医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
「連続ドラマW パンドラⅣ AI戦争」(特設サイトはこちら)が11月11日(日)からWOWOWで放送される(全6話、第1話無料放送)。これまでの「パンドラ」シリーズでは、がんの特効薬、遺伝子組み換え食品、自殺防止治療法、クローンをテーマにしてきた。
今回のテーマは「AI」。画期的な医療診断用AI「ミカエル」を開発した主人公の医師を向井理が演じるほか、AI診断を導入し医療現場を大胆に改革しようとするIT企業「ノックスグループ」代表を渡部篤郎、AI導入に難色を示す医師会会長を黒木瞳、AIによる診断に反発する優秀な心臓外科医を原田泰造が演じる。医療AIをテーマにした本作について、脚本家の井上由美子氏に伺った(2018年10月10日にインタビュー)。
まず初めに、医療用AIをテーマに選ばれた意図について教えて頂けますか?
「パンドラ」シリーズは、今はまだ存在しないけれども、近い未来に新しい技術を開発した科学者を主人公にした人間ドラマです。これまでにがんの特効薬や遺伝子組み替え食品などを扱ってきました。「いまは何か」と考えたときに「人間の存在自体を変えるかもしれないのはAIだろう」と思いました。
そこで、AIの開発者や研究者、AI関連ビジネスの方々に色々な話を聞きましたが、一番幅広く訴える力があるのは、誰にでも関わる可能性がある医療AIだろうと思いました。誰でも医療AIの診断を受ける可能性はありますし、一番興味があるのは命ですから。裾野の広さを考えて、医療AIになりました。
作品のなかでは、AIの活用によって変化する医師のあり方が問われています。そこに注目された理由はなぜしょうか?
私もAIにそんなに詳しいわけではありませんが、AIへの脅威論というものがありますね。でも、何が怖いのか今ひとつはっきりしないんです。いろいろ考えると、怖いのはAIが何かをする、暴走するということではなく、AIによって人の考え方が変わってしまうことが怖いんです。全部をAIに任せてしまう部分ができたり、ここは勉強しなくていいじゃんと思うようになったりしてしまう。今は良いかもしれませんが、何年か経つと「そんなに頑張らなくてもいい」とか「出世しなくてもいい」、「向上しなくていい」といった考え方に繋がっていってしまうかもしれない。それが人間の創造性を失わせてしまうんじゃないでしょうか。
作品中にも同様の危機感を抱くキャラクターが出てきますね。
はい。私の脚本の仕事に近いところだと、日経「星新一賞」に、人間とAIによる共同創作小説が一次審査を通過したというニュースがありました。クリエイティブな仕事もAIに任せられるようになるのかと危機感を抱きました。今後、ホワイトカラーの思わぬ職業がAIに仕事を奪われていくのかもしれません。それはいわゆる「権威」がどうなっていくのかということにもつながります。医師は「落ちない権威」の象徴でもあります。医師は政治家やお金持ちよりも尊敬され、揺るぎない権威を持っていますから。それが奪われることはショックですよね。
AIのせいで職を失ったとしてショックを受ける医師のキャラクターも出てきます。
ドラマなので、とてもシンプルに表現しています。本当は、単純に物理的に仕事を奪われるのではなく、もうちょっと突っ込みたかったところです。というのは、AIのない時代に医師になった人と、既にAIが存在する前提で医師になった人とでは考え方が違ってくると思うんです。AIがある環境で医師になった人は、例えば多くの症例を記憶することに時間を割くのを無駄だと考えるかも知れません。人間の何万倍のデータを記憶したAIが目の前にあるわけですから。医師の新しい仕事として、AIにどこまで何を任せるか、任せていいのかを検討、判断する分野が生まれるかも知れませんね。カンファレンスも人間オンリーとAI用と2回あったりして。
作品の中では、心臓外科医とAI診断とが対比させられているようにも感じました。
AIが医療現場に出てきたときに、肉体的あるいは技術的スキルが優れている人はどう受け止めるのかなと思いました。診断分野の人はAIが入って来ることを早くから想定しているだろうけど、ゴッドハンドと呼ばれているような外科医のモチベーションがどうなるのかは描いてみたかったです。
ドラマの中でもAIへの期待と、懸念や反発などの両方が描かれていると思いました。先生個人は、どのような考えをお持ちでしょうか?
AIは、それを使う人がAIによって何を見つけ、どんな治療に役立てたいかを発見できていれば、恐れるものではないと思います。一方、AIを使うことで楽をしたいと漫然と思っているとすれば、人間を脅かす存在になる可能性はあると感じます。
ドラマの第1話では、医療事故の疑いがあり、誰の責任か分からない時に「これはAIが診断したから」「AIのデータが出たから」といったことでAIに責任を押し付けようとするシーンが出てきます。そういう使われ方はAIにとっても人間にとっても怖いことだと思っています。
ドラマの中で医療診断AIを開発する主人公の鈴木医師は、AIによって医療の質が良くなるという考えを持っていますね。
鈴木先生はAIが進化することによって、診断の精度が飛躍的に上がり、それによって作業が効率化される。人間の医師は新たな治療法を研究し、生み出すことができるようになるという性善説なんですね。でも、そうじゃない逆の考えの人もいますよね。
今回のドラマでは診断を行うAIが主題になっています。手術ロボットではなく診断用のAIをピックアップしたのはどうしてでしょうか。
手術ロボットはまだまだ実用化には時間がかかると伺ったので、SFっぽくなりすぎると思いました。「3歩先の未来」を描きたいので、できるだけ身近、臨場感のあるものにしたいということで、診断AIに話を絞りました。
このドラマの設定の時期はいつでしょうか?
