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AI Lab プロジェクト医療×AIの発展にご協力いただける方を募集しています

「医療者がゼロから深層学習学ぶ」院内勉強会を開催ー埼玉石心会病院リハビリテーション科部長の白石哲也氏に聞く

2019年8月5日(月)

医師ら医療者自身がデータやプログラムを扱い、医療データを活用する取り組みが進みつつある。本シリーズでは、データサイエンスやAIなどを学ぶ医師ら医療者に、その具体的な取り組みについてお伺いします。

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シリーズ「医療者、AIを学ぶ」1回目の今回は、大学病院で脳神経外科医として約20年間勤めた後、研究者としてソニーコンピュータサイエンス研究所に入所、さらに大学に入りなおして工学を学び、リハビリテーション科で臨床に携わりながら医療現場改善に向け院内でAI勉強会を開催する白石哲也氏にお伺いする。


社会医療法人財団石心会埼玉石心会病院リハビリテーション科科長の白石哲也氏は2018年11月から人工知能(AI)について学ぶ院内セミナーを開催。2019年からは単に概略を学ぶだけではなく、実際にAIを作る勉強会へと発展している。ソニーが公開しているディープラーニングの開発環境「Neural Network Console」を用いて、実際に見分けがつきにくい画像(双子の写真、2歳と3歳の子供の写真、20個と21個のビーズ写真など)の識別を自分自身のPCを使って体験する。そうすることで入力と出力のラベル付きデータセットさえあれば様々なことに活用できることを自覚でき、受講者のなかでは大きな意識の変化が生まれるという。

また、白石氏と同じ病院で勤務している初期研修医の土方友莉子氏は、頭部CT画像からCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を使って脳出血を画像診断できるかどうかを検証し、少数のデータを使って、病院内のみで完結するオンプレミスでのディープラーニング開発が可能であることを示唆する結果を得たと、今年6月に新潟市で開催された人工知能学会全国大会で発表した。白石氏に勉強会そのほかの経緯について、話を伺った。

最初の申込者はたったひとり

白石氏は2018年8月に現在の病院に就職し11月、AIの概要を紹介する院内講演会を開催。多くの職員でにぎわい好評だった。次に、参加者自身が実際にディープラーニングを作ってみる勉強会を企画。週1回で平日18時から19時まで、全8回のコースだ。全職員に案内メールを流したが、手を挙げたのはたったひとり。そのひとりも当直等の勤務の都合がつかず参加を取り消した。

そこで回数を半分に減らし4回にした。病院内の掲示もやめて口コミでメンバーを集め、事務部、リハビリテーション部、薬剤部や検査部から参加を得た。参加者はTensorFlow上で動く深層学習の動きを可視化するツールであるA Neural Network Playground をブラウザで操作しながら、ディープラーニングの基礎概念を直感的に理解する。そして実際に自分のPCにディープラーニングの開発環境である[Neural Network Console] (https://dl.sony.com/ja/)をインストールし、識別困難な写真を区別するAIを実際に作る。ビーズの個数を判別するAIはそのまま薬の数量チェックに使えそうだ。

ツールのおかげで初心者でもディープラーニングを可能に

これまでプログラムを書いたことがない医療スタッフでも気軽にディープラーニングができるようになったひとつのきっかけは、ソニーのディープラーニングの開発環境「Neural Network Console」だ。ディープラーニングをしようとすると、データサイエンス向けのパッケージなどを提供するプラットフォームであるAnacondaでPython環境を構築し、TensorFlowなどの機械学習ソフトウエアライブラリをインストールする必要があり、初学者はこの第一歩でつまずくことが多い。だが「Neural Network Console」が公開されたあと、一気にハードルが下がった。最初から環境は用意されており、積み木遊び感覚でネットワークを構築でき、さらに比較的簡単なネットワークであれば、構造探索機能で課題に最適なネットワークを自動的に構築してくれる。さらにディープラーニングでよく用いられる関数等が充実しておりそれらを気軽に試してその効果を実感することができる。「Neural Network ConsoleはAIを一部の研究者から一気にみんなが使えるものにした。時代を変えた」と白石氏は激賛する。白石氏の勉強会ではこれを使うことで、プログラムになじみがない職員でも取り組みやすいように配慮している。

「東京大学の松尾豊先生は講演や著書で『ディープラーニングは汎用目的技術である』とおっしゃっています。いまは画像診断への応用が注目を浴びていますが、本来ディープラーニングは大変に応用範囲が広い技術です。入力を画像、出力を将来の自立歩行の可能性にすれば、リハビリテーション予測AIがつくれます」(白石氏)。講演会参加者は、現場で問題となっているものを、入力と出力のデータセットを揃えれば、ディープラーニングで解決できる可能性に気づく。

