無いためー慶應義塾大学病院長・北川雄光氏に聞く(2)

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