「いま」です。とはいえ、もちろん現在ではありません。いわゆる近未来モノですが、何年も先ではなく、すぐそこに迫った「数分後の世界」を想定しています。例えば、IT企業が病院を経営するのは、日本では法律的に難しいですが、海外では例があるわけで、全く考えられないことではありません。そういう意味で、考えたこともない未来ではなく、ちょっとだけ先を想定しています。
情報収集や取材はどのようにされていったんでしょうか。医療AIについては医師の考え方も違うことが多かったかと思います。
はい。本やネットでの情報も今はたくさんありますし、AIについては考え方の違いも千差万別なので、自分が信頼できる先生のお考えを伺って、それに則ってやったほうがいいと思いました。どの方のご意見も正しいと思いますが、今回はAIについては、東京工業大学名誉教授の寺野隆雄先生にお話を伺いました。医療監修は日本医科大学付属病院高度救命救急センターの恩田秀賢先生です。
医療AIのような新技術が入っていくときには賛否両論あると思います。先生はどう思われますか。
AI医療自体は歓迎の方向だと思います。一方、導入によって起こってくることはわかっていません。歓迎の部分が大きければ大きいほど、不安は大きくなると思います。希望としては、AIが入ることによって、むしろ、人間が人間らしさを取り戻すことができればと思います。お医者さまでいうなら、AIを有効に使うことで、もっと患者を助けたいと思ってもらうように、AIがモチベーションを高めることができればいいのかなと思います。
AIは、問いかける存在だと思うんです。AIが発展して労働しなくてよくなると、人はどうすればいいのか。仕事が単になくなるだけではなく余暇ができすぎたときに人は何を考えるんだろう。そして、人間は何のために生きるのか――。産業革命とはまた違う角度で、違うレベルで、人間は答えを探すことになるのだろうと思います。
最終的に、AIを開発した鈴木先生本人は、どのように変わっていくのでしょうか。
それはドラマを見ていただけるとありがたいです。ただ一つ言えば、先端技術の発展とリスクに、敢えて踏み込んでいく主人公になればと思っています。
医師の方にも医療ドラマが好きな人は多いです。どういうふうに見てもらいたいですか?
何年か前に『白い巨塔』の脚本を担当した時にも思いましたが、医療ほど人間ドラマが詰まっている世界はありません。命の尊さが根底にあり、患者を助ける医師たちの誇りがあり、「死」という唯一の平等の前では誰もが生身にならざるをえない。医療、すなわち人を救うことの尊さを再確認してもらうのがドラマの仕事だと思っています。
最初は私もAIに対して、もっとネガティブに考えていました。ですから、利権争いに巻き込まれて主人公も傷ついたりといったドラマ展開を構想していましたが、最終的には主人公はAIを通して、一歩前に踏み出すという方向にしたいと思うようになりました。「パンドラの箱」の神話では、蓋を開けて出て来るのは罪や怒りや絶望などの災厄ですが、最後に出てきたのは希望だったという話もあります。それは、希望こそが人間を苦しめる災厄だという皮肉な解釈なのですが、たとえそうであっても、ポジティブな面を伝えるのがドラマの仕事です。一篇のフィクションが、AIについて語り合っていただけるきっかけになれば、制作者としては光栄です。
脚本家。
兵庫県神戸市出身。立命館大学文学部中国文学専攻卒業。株式会社テレビ東京勤務を経て、1991年、脚本家デビュー。主な作品に『ひまわり』(NHK連続テレビ小説)、『きらきらひかる』(CX)、『GOOD LUCK!!』(TBS)、『白い巨塔』(CX)、『14才の母』(NTV)、『マチベン』シリーズ(NHK)、『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』(CX)、『緊急取調室』シリーズ(EX)、『パンドラ』シリーズ(WOWOW)、他。主な受賞は向田邦子賞、芸術選奨文部科学大臣賞。
11月11日(日) WOWOWプライムにて放送スタート
毎週日曜よる10時~(全6話) 第1話無料放送
脚本:井上由美子
監督:河毛俊作、村上正典
音楽:佐藤直紀
出演:向井理 黒木瞳 美村里江 三浦貴大 山本耕史 原田泰造 渡部篤郎 ほか
特設サイト:http://www.wowow.co.jp/dramaw/pandora4/
(C)2018 WOWOW INC.
森山和道 サイエンスライター
サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。