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「AIが発達した未来に、人間の医師は存在できるのか?」ー「近未来のブラック・ジャック」を描く『AIの遺電子』漫画家・山田胡瓜氏に聞く(1)

2019年3月11日(月)

医療AIに取り組むトップランナーインタビュー

» 連載1回目から読む

新しいテクノロジーは徐々に社会に浸透し、人々の価値観や行動、役割も徐々に変化していく。医師で漫画家の手塚治虫氏は『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で1973年から1978年にかけて『ブラック・ジャック』を連載したが、それから約40年後の2015年から2017年にかけて『週刊少年チャンピオン』で連載されたのが、「近未来のブラック・ジャック」を描く『AIの遺電子』だ(秋田書店が運営するウェブマンガサービス「マンガクロス」で2018年12月からリバイバル連載中。こちらから読める)。

昨年、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した同作は、人間の脳を忠実に再現したAI(人工知能)を持つ「ヒューマノイド」が国民の1割となった近未来で、ヒューマノイドを診て「治療」する医師を描くSF医療オムニバスだ。作者の山田胡瓜氏は、ITニュース記者を経て漫画家になった異色の経歴。社会へのテクノロジーの浸透で人はどう変わり、また医師の役割はどう変わっていくのか。山田氏にお伺いした(前後編の2回の連載)。


『AIの遺電子』を描き始めた経緯をお伺いできますか。

僕はもともとSF作品が好きで、『2001年宇宙の旅』のようにロボットやAIが出てくる作品が好きでした。それで、記者をしていた2013年頃、専門メディアではディープラーニング(深層学習)が注目されてきた時期だったんですね。当時、モバイルや通信技術の担当をしていたのですが、AIやAR(拡張現実)などが、気になっていました。SFっぽいことが現実になりそうな気配、というのを、取材して感じていたんですね。

そうなっていく時代に合わせて作品を描きたいという中で、『AIの遺電子』の第1話のようなネーム(漫画を書く上での設計図)のOKをもらったので、これをやるか、となりました。

『AIの遺電子』の舞台は未来ですが、そこで描かれる人間やヒューマノイドの感情や悩みは、今と変わらないように見えますね。

漫画家は読者に理解してもらうために、現在の人に共感してもらえることを描きます。でも、人間は環境によってどんどん価値観が変わっていくものなので、本当の未来の人間は、今の人間からすると共感できない、嫌だな、気持ち悪いなと思うものも出てくると思うんですね。ただ、それをド直球に漫画に描いても、「気持ち悪いな」で終わってしまう。その間のギャップを、いかにエンターテインメントとして取り持つかというのが難しいところです。

『AIの遺伝子』では「ヒューマノイド(※)」が登場しますが、ヒューマノイドを描いていながら、実はこれは未来の人間を描いています。「トランスヒューマニズム」ってありますよね。

※『AIの遺伝子』では「ヒューマノイド」とは、人間の脳を忠実に真似したAIを指す。人間と同じような権利を持ち、社会の中で暮らしている。代謝機能を備えたバイオボディの他、機械のボディも存在する。社会の中で人間と同等の権利を持つヒューマノイドとは異なり、道具として人間の暮らしをサポートするAIは「産業AI」と呼ぶ。乗り物を制御したり、仕事の助言をしたりと様々な場面で様々なAIが使われる。

トランスヒューマニズム?

はい。人間をどんどん良く改良していこうという発想なんですが、例えば遺伝子改変やサイボーグ化、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)といった技術で、人間のそのものの能力や身体的な制限を拡張していこうという発想です。

これは良い面もあるけれど、悪い面というか、現在の倫理観や価値観からすると受け入れられない部分も出てきます。例えば、記憶を都合良く書き換えるとか、お金持ちだけが自分の能力を引き上げていったら、他の人たちとの格差が広がるとか、様々な問題が考えられます。

でもこれは実は、足が不自由な身体障害者の方が義足を付けると健常者よりも速く走れるようになるということにも通じるのですが、人間の能力の拡張によって、新たな不平等が発生する新しい問題が出てくることになる。

『AIの遺電子』ではこうした問題を、ヒューマノイドに仮託して描いているというところがあるんです。「記憶を改変できるけれど、しますか?」とか、「身体を改造できるけれど、しますか?」とか、「技術で寿命を延ばせるけれど、延ばしますか?」というジレンマを、ヒューマノイドの問題として描いていますが、実はこれらの問題は未来の人間が直面するかもしれないと思っています。ヒューマノイドという形を通じて、人間の未来を比喩しているという感じです。

なるほど。『AIの遺電子』ではヒューマノイドを専門に診る専門医の須堂光が登場しますが、須堂医師の患者は単にヒューマノイドということではなく、将来のありうるかもしれない人間という見方もできるのですね。

この漫画を描く時に、「AIが発達した未来に、人間の医師は存在できるのか?」という疑問がありました。医療のように非常に責任が重く、高度な技術が必要で、理想的には失敗が許されない領域で、AIが高度に発達して人間以上の成果を出すようになったときに、人間にわざわざ任せるのだろうか?という疑問です。

例えば、AIの方が人間よりも「正しく」診断できるようになったとしたら、人間による判断は、補助的な役割になってくるのではないでしょうか。手術は今は「ダビンチ」のような手術支援ロボットがありますが、今後全自動になる可能性もあります。

では人間はどこにいるのかというと、「何が正解かを決める」のは人間だとおもんです。「治すべきか、治さないべきか」「どこまで治すのか」というのは、もしかしたらその人がそれまで生きていた人生観で変わることがあります。医師は専門知識を持ったうえで、人それぞれの人生にに寄り添うことが、今の医師よりも重要な役割になってくるのでは、と『AIの遺電子』を描いていて思いました。

『AIの遺電子』の中でも、診断そのものは機械に任せているんです。でも、患者には「この診断はどうなんだろう」という葛藤があり、それをドラマにしています。機械は、標準的な正解、標準的にベストな治療法を提示しますが、患者ひとりひとり個人にとってそれが本当にベストかどうかはわからないんです。患者のヒューマニズムに寄り添う、そういうところを含めてケアしていくのが、人間の医師にしかできないことだと思います。

(後編に続く)

プロフィール

kyuriyamada 山田胡瓜(やまだ・きゅうり)氏
漫画家。2012年、「勉強ロック」でアフタヌーン四季大賞受賞。元「ITmedia」記者としての経験を基に、テクノロジーによって揺れ動く人間の心の機微を描いた「バイナリ畑でつかまえて」を「ITmedia PC USER」で連載中。「Kindle版」は「Amazon」のコンピュータ・ITランキングで1位を獲得した。2015年11月、週刊少年チャンピオンで初の長編作品となる「AIの遺電子」を連載開始。2017年10月より続編の「AIの遺電子RED QUEEN」を別冊少年チャンピオンにて連載中。

長倉克枝

長倉克枝 m3.com編集部

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