医療者がAIをゼロから学び悩むことの良さ

実際に自分が持ち寄ったデータでディープラーニングをやっていくと、参加者は「データを集めることが一番大事だ」と実感。そこでいまもう一度、データをしっかり作ろうというところに先祖返りしているという。最近の勉強会には7人が参加し、VAEやGANなど最先端の内容を学んだ。そして、今後は参加者が所属している各種学会で発表し、プレゼンスを上げていく計画だ。「埼玉石心会病院に来ればAIが学べるという環境をつくりたい。AIの石心会と呼ばれるようにしたい」と語る。

「自分たちも勉強会をやりたい」という人たちも少なくないだろう。白石氏は「外部から講師は呼ばないほうがいい。苦しいけど、やりたい人が勉強するしかない」という。今はネットでなんでも調べられる時代である。しかし自分の知識と検索キーが貧弱だと、勉強内容も偏ってしまうことが問題だ。白石氏自身も日本ディープラーニング協会のG検定を受験し、一度は落ちたそうだ。偏った勉強をしていたためだった。もし次も落ちたら勉強会での講義はできないと思い、2回目は本気で勉強をした。「危ない綱渡りばかり」と笑う。

だが「独学だからこそ、良いこともあるんです」という。「ゼロから悩めるでしょう。すごく知っている人が来て講義をすると、AIの入口で常識となっているところはスキップされます。実は初学者はそこが分からない。分かっている様な顔で聞いてしまう。独学だと何が分からないかといったレベルからわかるし、みんなが同じところで悩むということもわかりますから」。今後は、まとまった時間がとれない人にも幅広く学んでもらえるように、e-learningも予定している。

脳神経外科医からソニーの研究者、そしてリハビリ科へ

白石氏は、岡山大学を卒業後、長く佐賀医科大学の脳神経外科医として臨床と研究を行い、その後、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)を経て、再び医療の世界に戻って来たという経歴を持つ。脳神経外科医時代には脳腫瘍の研究を行っていた。脳腫瘍は単一の遺伝子の異常によって引き起こされるものではなく、多くの遺伝子によって構成されるネットワークの異常が原因ではないかと推測されていた。その解明には、新しい研究方法が必要であると考えていた2001年に、ソニーCSLの北野宏明氏が書いた『システムバイオロジー 生命をシステムとして理解する』(秀潤社)という本に出会う。それで「こんな学問があるんだ」と衝撃を受けたという。

大学進学の際には、医学部か工学部で悩んでいた。親の勧めもあり、医学部を選んだ。大学に入学した1976年にNECからマイコンキット「TK-80」が発売されるという絶妙のタイミングもあり、勉強は医学を半分と電子工作・プログラミングを半分の時間割となった。白石氏は、その後、北野宏明氏と親交を深めたのち、2004年に佐賀医科大学を辞めて、ソニーCSLに入社。当時、ソニーに初めて入社した現役医師だったという。

ソニーCSLには9年間在籍。前半はシステム生物学の研究を行い、がんのゲノム、トランスクリプトーム、そしてプロテオームなどの網羅的データをシステム生物学的に解析して、癌のシステム異常に基づいた治療手段の開発を目指した。細胞の頑健性に関与するネットワーク特性を支える分子機構を明らかにし、双方向性スイッチの役割を果たすたんぱく質で構成されるネットワーク構造が正常細胞とがん細胞とで異なること、そしてそのハブとなるたんぱく質が治療標的の分子候補として考えられることなどを示した。後半は人の生活と心を支えるコミュニケーションロボットの開発を行った。このときに、専門を脳神経外科からリハビリテーション科に移した。

業務改善へのAI活用を目指す

白石氏は「人はみな越境すべきだと思っている」と語る。在籍していたCSLは「越境し、行動する」(Act Beyond Borders)を行動原理としており、それに強く影響を受けた。

「医者、看護師、そしてコメディカルなど、ライセンスを持って働いている人は、専門性だけで一生食えると思っている人が多い。それは昔の話です。これからの日本は人口構成が激変し、社会生活や産業も大きく変わって行かなくてはいけません。その社会問題を解決する手段の一つとしてAIが期待されています。AIを避けるのではなく、積極的に取り込んで、走りながら問題を解決して行く、幅広い視野をもった人材が求められています。すなわち専門性のみのI型人材から、専門性を持ちながら、他の領域へ越境するT型人材です」。

