医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
救急外来を受診した患者の心電図から、カテーテル治療の要否をAI(人工知能)で判別――。そんな研究成果の論文が2019年1月、PLOS ONEに掲載された(『心電図からカテ治療要否を瞬時に判断、慶應大が開発』『心電図1枚からカテ治療要否を高精度に判断、救急外来でー第67回日本心臓病学会学術集会レポート』参照)。この研究を進めたのが、慶應義塾大学医学部循環器内科助教で2019年4月からハーバード大学系の病院であるブリガム・アンド・ウィメンズホスピタルで博士研究員(ポスドク)として留学中の後藤信一氏だ。後藤氏は循環器内科医でありながら、自身でプログラムを書き、ブリガム・アンド・ウィメンズホスピタルでは工学系のエンジニアらとともに、データサイエンスチームで活躍している。研究を始めた経緯、現在の取り組みについてお伺いした(2019年11月6日にインタビュー)。
先生は医師であり、プログラムも書かれますが、AIを使った医学研究を始めた経緯をお伺いできますか。
プログラミングは小学生の頃から趣味でやっていました。中学生の時には、動画の編集ソフトを自作したりしていました。当時はまだ動画編集ソフトがなく、不便だなと思っていたのです。それなら、自分で自分の作業を楽にするツールを作ろうと考えました。高校・大学に進学後も、友人とともにロボットやiPhoneアプリを作っていました。博士課程に進んでからも、プログラムや工学分野の知識を医学研究に関連させたいと思っていました。遺伝子解析プログラムを自分で書いて研究したりもしています。そんな中で、様々な分野でAIの研究がさかんになってきて、プログラム技術と医学知識を融合させるのに、AIは適した分野だと考えました。
2018年夏頃に、(慶應義塾大学医学部循環器内科教授の)佐野(元昭)先生から、心電図のデータがあると伺い、これを使ったAI研究を始めることにしました。佐野先生は当初、QT時間に関心を持っていましたが、QT時間は何が正解かを決めるのが難しい。機械学習で心電図データを扱うなら、確実に正解が決められるテーマが良いと考え、「心電図からカテーテル治療の要否の判断をすること」をテーマにしました。
PLOS ONEに掲載された論文「Artificial intelligence to predict needs for urgent revascularization from 12-leads electrocardiography in emergency patients」では、2012年から2018年にかけて慶應義塾大学病院の救急外来を受診した患者約4万人の心電図データと、その48時間以内に実際にカテーテル治療を行ったかどうかを正解データとして、機械学習モデルを作り、データ全体の7割を学習、残りのデータで精度をテストするとAUC(ROC曲線下面積)が0.88と高精度で検出することができました。具体的にどのように研究を進められたのでしょうか?
佐野先生ら共著者と議論をして計画を進めました。心電図のデータだけでなく、データ元の患者さんそれぞれについて、カテーテル治療を実施したかどうかのデータが必要なため、他の先生にも協力を仰ぎ、データを照合して作っていただきました。着想から論文を書くまでの期間は3〜4カ⽉間でしたが、実際にプログラムを書いて解析し、論文を書くのにかかったのは1カ⽉ほどです。データを揃えることと、倫理審査の申請に時間がかかりました。
一般的に、心電図データの波形は画像データとして扱われます。しかし、もともとは2マイクロ秒ごとの電位の時系列データです。人には画像のほうが読みやすいですが、画像にする過程で情報が失われます。可能な限り情報量が多い生データを学習データにしたいと考え、電位変化を数値化し、時系列に並べたものを利用することにしました。これを、RNN(リカレント・ニューラル・ネットワーク)で学習させました。RNNは、時系列を保持したまま学習データを扱えるディープラーニングモデルのひとつです。
心電図からカテーテル治療の要否を高精度で予測できるという結果でしたが、この結果をどう考えていますか?
当初は、診療データなどの他の情報がなければ十分な予測精度に達しないと思っていたので、心電図のみからこれほど高精度な結果が得られるとは思っていませんでした。ただ、実際に臨床で使うとなると、(学習データを慶應病院で取得したデータを使っているため)慶應病院以外でも使えるかどうかという問題があります。また、医療機器としての承認取得の難しさもあります。
今回のご研究では、先生がプログラムを書くエンジニアの役割もされています。医療AIのように工学系の知見が必要になる医学研究では、医師とエンジニアがどのように連携していけばよいのでしょうか?
