医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
臨床現場の様々な課題に対して技術を使って解決をしようとする試みが進んでいる。慶應義塾大学医学部放射線科助教の橋本正弘氏は放射線科医として放射線画像の診断を行いながら、人工知能(AI)による画像診断支援や、読影レポートの検索システムの開発など、自らが困ったことを技術によって解決を試みている。医師として、技術をうまく活用している現状とこれからの医師のあり方についてお伺いした(2018年11月9日にインタビュー、全2回)。
橋本先生は放射線科医でありながら、ご自身でプログラムを書かれるとお伺いしました。どのようなことをされているのでしょうか。
放射線科の日々の業務の中で様々な課題がありますが、それらの改善は日々やっています。例えば、画像診断支援システムの研究は2016年くらいから始め、CT画像から、筋肉の量などを自動判断したり、肺病変を自動検出したり、脳出血を自動検出したりするシステムを作っています。
これらは全て機械学習で作っています。病変のある画像データを集めてきて、それらに病変などの教師データとして、機械学習のひとつであるディープラーニング(深層学習)で学習をさせます。
ディープラーニングを始めた経緯やきっかけをお伺いできますか。
2015年にGoogleがディープラーニングのフレームワーク「Tensorflow」を公開しました。フレームワークというのは、「これがあると簡単にできる」というものです。実際やってみたら、すごくおもしろかったんです。MRI画像の撮影部位がどこかを特定するという課題でやってみたんですが、結構うまくいきました。もしかしたら(臨床現場で)使えるんじゃないか?と思い使い始めたのがきっかけです。
橋本先生は、それ以前にもツールやソフトを作って日常の診療を使いやすくするということをされてきたのですね。
やってきました。ディープラーニングはその道具が一つ増えたという感じです。自分で作って実際にとても役に立っているのは、読影レポートの検索システムです。放射線画像を診ていて、これなんだろう?というときに過去の画像とレポートが参考になるのですが、キーワードを入れると過去のレポートと画像を検索できるようにしました。自分で使うために作ったんですが、結構便利なんですよ。
慶應大病院で撮影された過去の画像をすべて検索することができます。病変などのキーワードを入れて検索しますが、このキーワードは入れない、複数のキーワードで検索する、期間を絞る、などの検索機能もあります。
検索がすごく早くてスムーズですね。これは皆さん読影の時に使われるのですか?
はい、使ってもらっています。2014年くらいに作ったのですが、「技術は運用を変える」ということが、これを作ったことで実感しました。
レポートの検索システムはもともとあったんですが、検索速度が遅かったり、きめ細かな検索ができなかったりと不便だったんですね。ないなら、便利なものを作ってみようと思って作ったのがこれです。
ご自身でこうしたシステムを作られるのは、どこかで学ばれたのでしょうか?
以前慶應大病院にいらして、今は東京医療センター放射線科医長の樋口順也先生が僕の師匠です。ご専門はMRIですが、ソフトウェアやシステムの開発をここでされていました。
ただプログラムを教わったのは大学4年生の時です。自主学習という、研究を体験する医学部のプログラムの一環で、皮膚科の研究室に入りました。当時放射線科へ行くことは考えていなかったのですが、皮膚科の研究室で皮膚の写真からメラノーマか否かの判断をコンピューターに自動判別させるという研究をやっていました。そこでプログラムを教わりました。
放射線科の先生方は、先生のようにご自身でツールを作って業務を改善していくということをされているのでしょうか?
僕が知る限りでは樋口先生だけでした。樋口先生はここ(慶應大病院放射線科)にいらっしゃったときに、放射線科のシステムの管理やツールを作ったりされていたんですね。
先ほどお伺いしたような、画像診断支援システムのご研究は放射線科の業務に組み込んでいけるものでしょうか?
今のところ業務に入れられるようなものはまだないです。意外と難しいんです。課題はいくつかありますが、例えば、今画像診断支援の研究で使っているプログラムはあくまでも研究用途なんですね。PACS(医療画像管理システム)にアクセスして画像を取り出してくるといったことは、実際にやろうとすると結構大変です。
実際の運用中の手間が障壁になるのですね。
まだまだですね。ただ、やっていらっしゃる先生もいるので、やってやれないことはないと思うんですが、慣れていないと難しい。
(ディープラーニングでの)画像診断支援は、できるものとできないものが分かれていくと思うんですが、研究用途であればできることは多いので、研究としては進むと思います。ただ、商用の画像診断支援システムとなると、市場が大きくないと製品がなかなか出てこないのですが、その市場はまだ思っていたほど大きくなっていない、というのが実感です。
製品としてはまだまだとしても、病院内で先生方が作った画像診断支援システムを自分たちで使ってみるというのもまだ難しいのでしょうか。
例えば、東京大学が中心となって進めているCIRCUSというプロジェクトでは、MRI画像から脳動脈瘤を自動検出するシステムを開発し、実運用も行っているそうです。市場が未成熟な中で実運用を行っているのは凄いことで、企業だと費用対効果が見合わない分野にも応用できる可能性があると、とても期待しています。
見落とし防止はいかがでしょうか?
見落とし防止は非常に意味があると思います。本当に見落としが減るなら患者さんのメリットがありますし、病院としてはそこに投資すべきなんですが、まだその効果を適切に評価するのは難しいのかなと思います。
橋本正弘(はしもと・まさひろ)
慶應義塾大学医学部放射線科学教室助教
2006年慶應義塾大学医学部卒、東京都済生会中央病院で初期臨床研修、日本鋼管病院放射線科などを経て2012年から慶應義塾大学医学部放射線科(診断)。所属学会は日本医学放射線学会、日本超音波医学会、日本IVR学会、日本核医学会、日本医療情報学会。放射線診断専門医、核医学専門医、情報処理安全確保支援士(003012)、診療情報管理士、医療情報技師。
長倉克枝 m3.com編集部