医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
臨床現場での診断・治療の補助、製薬開発や予防医療など、広範囲にわたる医療分野への応用が進む人工知能(AI)テクノロジー。中でも眼科は、AIの開発・応用が積極的に進んでいる診療科の一つだ。今年4月には、米食品医薬品局(FDA)が眼底写真から糖尿病網膜症を診断するシステム*IDx-DRを市場で販売することを認めるなど、大手IT企業の参入とともに実用化に足る精度にまで開発が進んでいる。
*IDx-DR:眼底写真をアップロードすると眼科専門医を受診すべきか判定する糖尿病網膜症画像診断システム
しかしながら医療現場でのAI技術の導入の鍵となるのが現場の医師ならではの発想だ。「写っている部分の病期判定は既存のAI技術でも可能です。しかし眼底写真に写らない網膜周辺部の悪性の所見を検知できるのは、AIではなく経験豊富な専門医です。そこで私は、専門医と同様のことをAIでも可能にすべく開発を始めました」
そう語るのは、自治医科大学眼科学講座准教授を務める高橋秀徳氏。眼科医として臨床現場に立つ傍ら、糖尿病網膜症の病期分類を行うAIを開発し、現在は網膜の奥行き・深さを予測するAIを開発中だ。高橋氏が考案したのは、中央写真のみから周辺部も含めた病期判定を行うAIだ。
「最近は診療以外の時間をほぼ開発に費やしている」と語る高橋氏だが、ディープラーニングのことを知ったのはわずか3年前。AIに関する新書がきっかけだったと振り返る。「初めはパソコンの環境設定でつまずいた」と話す高橋氏に、開発に至るまでの苦労とAIにかける思いを伺った。
まずは先生のこれまでのご経歴を簡単に教えてください
眼科医として臨床現場で働き始めたのは17年前です。基礎研究自体は研修医1年目の夏からずっと関わっていて、本格的に研究に取り組むために4年目から7年目までは医学部の大学院で動物実験を行っていました。ディープラーニングに興味を持ったのは、松尾豊先生(東京大学工学系研究科・准教授)の『人工知能は人間を超えるか』という一般向けの本を読んだことがきっかけです。画像認識の技術を使えば糖尿病網膜症の重症度分類に使えるのではないかと思いました。それまで医学以外の、例えば情報工学等には一切触れていなかったのでパソコンを自作するところからスタートしました。
糖尿病網膜症の重症度分類に着目されたのはなぜですか?
自治医科大学に糖尿病網膜症のデータが数年分蓄積していたので上手く使えないかな、と思ったことが理由の一つです。一般的にディープラーニングにおいて手間がかかると言われるのが「ラベル付け」(学習データと対応する解答を結びつける作業)なのですが、画像と診断結果を持っていたためさほど大変ではなかったです。
また、臨床で感じたのは医師が診断する際の感度のばらつきです。同じ医師でも、長時間にわたって大量の画像を見て診断をするとなると同じ精度を保つことは難しい。また一つの症例にかけられる時間も限られているためどうしても感度が鈍ってしまうことがよくあります。こうした課題の解決にAIの技術が役立つのではないかと思いました。
開発ではどのようなことに苦労されましたか?
最初はプログラムをインストールするなど環境構築が大変でした。マニュアル通りにやっても上手くいかないことが多く、今でも複雑なことをしようとすると慣れるまで厳しいこともあります。
現在進められている研究について具体的に教えてください。
重症度分類については論文を出し、現在はカラー写真から脈絡膜の奥行き・深さを求める研究を進めています。脈絡膜とは、網膜の裏にあって網膜を栄養している部分です。その脈絡膜の厚さによっては色々な病気を起こします。断面の写真を撮るカメラはどこにでもあるわけではないので、眼底写真から厚さを推測できるように学習させています。人間の医師でも、なんとなく薄い・普通・分厚い、と言うのは経験から判断できますが、何ミクロンかといった数字まで予測するのは難しい。そこで眼底写真に断面の数値をラベリングし眼底写真だけから厚さの数値予測をしています。
眼科領域は数ある診療科の中でもAI関係の話をよく聞きます。これはなぜでしょうか?
眼科領域は画像自体がそもそも多いのと、写真の画角や範囲が決まっていて同じ部分を撮影しているため学習しやすいことが挙げられます。例えば内科だと、消化器官内部の画像を見てもどこを写したかの判断がまず必要になりますが、眼底写真は特定の部分を写しさらに倍率も決まっているので他の診療科以上にAIを取り入れるハードルは低いように感じます。 しかしデータの蓄積に関しては、眼科も苦労している部分は多くあります。例えば電子カルテは上手く使えばデータを集めるのにもってこいなのですが、現状はデータをためられるように作られておらず多くは診療するためだけに使われています。
AIが得意なことや、逆に人間の医師の方が得意なことはなんでしょうか?
画像1枚だけを見せたらAIの方が人間より正確に予測できます。逆に眼底写真や断面写真を見て、さらに他のデータも合わせて総合的に診断する、というのは人間の方が得意です。そのためトータルの診断力、というとまだまだ人間の医師の方が得意と言えるでしょう。
医療現場でのAI活用に対する期待や不安をお聞かせください。
AIは診断レベルを標準化できるという点で期待できます。市町村や病院の大きさで診断力がまちまちになってしまいます、AIが入れば同じレベルでの診療が可能になり人手不足にも対応できるかと思います。あと最近だと手術現場で使われるAIが進んできているのが楽しみです。技術的には可能なレベルだとは思いますが、導入のコストがかなり高くて人間だけの方が安上がりとなるとすぐに普及させるのは難しいかもしれません。手術の話でいうと、事前に事故を予防するAI、例えば眼科でいうと左右を間違えないように警告するAIなどは有用なのではないかと思います。
AIそのものへの不安は大きくありませんが、人間同様に間違った診断をしてしまうことはあります。人間が診てもどちらかわからないときは機械にも難しいですし、逆に機械に特有のミスもあります。新薬の開発でも発売に持っていくために様々なステップがありますが、同様に実用化に持っていく中で安全性を高めていければいいと思います。まずは診断に直接関わらないような部分から導入を進めていくと良いかもしれませんね。