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人の医師とロボット「適材適所」で精神科医療の質を上げる- 国立精神・神経医療研究センター・熊崎博一氏に聞く

2019年10月28日(月)

医療AIに取り組むトップランナーインタビュー

» 連載1回目から読む

ロボットが患者とコミュニケーションし、精神科医の仕事を助けるーー。児童精神科医で国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・予防精神医学研究部児童・青年期精神保健研究室長の熊崎博一氏は、発達障害児へのロボットを使った支援の研究に取り組む。取り組みの経緯、今後についてお伺いした(2019年10月1日にインタビュー)。


ロボットを使った研究を始められた経緯を教えて下さい。

私は児童精神科の医師なのですが、児童精神医学は専門性が高いことも一因で、児童精神科医は不足しています。特に自閉スペクトラム症(ASD)は児童精神科診療の中でも大きなテーマですが、治療が難しい子が多い。ただASDの子たちは他の人達よりも相対的にロボットのほうが相性がいいということは、経験的になんとなく感じていました。

発達障害の人たちのロボットへの親和性、相性に着目した研究は、実際に世界中で行われていました。少し話がずれますが、私は以前性被害や加害の子たちが入院している病棟で性教育をしていたのですが、生身の人間が話すことの難しさを感じていました。当時、カナダ赤十字病院で開発された性教育プログラムを実践している病院に見学に行ったのですが、そこでは性教育のツールとして紙芝居の枠の中でパペットを使っていました。直接人が話さないでパペットを介することでだいぶ(患者の)心理的負担が減るということを学びました。そうした背景もあり、発達障害でもロボットを遠隔操作して話すほうが、メリットが大きいのではと考えました。

コミュニケーションツールとして、人間同士で対話をするよりも、ロボットが介在したほうがよいことがあるのですね。

そうですね。だから、ロボットの外見の重要性は当時すごく感じました。そこでどのロボットが一番相性がいいのか、どういった外見が自閉症の子の治療に有効なのかという研究をしばらくしました。6〜7年前に病棟にロボットを持ち込んで、入院している子供や外来の子供と面接をする実験をしました。その時使ったロボットはリアルな見た目のアンドロイドだったのですが、見た目が怖いと、失敗に終わりましたね。うまくいった子もいましたが、全員がうまくいったわけではない。「今から部屋に入ってください」と言われて入ってそこにアンドロイドがいたら、確かにびっくりしますよね。

どのような実験だったのでしょうか。

6〜16歳の発達障害などの子たちに、遠隔操作のアンドロイドと医師役の人と、交互にそれぞれ面接してもらいました。アンドロイドと面接してから人と面接する群と、人と2回面接する群に分けて、どちらが子供たちの負担が少ないか比較しました。ただ、アンドロイドを怖がって、実験に参加できなくなった子たちもいて、有意差は出ませんでしたが、アンドロイドと最初に面接したほうが楽になったという子もいました。

アンドロイドを見たことがなくてびっくりしてしまったのでしょうか。

見たことがなくて、もちろんびっくりしていました。また、年齢は大きな要因で、低年齢ほどシンプルなロボットで十分人間らしく感じます。なので、低年齢の子に大人の人間そっくりのアンドロイドはやはり合わない可能性があります。例えば低年齢向けのアニメはキャラクターの外見がシンプルに、高年齢向けのアニメはリアルにできていますよね。それと同様に、合うロボットの外見はある程度一致するのかな、と思っています。

アンドロイドは人間に見た目が似ていますが、人間と似ていないロボットだとまた違うのでしょうか?

ロボットか、人か、という事実はやっぱりすごく重要です。その前の実験で、アンドロイドと小型のロボットとぬいぐるみロボットと、どのロボットを人は好むのかという実験をやったのですが、その結果はすごく多様でした。一般的には自閉症の人たちはシンプルなものが好きだとされますが、知的能力が高い自閉症の人はむしろアンドロイドを一番好みました。それぐらい難しいんですね。

外見はそんなに簡単に決められないというのがここ5〜6年やってきての感想です。ただ、人間に外見が一番近いアンドロイドの研究をしていかないと、先は見えないと思います。外見が重要なことは間違いないので、どれだけのリアルさが必要かということは、やはり考えないといけません。

ロボットを医療で使っていく中で、どのような可能性を感じられていますか?

