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学校検診向けに側弯症の診断支援AIを開発―慶應義塾大学准教授・渡辺航太氏インタビュー

2020年2月19日(水)

医療AIに取り組むトップランナーインタビュー

» 連載1回目から読む


慶應義塾大学医学部整形外科学教室教授の松本守雄氏と准教授の渡辺航太氏は、慶應義塾大学理工学部電子工学科教授の青木義満氏、東京予防医学協会、スペースビジョン社と共同で、体表面の形状からAIを使って脊柱側弯症(側弯症)を3次元的に評価するソフトウェアの開発を進めている。ソフトウェア開発の中心人物である渡辺氏に、現状の運動器学校検診での側弯検診の問題点や目指している検診システムの内容についてお伺いした(2020年1月22日にインタビュー)。


側弯症を早期発見する学校検診の問題点

側弯症は、背骨が左右にねじれるように湾曲する疾患だ。その原因は、神経や筋肉の病気、脊椎の形成不全などさまざまだが、最も多いのは原因不明で小学校高学年から中学生の第二次性徴期に発症する「思春期特発性側弯症」。その9割以上が女児で、発症率は女子中学生の1~2%とされる。

発症当初は自覚症状がほとんどないが、進行すると体のねじれや姿勢のゆがみだけでなく、腰痛や背部痛、肺活量の低下などの呼吸機能障害、運動器系の障害を引き起こす。そのため1979年度から「脊柱側弯症学校検診」が導入され、2016年度からは「運動器学校検診」の中に継続して側弯のチェックが義務づけられている。対象学年は、小学校1年生から高等学校3年生までの全学年とされている。

運動器学校検診では、まず家庭で保健調査票に基づいて児童の背骨や手足について評価を行い、その後、学校医による視診(1次検診)が実施される。側弯症が疑われる場合には、整形外科を受診して直接X線撮影を含む2次検診を受けるという仕組みになっている。

学校の1次検診には、どのような問題点があるのでしょうか。

1次検診にはいくつも問題点が指摘されています。まず、検診に整形外科医、特に側弯症の専門医が立ち会うことが費用的にもマンパワー的にも困難なため、側弯検診自体が十分に実施されていない学校があります。

実施されていても全国でスクリーニングの方法が統一されておらず、各自治体、各学校が独自の基準で検診が行われているので診断結果にもバラツキがあり、高い偽陽性や偽陰性(見落とし)が問題になっています。ですから側弯検診の効果に関する明確なエビデンスがないのが現状です。

検診者が専門医でないと視診のみでは見落としを恐れて疑心暗鬼になり、偽陽性率が跳ね上がります。つまり、本当は2次検査の必要のない児童のX線による医療被曝が増えてしまうのです。

1次検診でモアレ検査は行われていないのでしょうか。

導入している学校は一部だと思われます。確かにモアレ検査は、体表面(背部)の形状を等高線で表示し、体幹の非対称性を鋭敏に評価できるので、ある程度の定量性と客観性はあると言えるでしょう。しかし、安定した画像の撮影、得られたモアレ画像の判定には専門性が必要で、判定できる結果も“側弯の疑い”でしかありません。 それに、モアレ検査に使用する測定機器自体の生産が終了してしまっているのです。

3次元的に脊柱配列を予測するAI診断支援ソフトウェア

それで新たな検査方法の開発が求められたのでしょうか。

開発を始めたのは2012年からです。それで私たちは、最初に児童の背部の撮影に特化した「3Dバックスキャナー」を開発しました。このスキャナーの特徴は、3次元で体表面の変化を記録できること。それからモアレ検査では暗い場所でしか撮影できませんでしたが、3Dバックスキャナーは蛍光灯の下でも撮影が可能です。また、短時間で撮影できるため、児童の体動に画質が影響されません。

この3Dバックスキャナーで撮影した画像は、モレア画像にも変換が可能でクラスⅠ医療機器として届出をしています。ですから、現時点ではとりあえず3Dバックスキャナーを使ってもらうことで、従来のモアレ検査の代替として検診に継続して使ってもらうことが可能になっています。専用記録装置は不要で、付属のパソコンでモアレ画像の表示や記録ができます。

画像1

3Dバックスキャナー(画像提供:渡辺氏)

AI診断支援ソフトウェアは、そのスキャナーと組み合わせるわけですか。

そうです。側弯症診断支援ソフトウェアは現在開発中ですが、AIを用いた診断支援ソフトウェアはさまざまな診療分野で承認されていますので、早期の承認を期待しています。なるべく早く検診で使用できるようにしたいと考えています。

診断支援ソフトウェアは、モレア画像とX線画像の各2000症例以上の画像データを基にした「AI(深層学習)」を用いて、側弯症を予測することができるようにしています。 実際には、3Dバックスキャナーで撮影した画像を診断ソフトが解析すると、ナンバーリングされた17個の脊椎の位置がモニターに映し出されます。そのデータを基にコブ角(最も傾いている椎骨の間の角度)と椎体回旋の程度が自動算出されるので、定量性が保たれ、機能性側弯(一時的な側弯)や境界領域の側弯といった微妙な症例もスクリーニングできる可能性があります。

画像2

渡辺氏の論文(Neurospine 2019;16(4):697-702. )から引用

側弯症は脊柱が3次元的に変形する疾患なので、診断時に3次元的に脊柱配列を予測できることは、非常に有益な情報になるのです。私たちはCT画像のデータ(500例)を基にAI予測する診断支援ソフトウェアの開発も同時に進めています。こちらの方は若干修正が必要で、いまデータの処理の仕方を検討しているところです。

「側弯症の見落とし」訴訟の回避にも

スクリーニング方法の画一化のメリットを教えてください。

診断にあまり専門性を必要としない画一したスクリーニング方法が普及すれば、確実に学校の側弯検診の施行率が上がりますし、偽陽性も偽陰性も減るでしょう。

そして何より大きなメリットは「データが残せる」という点です。全国で統一された検診方法によるデータがあれば、側弯検診の費用対効果を含めたエビデンスの構築ができます。 また、記録が残っていれば側弯検診に関わるトラブルも避けることができます。

学校の側弯検診で偽陰性(見落とし)があったとして、児童が卒業後に側弯症が進行してから自治体や学校、学校医などに対して訴訟を起こすケースが度々みられます。思春期特発性側弯症は、子供が大きく成長する時期に合わせて側弯も進行します。しかし、進行(成長)のタイミングは子供によってさまざまです。客観的に示されたデータがきちんと残っていれば、どの時点で見落としがあったのかどうかが証明できるのです。

このようなことからも画一化された、精度の高いスクリーニング方法が求められているのです。

X線被曝を軽減する医療現場への応用に期待

AI診断支援ソフトウェアは診療での使用も可能なのではないでしょうか。

側弯症の1次検診には問題点が多々ありますから、いまのところスクリーニング用の検診システムとして全国の学校に普及させたいと考えています。しかし、X線を使わないで済むわけですから、将来的には医療現場での診療に応用できる可能性はおおいにあります。

2次検診のX線撮影で側弯症と診断されれば、通常、コブ角が25度未満は経過観察、25度以上は装具治療の開始となります。その際には、3〜6カ⽉に1度、18歳までX線撮影をして変形の進行を評価する必要があります。

年に1度程度の撮影であれば健康被害の可能性は低いと考えられますが、小児は成人と比べて2~3倍ぐらい影響が出やすいといわれています。小児への医療被曝は少ないのに越したことはありません。

ですから、すべてとはいいませんがX線撮影とAI診断支援ソフトウェアの撮影を組み合わせることで、かなり医療被曝の軽減が図れるのではないかと考えています。

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