医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
医師の不足や医療の地域間格差の解消に有用とされる遠隔医療。オンライン診療や画像診断など一部の分野で利用が進んでいるが、集中治療専門医が遠隔地から集中治療のサポートを行う遠隔集中治療(遠隔ICU)もその一つである。
今回は、遠隔ICUのサービスを提供する株式会社T-ICUの代表取締役・中西智之氏(集中治療専門医・救急科専門医・麻酔科専門医)にインタビューを実施。後編では、同社が4月に発表した「COVID-19プロジェクト」の概要や集中治療専門医の現状などについて語っていただいた。(前編はこちら)
4月15日に発表された「COVID-19プロジェクト」の概要を教えてください。
COVID-19患者は地域の中核病院や集中治療専門医がいる医療機関が受け入れることになっています。そのため、それらの施設のICUでは、その他の患者を受け入れるのが以前より難しくなります。
その分、周辺の医療機関が重症・救急の患者を受け入れることになるのですが、これらの医療機関には集中治療専門医がいない場合が多く、適切な治療ができないのではという不安の声がありました。
そこで、T-ICUの遠隔ICUを利用して、専門医がいない周辺医療機関でも適切な集中治療が行えるようにサポートするというのが「COVID-19プロジェクト」の概要です。
また、今後、第2波、第3波の到来も予想されています。患者の増加状況によっては、周辺医療機関がCOVID-19患者を受け入れる可能性も考えられますので、COVID-19患者への対応もサポートできる体制を整えていきたいと考えています。
プロジェクト発表以降の反響はいかがでしたか。
すでにいくつかの医療機関から問い合わせをいただいており、導入の準備を進めています。また、「治療に必要な情報を遠隔で見られる」という弊社のシステムの特徴を聞いて、いくつかの病院からは遠隔ICUではなくシステム単体での利用ができないかという問い合わせもありました。
例えば、「ICUの中で患者さんのベッドがあるホットゾーンからナースステーションのようなコールドゾーンに情報を送信して、医療従事者や家族の方が患者さんの様子を遠隔で確認したり会話したりしたい」という要望や、「COVID-19感染の疑いがあって自宅で待機しているスタッフがいるので、そのスタッフと相談しながら治療を行うために使いたい」といった要望がありました。また、「周辺医療機関から地域の中核医療機関に情報を共有して相談を行うためにT-ICUのシステムを使いたい」という相談も受けています。
さらに、ある自治体からは、「自治体の医療崩壊を防ぐため、相談窓口の振り分けを考えている。具体的には、周辺医療機関がシステムを導入し、COVID-19患者は地域の中核医療機関に、それ以外の患者はT-ICUの専門医に相談する形を取りたい」という話もありました。
システム単体での提供は元々考えていたのでしょうか。
当初はシステム単体での提供は想定していませんでした。というのも、T-ICUのシステムは私が必要と思った機能を実装しただけのものなので、システム単体で受け入れてもらえるとは思っていなかったためです。しかし、病院の先生に機能を説明してみるとこれだけあれば十分という声が多かったのです。
多くの医療機関で使っていただき、良い点・悪い点含めてたくさんのフィードバックを受けることがシステムのブラッシュアップにも繋がるので、要望があればシステムのみの提供も前向きに行っていきたいと思っています。
日本で遠隔ICUが普及するために必要と考えていることを教えてください。
D to Dの遠隔診療に対して診療報酬が付かないのが一番の課題と考えています。医療機関の立場で考えると、良い治療を提供するために遠隔ICUを導入しても追加で報酬がもらえるわけではないので、遠隔ICUを導入するインセンティブが少ないのです。
また、集中治療専門医が新しい領域の専門医ということもあって、病院の経営層が集中治療専門医について認知しておらず、導入の必要性を感じている割合が低いという問題点もあります。
若い世代の医師は臨床研修制度を通じて救急やICUで勤務する集中治療専門医について知っている人も多いのですが、病院の院長や理事長のような世代は、集中治療専門医について認知しておらず、何をお願いしたらいいか分からないという話をよく聞きます。これに関しては、集中治療学会などが集中治療専門医の必要性などを継続的にアピールしていくことが重要だと感じています。
集中治療専門医のやりがいは、どんなところにあると感じますか。
自分たちが介入し、重症の患者さんが短期間で良くなっていく経験を通じて、やりがいを感じる人が多いと聞きます。
新しい領域なのでガイドラインもどんどん新しいものが出てきますし、重症患者には決まった特効薬があるわけではなくて、いろんな介入を組み合わせて行うことで死亡率に差が出てきます。知識を得て良い治療に繋げていく点もやりがいを感じるところだと思います。
また、ICUの患者さんは常に誰かが病院で見ているので、帰宅後に電話で呼び出されるようなことも少なく、比較的仕事のON・OFFも付けやすいと思います。そういったこともあって、若い先生には人気が出てきていると感じています。
医療機関にとって、集中治療専門医とはどのような存在と考えていますか。
こういってしまうと他の集中治療専門医に怒られてしまうかもしれませんが、集中治療専門医は医療機関にとって「便利な存在」だと思います。急性期の患者にある程度対応できますし、必要に応じていろんな科の医師を巻き込んで仕事をすることも得意です。
主治医の先生が離れているときでも集中治療専門医がある程度患者さんを診ていて、本当に困ったときは抱え込まずに適切な先生に相談するし、そうでないときは自分たちで治療を進めることもできる。
重症患者についてはある程度集中治療専門医に任せてもらって、各科の先生にはそれぞれの専門に注力していただく、という役割分担ができるといいなと思っています。
T-ICUの今後の展望について教えてください。
今は遠隔ICUの普及にフォーカスして取り組んでいますが、将来的には遠隔麻酔や遠隔手術なども含めて遠隔医療を総合的に提供していく会社を目指していきたいです。また、国内だけではなく、医療資源が乏しい途上国への展開も進めていきたいと考えています。
海外への展開についてすでに始まっている取り組みの一例を挙げると、カンボジアにある日系病院のサンライズジャパンホスピタルとの提携があります。この取り組みでは、テレビ会議システムを使って現地のスタッフとT-ICUのスタッフで治療方針の検討を一緒に行う勉強会を定期的に開催しています。
当初は毎月1回のペースで開催していたのですが、最近は月に2回開催したいと要望が来ています。今の段階では我々のリソースが足りず実現していませんが、これが週に1回、毎日とペースが増えていけば、遠隔ICUサービスを提供しているのに近い状態と言えますので、そういった形でお手伝いができればと思っています。
海外への医療支援においては、言葉の壁があったり、医療に関する文化の違いや使える薬の違いがあったりするため、試行錯誤しながら進めていますが、この経験は他の国に展開するときにも有効だと考えています。
株式会社T-ICU代表取締役・中西智之氏(集中治療専門医・救急科専門医・麻酔科専門医)
山田光利 IPTech特許業務法人/テックライター
神戸を拠点にデジタルヘルス領域の取材や知財活動支援を実施。AI医療機器や医療系サービス・アプリの活用事例や今後の動向を中心に執筆予定。中国ITや国内外のスタートアップの動向を継続的に取材しており、2020年2月からオンラインで「中国医療スタートアップをわいわい調べる会」を主宰している。
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