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脊椎外科向けの問診アプリを開発したわけ―慶應義塾大学医療政策・管理学教室 医師でデータサイエンティストの二宮英樹氏に聞く(1)

2018年7月31日(火)

医療AIに取り組むトップランナーインタビュー

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 医師でありながらデータサイエンティスト――。慶應義塾大学医療政策・管理学教室で博士課程大学院生として研究を行っている二宮英樹氏は、そんな少し変わった経歴の医師だ。東京大学医学部医学科を卒業後、関西医科大学附属枚方病院脳神経外科に勤務、医療ベンチャー勤務を経て、データサイエンティストとしてIT企業に入社した。ITで医療の“最適化”を進めるため、臨床現場から日常的に得られる医療情報を構造化してデータベースを構築、これらの分析から、患者にとって最適で質の高い医療を実現するためにサービス開発と研究に取り組んでいる。現状の取り組みとその経緯について、二宮氏にお伺いした(全2回の連載)。


どのようなサービスを開発されているのでしょうか?

 脊椎外科向けの問診アプリを開発しています。医療機関で、診察の前にiPadで患者さんに入力をしてもらうものです。もともと脊椎外科で使っている紙の問診表をそのままアプリにしました。医療機関としては、従来の紙の問診表に代わってこのアプリを使うことで業務効率化につながります。

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このサービス開発に至った経緯を教えてください。    私はもともと脳外科医として病院勤務をしていたのですが、脊椎外科に特化した専門病院で勤務することがありました。脊椎の疾患では、X線などの検査画像だけでは診断が付きにくく、症状と併せて判断する必要があります。診断で手術が必要かどうかを判断する必要がありますが、判断の指標が数値で決められているわけではないのでばらつきが大きいと感じていました。

 ばらつきが大きいことで、例えば、手術をしてもよくならないのに手術をすることになるケース、逆に、手術をすればよくなるのに手術をしないケースといった、ミスマッチが生じます。また担当する医師によって手術をするかどうかの判断や、実施する手術術式が異なるケースも出てきます。そこで、症状、診断、手術、経過などのデータを収集して分析することで、ばらつきを少なくし、最適な診断ができるようになるのではと考えました。

 データを収集して分析するなど、ITでできることは効率化と最適化です。「効率化」というと医療保険の給付範囲を絞る(医療保険が使える範囲を狭くしていく)という方向に行きがちなので、私はあまり好きではありませんでした。だから私は、「最適化」によって、医療の質の底上げと、ある医療技術を必要としているひとにちゃんとその技術が届くような支援をしていきたいと考えています。

医療の最適化のために、なぜ問診アプリなのでしょうか?

 医療を最適化していく一つの方法として、「標準化」と呼ばれる考え方があります。古くは医師や大学医局、地域によってかなりばらばらな方針で医療行為が行われていました。しかし現在では、様々な診断基準や医療者向けガイドラインが整備されてきていて、状況がかなり改善されてきています。一方で脊椎外科の診療で私自身が感じていたように、まだまだ現実社会に浸透しきれてはいないです。決して、ガイドラインや標準化医療が専門医に勝る、ということが言いたいわけではありません。むしろこれだけ医学が日進月歩で進化していく中で、とある診療科の専門医は、専門外の領域をフォローし続けるのはとても難しいということです。だからこそ専門医をサポートするために、専門領域外におけるガイドラインが活きてくるのです。

 一方でガイドラインを整備するために、あるいはさらに一歩進んだ診療支援をしていくためには、症状から診断、手術やその経過などを含めた手術のアウトカム評価が必要です。昨今では医療のビッグデータが叫ばれていますが、医療のビッグデータの種類は、実はかなり限定的です。

  • 血液検査に代表される検査値データ
  • CT、MRIといった画像データ
  • レセプトやDPCデータとしての病名、検査名、薬剤名、医療行為のデータ

 医療において大切な患者さんの困りごとそのものである、「症状」については構造化されたデータが存在しないのです。

 そこで、まず構造化された症状のデータを作ろうと考えました。領域を脊椎外科に特化した理由は、脊椎外科の手術を評価していく上で、他領域に比べると「症状」のウェイトが大きいからです。たいていの内科疾患では血液検査で病状や治療効果を判定できます。脳疾患では、MRIやCTのといった画像検査によって多くのことが分かります。一方で脊椎領域はMRIをとっても、分からないことが多いのです。どんなに画像上悪そうでも、全然痛みの症状がでていない患者さんもいれば、画像上はたいしたことがなさそうでも、とても痺れの症状が強い患者さんがいることがあります。

 脊椎外科では規定のフォーマットの問診表が使われているのですが、患者さんが紙に記入するため、データとして分析するのに適していませんでした。そこで、私たちは問診アプリを作成し、患者さんがiPadで入力するだけで構造化したデータが作れるようにしたのです。

 この取組は問診を電子化するという、今ではありきたりで地道な取り組みです。私はデータ解析のスペシャリストとして、データを蓄積した後の臨床研究と、症状と画像を組み合わせた画像解析、治療支援AIの開発を前提とした質の高いデータベースの構築を狙っています。

症状の構造化データを集めることで、患者さんにはどういった直接的なメリットがありますか?

 症状の構造化データを取得することは、先程説明した医療の研究やAI開発だけでなく、症状を入力してくれた患者さんにも直接的なメリットがあります。こういった問診アプリを活用することで、より個別な症状・状況・困りごと・生活に関することを聞き出すことができます。

 しかし一般的に、データがたくさんあればあるほど、人の頭の中で処理することが難しくなってしまいます。だからこそ脊椎外科医の視点や、その患者さんにとって大事なことを強調するような形でデータを見える化することで、より個別的な治療が可能になってきます。間違いなく個々の患者さんの満足度を上げていくことができます。

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プロフィール

2013年東京大学医学部医学科卒業。脳神経外科、株式会社メドレーを経て、株式会社トライディアでデータサイエンティストとして、企業向けデータ解析・AI開発に従事。慶應義塾大学医療政策・管理学教室 博士課程でビッグデータ解析や病院のデータベース構築を行う。


慶應義塾大学医療政策・管理学教室 医師でデータサイエンティストの二宮英樹氏に聞く

  • (1)脊椎外科向けの問診アプリを開発したわけ
  • (2)医療関係者とエンジニアをつなぐ場をつくる
長倉克枝

長倉克枝 m3.com編集部

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