医療者への過剰な労働負荷や人手不足など、現状の医療現場の課題は山積する中、業務効率化や最適化、医療の質の向上に人工知能(AI)が寄与すると期待されている。ただ、医療現場での課題を本当に解決するためには、単に技術だけではなく、現場のプロセス改善が重要だ。またこれらを推進するには、医療者とエンジニアの連携も求められている。
臨床医、厚生労働省勤務などを経て現在は千葉大学医学部附属病院病院長企画室で、医療機関経営者向けの「ちば医経塾」の企画・運営などに取り組む亀田義人氏に、医療現場の課題を解決するためのAI活用についてお伺いした(亀田氏によるAIの解説は『人工知能とは何か?-医師のための人工知能入門』参照)。
先生は大学病院の改革に取り組まれていらっしゃいますが、医療現場で大きな課題は何でしょうか。
時代や環境が変化している一方で、現場ではプロセス改善ができていないことが大きな課題だと思っています。
医療現場ではこれまでも多くの医療者らが最善の医療を提供するために、制度やシステムを作り上げてきました。しかし、人口構造や産業構造は時代によって変化してきている中で、医療現場では働き方もシステムも変わらないまま、従来のプロセスを引きずってきました。その結果医療者の過重労働が課題になるなど、すでに従来のシステムが破綻しつつある、制度疲労を起こしている状況になっています。
制度疲労を起こし、プロセス改善ができていないというのは、例えばどのような点でしょうか?
大きな制度に関して具体例を挙げるならば、医師の応召義務は厚生省(現厚労省)の昭和24年通知をもとに解釈されており、働き方改革の議論の中で令和元年12月の通知でようやく解釈変更がなされました。時代に沿わないルールのもと現場の努力で応えていたものがようやく適正化されたわけです。それ以外にも、一事が万事、下位のレベルでも医療のいたる所で制度疲労が起きていると思われます。
例えば、病院の入退院業務、患者安全のための周術期管理、患者サービスなど、それぞれのシステムは、時代の求めに応じてそれぞれ別の時期にバラバラに構築されてきました。その時々の課題を解決すべく業務やシステムが構築されたのですが、病院業務全体として見た時にそれらの構造はとても複雑になり、重複するタスクがある一方で、抜けや漏れがある状態となっています。 米国でも同様に、つぎはぎで積みあがったシステムでマネジメントがうまく機能しないという課題が露呈した歴史があります。そこで、既存の組織や業務を見直し、プロセスの視点から組織や業務を再設計するビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)が1990年代から提案されてきました。
振り返って日本の医療現場では、その時その時の課題に対して、それらへの対策のため業務やシステムを構築し、時代の経過とともにそれらが縦割り構造になったり、また重複する課題を扱ったりする状態が改善されずにきました。近年の医療を取り巻く窮状を切っ掛けとして、それらを今、見直すタイミングに来ていると考えています。
一方で、今後社会全体にAIの導入がされていく中、医療現場も例に漏れずAIの導入は避けられません。むしろ、医療はAI活用の中心的な領域として注目されています。今後医療におけるシステム全体を見直しプロセス改善をする際には、AIを活用することを前提として、より生産性が高くなるようにプロセスや情報化の設計をして進めていく必要があります。
ここで先生が仰る「AI」とは、具体的にどのようなものを指すのでしょうか?
ヘルスケアの様々な領域に様々な形で活用が出来ると考えています。医師の診断を支援するAI、マッチングやリコメンドを活用するものもあると思います。診断などの精度を高めるなど、ひとつひとつの診療行為を支援するAIだけでなく、予防から、患者さんが亡くなるまで、人の一生の中でヘルスケアが関わるところにAIをどのように活用していくか考えていく必要があると考えます。AIは何でも勝手に解決してくれるものではなく、あくまでツールの一つであり、どのように活用していくか人が考えていかなければなりません。
また、AIを業務の自動化に十分活用する場合には、ソフトウェアロボットによる業務の自動化の取り組みであるロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)も、BPRの前提として取り入れていく必要があります。
医療機関などはAI以前にデジタル化がまだ進んでいないところもありますが、AI活用の前提には、デジタル化・IT化とデータの収集と活用がありますね。
AIを使って知恵化していくためには、データをどうガバナンスしていくか、どうデジタル化していくかというデータ戦略が必要です。
Data Information Knowledge Wisdomの頭文字をとってDIKWピラミッドと表現されることがありますが、データを活用するには、データ(Data)を何らかの基準や軸で使える形に整理(Information)出来なくてはならず、そこから生まれる知識(Kowledge)を、人が知恵として活用(Wisdow)出来なければなりません。そのためには、設計の段階から目的やアウトプットを意識してデータを蓄積していく必要があります。現実問題として、例えばセンサスデータをとってみたものの、性別カテゴリーの「男性・女性」が「0・1」か「1・0」か「1・2」か地域により統一されておらずInformation化できない、できても非常に手間がかかる、などの問題が起きています。データガバナンスやデータ戦略という概念が重要になってくるでしょう。
医療現場のデジタル化が進み、AIが導入されていくには、医師とエンジニアの連携も必要になります。先生は、医師ら医療者とエンジニアをつなぐような活動もされています。課題を伺えますか?
例えば、エンジニアは実際に医療現場で患者さんを診ているわけではないので、データの扱いにおいて個人情報の取り扱いや生命倫理への配慮が欠けることがあります。こうしたときに私たち医療者は、エンジニアと丁寧なコミュニケーションをとっていかないとなりません。一方、医療者の課題は保守的になりがちな点です。医療者側からエンジニア側を理解しようとする姿勢も必要です。
両者はそれぞれの専門性をもって役割分担すればいいと思っています。その際、両者をつなぐハブになる人材が重要です。そうしたハブになる人が介在しないとプロジェクトは前へ進みません。
ハブになる人は、医療を学ぶエンジニアが良いか、技術を学ぶ医療者が良いかという議論がありますが、どちらもあり得るでしょう。お互いに交流する場を積極的に作って行くことが望ましいと考えております。
このように医療者とエンジニアがともに議論する場が必要と考え、日本マイクロソフトなどと共同でDLLAB Healthcare Day 2020~地域包括ケアとAIを企画しました。アカデミアと企業両サイドから、地域包括ケアの様々なステークホルダーにご登壇いただきパネルディスカッションを行います。AIホスピタルやプレシジョンメディスン、看護・介護領域から公衆衛生まで広く議論していきたいと思います。また株式会社キカガクの協力のもとAIへの理解を深めるためのハンズオンも用意しています。2月16日に日本マイクロソフト株式会社 品川オフィスで開催する予定ですので、ぜひご参加ください。
亀田義人(かめだ・よしひと)
千葉大学医学部附属病院病院長企画室特任講師/総合調整員、病院経営管理学研究センター、国際医療センター併任、千葉大学予防医学センター特任助教、船橋市ふなばし健やかプラン21(第二次)推進評価委員会会長、病院経営スペシャリスト養成プログラム「ちば医経塾」チーフコーディネーター (第3期生募集中2020年2月28日締切。こちら参照)
佐賀大学医学部卒、千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医学)。千葉大学循環器内科入局、博士課程修了後、厚生労働省雇用均等児童家庭局母子保健課課長補佐、医薬食品局血液対策課課長補佐を経て現職。所属学会は、日本内科学会、日本循環器学会、日本心臓病学会、日本公衆衛生学会、日本疫学会、日本医療病院管理学会、人工知能学会。