白石氏は、ソニー時代に「自分はメディカル担当だから、技術はそれほど知らなくても大丈夫」と思っていたが、それではダメだと痛感することがあったという。医者から研究者へ越境したつもりだったが、自分の中にある壁を乗り越えていなかった事を強く後悔した。それで、ソニーCSLを退職した後、リハビリテーション科の医師としてフルタイム勤務しながら、東京・北千住の電機大学の夜学(工学部第二部)に通い、理工学を徹底的に学んだ。勤務する病院も、夜学に通うことを許してくれた西大宮病院を選び、2019年3月に無事に4年間で卒業した。東京電機大学は「学生に社会の厳しさを教える」という意味もあって出欠やレポートも非常に厳しく、3〜4時間睡眠の日々だったという。「レポートでは有効数字や計算の間違いを徹底的に追求されました。それは、一つの計算ミスが、大惨事を引き起こし、多くの人の命を奪うからだと、教えていただきました。これほどの緊張感を持って医者の仕事を今までしてきたのか、自問自答しました。いまソニーに入ったらそうとう良い仕事ができるんじゃないかな」と笑う。

埼玉石心会病院には2018年の8月から在籍。「4年生の前期で全部単位をとって後期をとらなくてよかったから」とのこと。この病院を選んだ理由は「まず病院がきれい。お昼ご飯が美味しい」。そして、「症例が多いことです。年間8000例の救急車を入れている民間病院は他にはあまりない」。AIを医療現場に活用しようと思ったところから埼玉石心会病院を選んだという。「一刻を争うところにこそ、AIが活きると思う。たとえば瞬間、どうするか悩んだときに、一度サジェスチョンを出してくると救急の先生はすごく助かると思う」と語る。だが、他のことにもAIは使えるという。

顔認識など、広い意味でのAI技術にはロボット開発のときに既に触れていた。しかしその当時は、いまのようなAIブームは想像できなかったという。最近のAI研究の中で、特に印象に残ったのは「仮説形成するAI」だ。現在は物理学などへの応用が模索されているが、AIが仮説的推論まで可能なのであれば、医療業界にも革新的なことが起こるのではないか。実際に、医療現場では仮設を立てて、未来を予測して、現時点での最適解と思われる行動を瞬間瞬間で行っている。

具体的にはどのようなAIを目指すのか。画像診断の精度をどこまでも上げていくという方向もある。だが白石氏は、むしろ別の方向での応用を考えている。たとえば入力を患者さんの脳画像や麻痺の程度、出力を歩行自立の有無にすれば、仮に精度80%でも問題ない。カンファレンスの時には「石心会AI君」の見立ても参考にリハビリ計画を立てることが出来る。「精度99%のAI画像診断システムも大切だと思うが、病院の業務が効率よく回り職員がみんなニコニコしていることのほうが大事」だという。「業務改善にAIを導入することで大きな底上げができる。まずはこの分野で成功体験をたくさん積み上げることが大切だ」。

こうして始めたのが、勉強会だという。

予測をし、PDCAを回す

AIというと画像認識で云々という話が多いが、実際の業務は画像ではなく、ほとんどエクセルの表形式で表現できる構造化データが行われている。白石氏らは、機械学習を用いてCSVからの予測分析も行っている。ツールは、やはりソニーが6月から無償提供している、機械学習を用いた予測ツール「Prediction One」である。ニューラルネットワークと勾配ブースティング木のアンサンブル学習で高精度な予測を簡単に行えるツールで、標準のPCで使え、外部通信の必要はない。

「Prediction One」を使うことで、様々なデータで実際に予測をし、そこからPDCA(plan-do-check-act)を回すことができる。「Prediction One」は新しいデータを入れると、瞬時に予測を出し、さらに寄与するファクターが何であるかを教えてくれる。たとえば、いま目の前の患者さんの転倒リスクを考える場合どういうリスクがあって、そのリスクの重要度を寄与率で教えてくれるので、「なるほどここに気をつけよう」と考えることがすぐにできる。「予測をしてPDCAを回す。日常業務にフィードバックができる」のだ。

認知症はAIが救う

埼玉石心会病院は地域医療支援病院だ。病院職員が講師となって、みんなの健康塾という出張講座を毎日開催している。白石氏はその中で認知症と人工知能の講義を担当している。白石氏は「AIと認知症は親和性が高い。認知症はAIが救う」とも考えているという。環境知能という概念がある。知能は脳内だけでなく、周囲の環境にもあり、それをベースにして人は生活しているのだという考え方だ。だから認知症患者は自宅では生活できる。病院に来ると認知症が悪化したように見えるのは例えば知能の半分を家においてあるから、というわけだ。環境知能を取り戻すためには家に戻ってもらうしかなく、リハビリテーションの目的もそれにつきる。そのときに、弱っていく患者の知能をさりげなくサポートしてくれる、ロボットや、スマートミラー、賢い壁などがあると、認知症患者であっても、かなり長期間、家で暮らせるのではないかと白石氏は考えている。

森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。