コストの問題さえ解決すれば、可能性はあります。例えば、人に対して緊張する患者さんの場合は、私が直接診察するよりも、(遠隔操作で)アンドロイドが診察したほうが患者さんにとって楽になります。診察室にアンドロイドを持ち込むような臨床研究はまだできていないのですが今準備中です。その前に、まず教育相談目的で、ロボットを使った面接を今始めようとしています。

教育相談は、どのような実験でしょうか。

学校でアンドロイドが生徒の相談を受ける実験です。例えば生徒が「最近遅刻が多くて」といった相談を先生の代わりにアンドロイドにします。現在アンドロイドの声の設定などを調整しています。

人が相手よりもロボットが相手のほうが話しやすい内容があります。「なんで遅刻したの?」とか「なんで休んだの?」とか、そうした話をしたときに、相手がロボットのほうが言いにくいことでも言えるのではないかという発想から、教育相談をできればと考えています。

自閉症では医師ができることは薬物療法と診断と、それほど多くありません。あとは教育、福祉といかに連携するかが重要です。そこで、教育でロボットを使う、というのは結構重要な発想です。教育のほうで成果を出して、そこから医療に使えるようにしていくと考えています。

ロボットを使った医療の目指す方向はいかがですか。保険診療になっていくのでしょうか?

いずれは確実になると思います。どれくらい先かはわかりませんが。そのほうがメリットがあるなら、遠隔操作のロボットが医師の代わりに診察するようになると考えます。

人が得意なところ、ロボットが得意なところそれぞれあります。人と接することが苦手な患者さんに対してはロボットが接する方が分がある可能性があります。精神科は人が苦手な患者さんが多数受診するので、医師の代わりにロボットが相手のほうが診察室で話しやすいことがあります。

医師にとってもメリットがあります。医師は朝から晩まで外来をやっていて疲れが表情に出てきたり、集中力を保つのも大変だったりします。そこで遠隔操作のロボットを介して患者さんの診察をすれば、表情だけでも自分で作らなくてよくて集中できるようになります。

ロボットを医師のインターフェイスとして使うのですね。

そうです。また、自分が話す時以外はロボットは、相手に合わせてうなずくといった自律モードで動く、という使い方も出来るでしょう。ロボットが得意なところはロボットに任せればいいし、人が得意なところは人がやればいい。適材適所で医師にできないことをロボットにやってもらうことで、現状よりも質の高いサービスができるようになると考えています。

ロボットというと人の代わりというイメージがあまりにも強いのですが、我々のロボットの研究は、人の代わりだけではなくて、人にできないことをすることを目指しています。

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左の女性は現在実験に使っているアンドロイド。

プロフィール

熊崎博一(くまざき・ひろかず)
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・予防精神医学研究部 児童・青年期精神保健研究室長
2004年慶應義塾大学医学部卒。横浜市立市民病院で初期臨床研修開始、2006年慶應義塾大学医学部精神神経科学教室、国立成育医療研究センター子どものこころの診療部、大阪府立精神医療センター児童思春期科、2014年福井大学子どものこころの発達研究センター特命助教(福井大学附属病院子どものこころ診療部外来医長兼務)、2016年金沢大学子どものこころの発達研究センター特任准教授(金沢大学病院子どものこころ診療科副科長兼務)、2016~2017年米国ヴァンダービルト大学小児科部門留学などを経て、2019年4月より現職。 産業技術総合研究所招へい研究員、昭和大学発達障害研究所兼任講師などを兼務。日本精神神経学会、日本児童青年精神医学会などに所属し、日本精神神経学会専門医指導医、子どものこころ専門医、日本児童青年精神医学会認定医などの資格を有する。
専門:児童精神医学、発達障害の嗅覚特性、発達障害児へのテクノロジーを用いた支援

長倉克枝

長倉克枝 m3.com編集部

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