医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
臨床現場の様々な課題に対して技術を使って解決をしようとする試みが進んでいる。慶應義塾大学医学部放射線科助教の橋本正弘氏は放射線科医として放射線画像の診断を行いながら、人工知能(AI)による画像診断支援や、読影レポートの検索システムの開発など、自らが困ったことを技術によって解決を試みている。医師として、技術をうまく活用している現状とこれからの医師のあり方についてお伺いした(2018年11月9日にインタビュー、全2回)。
前編『画像診断支援AI、放射線科で日々の業務での利用は「意外と難しい」』はこちら。
富士通との共同研究で、AIによる診療支援を実現する技術開発もされていますね。(プレスリリースはこちら)
うちで撮影したCTのレポートの治療への影響度をスコア化することを一つの目的としています。治療の優先度付けをすることで、放射線科医と主治医のコミュニケーションをサポートするように使えるといいなと思っています。
現場の課題解決をしていくという点で、他にどのような取り組みをされていますか?
今やろうとしているのが、検査のオーダーの運用改善です。検査を急がないといけない入院中の患者さんの予約の優先順位を上げるときに、今は主治医が放射線科に電話をして依頼しているんですが、それをもっとスマートにできないかと思っています。
実は慶應大病院には以前、樋口(順也)先生が作られた検査オーダーのシステムがありました。主治医が放射線科への検査のオーダーを一覧にして登録すると、優先順位を付けて、その順に検査技師さんが呼んで検査をしてくれました。ただ、電子カルテの導入とともに、今はそのシステムはなくなってしまいました。当時は医師が手動で優先順位を付けていたんですが、今なら主治医からのオーダーをもとに、機械的に優先順位付けをするようにすることで、ワークフローが改善すると考えています。
こうした、病院の医療情報システムの改善は、病院情報システム部がになっているのでしょうか。
そうですね。うちの放射線科では伝統的に、放射線科医が病院情報システム部と協力関係にあります。上司の放射線科学教室教授の陣崎(雅弘)先生は、病院情報システム部長も兼務されています。僕も週に3~4時間は医療情報システムに関連する仕事をしています。ただ、そうではない病院も多いと思います。
医療現場でシステムの改善をしていくには、どういった人材が必要でしょうか?
病院内の現場のワークフローが分かっていて、技術にも詳しい人ですね。今は病院内には本当に少ないです。
放射線科医は患者さんを直接診ないですけれど、ほとんどの診療科とつながっていて、そこの先生から相談を受けるんですね。科がまたがると知らない先生も多いのですが、いつでもどの科の先生とも連絡を取れるのは、多分放射線科医くらいでしょう。そこで、病院全体のことを見ていけるような診療科を目指すというのが、うちの放射線科のビジョンにあります。放射線科医は病院のバックボーンを築いて病院全体の質を向上していくということですね。
そうなっていくためには、一つの道具としてITの技術があったり、現場のワークフローがわかっていないといけなかったりします。放射線科だけではなく、画像診断を通して、それに付随するような病院のインフラも含めて見ていければと考えています。
AIのようなテクノロジーが入っていくことで、放射線科医の在り方が変わっていくという議論もあります。先生は、放射線科医はどのように変わっていくとお考えでしょうか?
多分患者さん側、主治医側に一歩近づく必要があると思います。これまでの、オーダーをして、レポートを返すだけでは、放射線科医の価値はAIとほぼ同等になる可能性があります。画像検査の結論がなぜそうなったのか、その検査結果をどう次の診療に反映させていくかというところには議論が必要です。そこの議論ができるのが放射線科医でもあるので、診断だけではなく、治療のことも勉強して、診断の結果をどう診療に生かすかに寄与できる放射線科医になっていくべき、というのが放射線科のビジョンにあります。
そうしたコンサルテーションには、ITも入ってくるのですね。
はい。全員がITが分かる必要はないですが、それでも技術が分かる放射線科医を育てるのが最も効率的と思っています。
どのようにして育成されているんでしょうか?
とても難しいです。医療情報の専門の授業があるわけではないですが、自主学習で医学部生が毎年数人来てくれます。今年は2人ですが、最近はディープラーニングを勉強したいという方がほとんどです。
医師がITの技術を学ぶのも重要ですが、一方で医師が情報系の先生方やエンジニアとうまく連携をとっていくのも必要です。先生はどちらもやられていらっしゃいますが、どうしたらうまくいくのかお伺いできますか。
日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクトで、日本医学放射線学会でAI開発に向けた研究に参加をしていますが、これは日本医学放射線学会の医師や医療従事者と、国立情報学研究所の情報系の先生方と一緒に進めていますが、手探りですね。1年目はデータ収集を進め、2年目にそのデータの解析が始まりました。今は1~2か月に1回ミーティングのほか、オンラインでやりとりをしています。
ただ、お互い専門用語が分からないと会話がなりたたないんですね。分かる方がなかなかいらっしゃらない。国立情報学研究所の先生たちはまず「DICOM」ということから分からない。一方、日本医学放射線学会の先生たちは情報技術のことはよく分からない。なので、まずは会話を成り立たせるのが大変でした。
どのようにして解決していかれたのでしょうか?
両方が分かる先生に入っていただきました。東京大学医学部附属病院放射線科の渡谷(岳行)先生は放射線科医なんですが、ご自身でプログラムも書かれて、どちらもとても詳しいので、日本医学放射線学会と国立情報学研究所の窓口になりました。
橋本正弘(はしもと・まさひろ)
慶應義塾大学医学部放射線科学教室助教
2006年慶應義塾大学医学部卒、東京都済生会中央病院で初期臨床研修、日本鋼管病院放射線科などを経て2012年から慶應義塾大学医学部放射線科(診断)。所属学会は日本医学放射線学会、日本超音波医学会、日本IVR学会、日本核医学会、日本医療情報学会。放射線診断専門医、核医学専門医、情報処理安全確保支援士(003012)、診療情報管理士、医療情報技師。
長倉克枝 m3.com編集部