医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
花粉症やドライアイなどの症状をスマートフォン上で気軽に検査することで、重症化を防いだり予防したりする新しい診療補助アプリが開発されている。ドライアイを患う人は、日本では2200万人、世界では10億人にも至ると推測されている。しかし、重症化しない限り病院で診療を受ける機会はそう多くない。果たして、スマホアプリという形で重症化の兆しを捉えることはできるのだろうか。
花粉症に対するアプリ「アレルサーチ」およびドライアイに対するアプリ「ドライアイリズム」を開発した順天堂大学医学部眼科学教室・助教の猪俣武範氏にアプリ開発および今後の展開について話を伺った。(前編はこちら[iPhoneアプリで花粉症状の軽減目指す])
集めたデータはどのように解析し、どのようにユーザーにフィードバックされるのでしょうか。
「ドライアイリズム」に関しては、基本情報と質問票に基づいて、ドライアイの症状に関連する因子を探索しました。今回の研究で判明したことは、既往症として膠原病やうつ病、花粉症をもつ女性において、ドライアイが重症化しやすいということです。さらに生活習慣においては、現在のコンタクトレンズの使用、喫煙習慣の有無、ディスプレイの閲覧時間の長さと関連があることがわかりました。今後、まずはアプリ上で生活習慣の改善につながる情報をユーザーごとに提示していくことを考えています。
「アレルサーチ」はリリースしてまだ1年ですので、これから本格的な解析を行う予定です。このアプリでは、基本情報を集めるとともに、各ユーザーから得られた地域ごとの花粉情報を集めていますので、この情報をもとに、マップ上に、ユーザーの現在地の花粉の飛散情報を提示しています。
今後は、目の充血度を測定するために収集した多数の眼の画像について、人工知能(AI)を用いて画像解析していきたいと考えています。花粉症に関しては日本特有の疾患ですので、まずは日本国内で収集したデータをもとに解析を進める予定です。
ビッグデータを利用する際に、個人情報はどのように取り扱われているのでしょうか。
個人情報に関しては、既往症や生活習慣と個人が特定できる情報とは紐づかない仕組みとなっています。また、Appleにも提供していません。さらに、いつでもオプトアウトできるようなシステムとなっています。「EU一般データ保護規則(GDPR)」にも即していることをAppleに確認しています。
画像に関しては、「ドライアイリズム」ではまばたきの回数計測と、まばたきを我慢できる時間のみのデータを、「アレルサーチ」では充血度合いを測定するために眼の画像のみを取得しているため、個人が特定できるような画像は収集していません。
今後、医療機器としての承認を目指しているのでしょうか?
現状、「ドライアイリズム」および「アレルサーチ」は医療機器ではないので、「診断」という言葉を使用していません。あくまでドライアイ指数および目の充血度の計測結果のみを示しており、これらの数値が高い方には医療機関の診断を受けるように勧奨する形を取っています。医療機器としての登録も検討しましたが、承認プロセスをクリアするための時間およびコストの壁が大きく、またユーザーが簡単に利用できなくなりますので、現時点では医療機器としての承認は考えていません。
今、新しい補助医療機器として、様々なアプリの開発が行われていますが、それを形にするための公的資金が少ないことが問題だと感じています。今後、「ドライアイリズム」や「アレルサーチ」といったアプリで得られた結果を論文などで発表し、ユーザーにフィードバックすることでこの流れを改善していきたいと考えています。
テクノロジーの発展によって、今後、医療はどのように変わっていくとお考えでしょうか。
今回、アプリを用いてデータを収集することで分かったことは、既存の臨床研究のように1つの大きな試験を行うのではなく、各ユーザーのデータを集めるといった「スモールビッグデータ」を集積していくことで、個人にあった「個別化医療」を実現できるのではないか、ということです。今後はこの流れをさらに加速するために、ゲノム・オミックスミや生体モニタリング、モバイルヘルスなどから得られるさらに細かなデータと連携していきたいと考えています。
AIの研究分野では今、汎用型AIの開発を行う研究者も多いですが、私はなかなか完成までの道のりが険しいのではないかと考えています。そのため我々は、「ハイブリット医療」、つまり医師とAIの両方の良いところを組み合わせた医療を提供するような未来を目指しています。そうすることで、医師の診療時間の有効活用が進み、より患者のためになる時間を確保できるようになると考えています。
今、私は医療ビッグデータの現場において、データサイエンティストが少ないことを問題視しています。医療に関するビッグデータを扱える人材を増やさなければなりません。「新しいことに挑戦しないことには新しい医療は進まない」。この言葉をモットーに、今後も研究を進めていきます。(了)
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