それぞれの専門家が参加し、協力するチームは理想的です。でも、工学系でAIに詳しい人と、医師でプログラムを書けない人とが議論をしてプロジェクトをまとめるのはかなり難しいと考えています。工学系の人がプログラムを書く場合であっても、医師の方もある程度プログラムを書く能力をもち、何をしているかを理解していないと難しい。この場合、医師がゼロからプログラムを書けないといけないということではありませんが、何も分からない状態では何もできません。お互いに会話をするためにも、相手の専門分野をある程度理解するだけの知識が必要だと考えています。
プログラムを書く人にも医学の知識がある程度必要ですが、現状は、医師がプログラムを書く方が早いと考え、やってしまうことが多いようです。
先生は医師であり、エンジニアリングの専門家でもいらっしゃるのですね。
医師としては、循環器内科医として一人前になったばかりの段階です。プログラムを書くという点では、医師になってから、世界中のコンピューターサイエンスの専門家が集まる2週間の合宿形式の国際サマースクールに参加し、そこで、スーパーコンピュータのプログラムの高速化コンテストで5位に入賞したことがあります。
医師としても、エンジニアとしても専門家ですね。今年4月から留学されているブリガム・アンド・ウィメンズホスピタルを留学先として選んだ経緯を教えてください。
知り合いのPI(Principal investigator)に「AIや個別化医療の研究をしたい」と話したら、留学先のPIを紹介してくださいました。私は、慶應大では主に動物実験のデータ解析をしていたので、ここでもそれをやるのかと思っていたのですが、今は心エコーやCTのAIなど、どっぷりAIの研究をしています。
ブリガム・アンド・ウィメンズホスピタルはGoogleやAppleなどから巨大なグラントを得て共同研究をしている、ヘルステックの中心的な研究機関です。電子カルテをはじめとする膨大なデータを保有し、それらを活用して研究を行うことができます。患者の同意を取るためだけに30人くらいのスタッフがいますが、AIの開発ができる研究者はここでも不足しています。
私はここではデータサイエンスチームに所属していて、プログラムを書くなど、工学系のエンジニアと一緒に仕事をしています。プログラムを書く研究者は3人いて、私以外の2人は工学系の出身です。ここでは相談する相手がいて、議論をして進められるため、すごく早く進められます。
今後はどのような方向を目指していますか?
医学と工学の融合を目指しています。医学は、医師の直観が重視されるなど、科学というよりアートのようなところがあります。それは良い点もありますが、そこに何らかのメカニズムや科学を持ち込むことが重要です。今後、個別化医療が進むと、患者ひとりひとりについて考慮しないといけない要因がますます増えます。それらを医師ひとりで扱うのには限界があります。
ブリガム・アンド・ウィメンズホスピタルでの私のプロジェクトは、実臨床での応用を目的としています。ここには多施設からデータが集まってくるので、今後他の施設での展開もしやすくなります。
医療データを活用する研究は、日本ではやりにくいと言う声もあります。
日本は、規制が厳しいというよりも、基準が不明確で曖昧なため、研究者がどこをどこまでやったらいいのかわかりにくいのが問題です。たとえば電子カルテのデータを使う研究は、日本ではかなりやりにくいですが、米国では、「この項目を満たせばデータを使ってもいい」という基準が明確なため、電子カルテのデータを使った研究を進めやすい。日本は医療データの扱いを安全にしようとしていますが、そのために技術の進歩が犠牲になっていると感じます。ただ、その安全策をとっぱらって技術開発に注力する方がよいかどうかは、また別問題ですが、基準の明確化には学ぶべきものがあると思います。
ヘルスケアデータの活用では、医療機関以外の日常のデータ収集も注目されています。
こうした新しいデータを収集して活用していくのも、AI研究の新しい軸になります。私たちはAppleとの共同研究で、Appleウォッチのデータ収集を現在進めています。ただ、どう活用していくかはまだ難しいと思っています。データを収集するだけではなく、その結果どのような状態であったのかなど、病院の内外での患者の状態につなげていく必要がありますが、そこはまだまだ課題が残っています。
後藤信一(ごとう・しんいち)
2013年慶應義塾大学医学部卒。初期臨床研修後、慶應義塾大学循環器内科に所属。臨床を行う傍ら、2018年3月に慶應義塾大学医化学教室博士課程を卒業(ガス分子の生体作用の研究)。その後、医学・生物学への工学技術の応用を目指して研究を開始し、現在までに分子動力学や人工知能等の研究成果を発表している。2019年4月より、米国ハーバード大学Brigham and Women’s hospitalに留学し、人工知能の医学応用の研究を行っている。
長倉克枝 m3.com編集部