医療AIに取り組むトップランナーインタビュー
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乳がん検診のマンモグラフィーを自動読影する――。そんな研究が広がりつつある。昨年、湘南記念病院乳がんセンター副センター長の井上謙一氏は、ディープラーニング(深層学習)を用いたマンモグラフィーの自動読影の研究成果を日本乳癌学会などで発表した。これまでは単施設での試みだったが、乳がん検診向けの自動読影の実用化と普及に向け、今年から神奈川県内の乳がん治療に関わる大学病院や医療機関からなる特定非営利活動法人研究グループKBOG(Kanagawa Breast Oncology Group)で多施設共同研究を始めた。
乳がんが専門の医師でありながら独学でディープラーニングを学び、マンモグラフィーの自動読影に取り組む井上氏に、自動読影に取り組み始めた経緯と今後についてお伺いした。(全2回の連載)
開発されているマンモグラフィーの読影プログラムはどのようなものでしょうか?
約1000症例のがん、約1000症例の良性疾患のマンモグラフィーの画像を使い、これを切り出して作成した計4万7282枚の画像を、「がんあり」「がんなし(正常乳腺ないし良性疾患)」として2種類に分類しました。このうち8割を学習用データとし、2割をテスト用データとしました。
ディープラーニングの一つである「畳み込みニューラルネットワーク」にこの学習用データを読み込ませて学習させ、その後テスト用画像で実際に読影判定をして乳がんの有無の判定の正診率を計測しました。その結果切り出し画像ベースで乳がんか否かを正診率96.6%、感度93.9%、特異度99.2%で自動判定できました。また、この学習モデルを使って、マンモグラフィー画像をスキャンして癌のある部位を赤く光らせるプログラムも作成しました。
学習用データは湘南記念病院で撮影された画像のみですね。
はい、これまでは単施設での研究でした。どの施設でも使えるようにするためには多施設共同研究が必要です。そこで、今年から神奈川県内の乳がん治療を行っている他の施設で撮影された画像も学習用データとして使う多施設共同研究を始めることにしました。
2017年7月に福岡市で開催された日本乳癌学会で、マンモグラフィーの自動読影の研究発表を初めて行いました。そこで他の機関にも共同研究を呼び掛けたのです。昨年11月には、神奈川県内の乳がん治療に関わる大学病院や医療機関からなる特定非営利活動法人研究グループKBOG(Kanagawa Breast Oncology Group)の15施設で共同研究を開始しました。現在5施設が既に倫理審査委員会を通っており、画像を収集する段階に来ています。
多施設共同研究で読影プログラムができたら、他の医療機関でもすぐに使えそうですね。マンモグラフィーの自動読影は、どのような用途を想定していますか?
乳がん治療を専門としているような読影経験が豊富な施設には自動読影は必要ありません。自分にとってのメインターゲットは乳がん検診です。検診自体は全国で統一された運営がされていますが、専門医の数などによって、地域ごとに検診成績に大きくばらつきがあります。例えば、乳がん検診に慣れていない医師にスクリーニングとして使ってもらうことで、日本全国の乳がん検診の成績全体を引き上げることができると考えています。
具体的にどのように使ってもらうのでしょうか?
読影する医師にとって使いやすくなくては、使ってもらえません。この普及には、2つの方法を考えています。ひとつは、プログラムを配布して、パソコンにダウンロードして使ってもらうという使い方です。もうひとつは、クラウドサーバーにプログラムを置いて、オンラインで使ってもらうという使い方です。いずれも、施設内で画像データをPACS(医療用画像管理システム)からパソコンに移してから使う必要が出てくるでしょう。
プログラムを販売するというビジネスは考えていません。あくまでも診断をする医師の補助ツールとして、無料もしくは低価格で使ってもらえるようにできればと考えています。そもそも、日常的にマンモグラフィーの画像を読影している施設ではなく、患者が少ない地域などで月に数枚しか診ることがないような施設で使ってもらいたいので、高価格だとそういった施設にとってコストパフォーマンスが低いため使ってもらえず本末転倒です。それよりも、日本全体の乳がん検診のレベルの均てん化につなげたいというのが狙いです。
また読影する医師の労力の支援になるとも考えています。マンモグラフィーの読影は、1時間で100~200枚ほど診るため非常に集中力が必要で疲れます。これを読影プログラムがスクリーニングして病変がないものは省き、医師が診る枚数を絞り込むといった用途もできるのではないでしょうか。
実際に使えるためにはどのような読影プログラムが必要なのでしょうか?
機械学習エンジニアは精度が出れば出るほど良い、そのために技術を磨いていくという考え方ですが、臨床現場で使うためには、必ずしも極限まで精度を上げることが重要ではありません。医師の正診率の平均よりも高ければ、十分に使う価値があります。自分もマンモグラフィー画像を追加で用意しているので精度自体は更に向上させることはできますが、それを使って精度を練り上げることに時間を割くよりも、まずは臨床の現場まで持っていくシステム作りの方が大事だと思っています
1999年旭川医科大学卒業、北海道大学第1外科に入局、消化器外科医として北海道各地で地域医療に従事。2009年北海道大学大学院医学研究科高次診断治療学専攻博士課程修了、癌研有明病院乳腺外科シニアレジデントとして研修、11年から現職。日本外科学会専門医、日本乳癌学会専門医。人工知能を用いた乳腺画像の解析の研究で、日本乳癌検診学会2017年度ピンクリボン賞、第12回「乳癌の臨床」賞優秀賞、第26回日本乳癌学会学術総会のExcellent Presentation Awardを受賞。
湘南記念病院乳がんセンター副センター長の井上謙一氏に聞く
長倉克枝 m3.com編集部