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マンモ自動読影、日本は後れを取る―湘南記念病院乳がんセンター副センター長の井上謙一氏に聞く(2)

2018年7月23日(月)

医療AIに取り組むトップランナーインタビュー

» 連載1回目から読む

 乳がん検診のマンモグラフィーを自動読影する――。そんな研究が広がりつつある。昨年、湘南記念病院乳がんセンター副センター長の井上謙一氏は、ディープラーニング(深層学習)を用いたマンモグラフィーの自動読影の研究成果を日本乳癌学会などで発表した。これまでは単施設での試みだったが、乳がん検診向けの自動読影の実用化と普及に向け、今年から神奈川県内の乳がん治療に関わる大学病院や医療機関からなる特定非営利活動法人研究グループKBOG(Kanagawa Breast Oncology Group)で多施設共同研究を始めた。

 乳がんが専門の医師でありながら独学でディープラーニングを学び、マンモグラフィーの自動読影に取り組む井上氏に、自動読影に取り組み始めた経緯と今後についてお伺いした(全2回の連載)

 前半の『深層学習でマンモグラフィーを自動読影』はこちら


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井上先生がマンモグラフィーの自動読影に取り組み始めたきっかけを教えてください。

 2年ほど前に、ディープラーニングによって顔認識ができるという記事をネットで読みました。顔認識ができるのなら、がんの認識もできるのでは、と考えましたが、当時はまだ誰もやっていませんでした。そこで、ディープラーニングや機械学習の本を買ったり、MOOC(大規模公開オンライン講座)を受講したりして勉強し、自分でやってみることにしました。

プログラムを書く経験はこれまでもあったのでしょうか?

 カナダの高校に通っていたのですが、そこでコンピューターサイエンスの授業がありプログラミングの基本を学びました。その後は趣味で簡単なゲームを作ることはありましたが、働き出してからは殆ど手を付けていませんでした。周囲に詳しい人がいなかったので、ディープラーニングで自動読影をやろうと考えてからは独学で勉強しました。PythonもLinuxも機械学習も全て一からの勉強だったので、最初は大変でした。

独学で、一人で始められたのですね。どのように進められたのでしょうか?

 2016年10月頃から最初の3か月は、本やMOOC、ネットの記事で勉強をしました。2017年の年明け早々にパソコンを用意し、環境を整え、マンモグラフィーの自動読影のプログラム作成に本格的に取り組み始めました。3月に初期段階のものができたので、論文を投稿しました。

 病院内でも、ディープラーニングの研究をしようとする人は自分以外には誰もいませんでした。ただ「やりたい」と言ったら自由にやらせてくれました。また、当センターには診療放射線技師と臨床検査技師が合わせて3人いるのですが、検査画像を収集するのに協力をしてくれたことも、とても助かりました。彼女たちがいなかったら研究はできませんでした。ここで収集したマンモグラフィーの画像をプログラムに学習させて読影プログラムを作りました。

苦労されたことについて教えてください。

 まず、時間のやりくりです。昼間は診療があるので、毎日夜の7時くらいから10時くらいまでプログラムを書いて、帰宅後にまた本を読んで勉強していました。

プログラムを書いていると最初は苦労の連続です。思ったように動かないし、聞こうにも教えてくれる詳しい人が周りにいない。でも悩みながら書いているうちに、そのうち動くようになりました。その繰り返しでした。

これからAIやプログラミングを勉強する方たちに向けて、役に立った本を教えてください。

 本はディープラーニングを中心に雑誌を含めて30冊以上読みましたが、たくさん買いすぎて妻に怒られました。そもそも「AIとは何か?」を知るためには、最初の頃に読んだ「初めてのディープラーニング」(武井宏将、リックテレコム)はイラストが分かりやすかったのでおすすめです。実際に自分でディープラーニングをやってみたいという方には、「ゼロから作るDeep Learning――Pythonで学ぶディープラーニングの理論と実装」(斎藤康毅、オライリー・ジャパン)は理論を学べますし、「TensorFlowで学ぶディープラーニング入門」(中井悦司、マイナビ出版)が実際にプログラムを書く上で役に立ちました。特に「ゼロから作るDeep Learning――Pythonで学ぶディープラーニングの理論と実装」は原理から理解できるバイブルです。

医用画像の読影プログラムなど、今後医療現場にAIが入ってくると考えられていますが、そのためには医師とエンジニアの連携が必要です。どのように進めていくべきとお考えですか?

 医師がプログラムを書くのが理想的ですが、勉強する時間を含め、誰でもできるわけではありません。逆にエンジニアが医療に精通するのも難しいでしょう。ただ、ディープラーニングなどの技術の原理や、技術開発に何が必要なのかを医師が理解することは可能です。逆にエンジニアもある程度は医療を勉強して、お互いに共通認識を持つ必要があるでしょう。これは、お互いに興味があれば徐々につながっていけると考えています。それまでは、自分が医師とエンジニアの「かけ橋」のような立場として役に立てることができたらいいなと考えています。

 もうひとつ、「これができるとこんなに便利になる」「検診の精度がよくなる」「仕事が楽になる」といった完成形のイメージを医師が持てるようにすることが重要だと考えます。それがないと、技術開発をするといっても医師側には協力するモチベーションがありません。

先生はディープラーニングによって自動読影を進められていらっしゃいますが、今後の医療はどのようになっていくとお考えですか?

 ディープラーニングは医療のパラダイムシフトを引き起こすものでしょう。医療でのドラえもんの世界がディープラーニングによって実現すると考えています。つまり、医療の自動化が進みます。医療ではIT化がなかなか進んできませんでしたが、ディープラーニングとインターネットによってパーソナルヘルスレコード(PHR)のように患者中心の仕組みが進むのではないでしょうか。

 ただ、ディープラーニングは膨大なデータがあるところが強いので、このままだと中国に負けるのではと危惧しています。プログラムを書いているときに技術でわからないことをネットで調べていると、中国語でのサイトがヒットすることが日増しに多くなってきています。このままでは、日本の医療は中国の製品を高値で買わないと成り立たなくなってしまいます。

 今から、日本の、日本人のデータによるディープラーニングを積極的に構築していかなければ、後から取り返すのは困難になります。日本消化器内視鏡学会、日本病理学会、日本医学放射線学会では積極的に進めているようですが、乳腺に関しては、かなり遅れていると感じています。そのためにも自分も研究を続け、発表することで興味を持ってくれる仲間を増やしたいと頑張っています。

プロフィール

1999年旭川医科大学卒業、北海道大学第1外科に入局、消化器外科医として北海道各地で地域医療に従事。2009年北海道大学大学院医学研究科高次診断治療学専攻博士課程修了、癌研有明病院乳腺外科シニアレジデントとして研修、11年から現職。日本外科学会専門医、日本乳癌学会専門医。人工知能を用いた乳腺画像の解析の研究で、日本乳癌検診学会2017年度ピンクリボン賞、第12回「乳癌の臨床」賞優秀賞、第26回日本乳癌学会学術総会のExcellent Presentation Awardを受賞。


湘南記念病院乳がんセンター副センター長の井上謙一氏に聞く

長倉克枝

長倉克枝 m3.com編集部

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