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集中治療専門医の不足を「遠隔ICU」で解決―T-ICU代表取締役・医師の中西智之氏に聞く(1)

2020年6月29日(月)

医療AIに取り組むトップランナーインタビュー

» 連載1回目から読む


医師の不足や医療の地域間格差の解消に有用とされる遠隔医療。オンライン診療や画像診断など一部の分野で利用が進んでいるが、集中治療専門医が遠隔で集中治療のサポートを行う「遠隔集中治療(遠隔ICU)」もその一つである。

今回は、遠隔ICUのサービスを提供する株式会社T-ICUの代表取締役・中西智之氏(集中治療専門医・救急科専門医・麻酔科専門医)にインタビューを実施。前編では、国内外における遠隔ICUの現状やT-ICUが提供するサービスの概要について語っていただいた。


遠隔ICUの概要について教えてください。

遠隔ICUは、D to D(Doctor to Doctor)の遠隔医療として、集中治療専門医が遠隔で集中治療のサポートを行うものです。

遠隔ICUが必要な理由は、医療現場で必要とされる需要に対して集中治療専門医が不足・偏在しているためです。日本の例でお話しすると、現在約1000カ所の医療施設にICUやHCU(高度治療室)が存在すると言われていますが、それに対して2020年4月時点で専門医は1800人程度しかいません。

ICUを24時間365日体制で運用しようとすると、一般的には1つの施設に5人の専門医が関わることが必要とされています。つまり、1000施設だと単純計算で5000人の専門医が必要なのですが、現在は1800人しかいないのです。さらに、専門医が各施設に満遍なく配置されているわけではなく、大学病院など大規模な医療機関を中心とした約300カ所のICUに複数人の専門医が勤務している一方で、その他多くの医療機関のICUには専門医が一⼈も関わっていない状況になっています。

ICUに集中治療専門医が関わることで患者の死亡率や入院日数が軽減するという効果は国内外を中心に報告されていますので、遠隔ICUを通じて一つでも多くのICUに専門医が関わることが必要だと考えています。

国内外での遠隔ICUの導入状況や導入効果について教えてください。

アメリカでは2000年頃から遠隔ICUの導入が始まっており、現在では全ICUの2割の病床が遠隔ICUを導入していると言われています。

遠隔ICUの導入効果として、例えば2017年に発表された論文では

・重症患者のICU死亡率 11.7%低下
・患者のICU滞在平均日数 0.63日減少
 (※Journal of Intensive Care Medicine. 2017; 1-11: 1-10 DOI:10.1177/0885066617726942)

などの実績が報告されています。

日本ではT-ICUと昭和大学が遠隔ICUの運用を開始していますが、いずれも始まってから2年程度と期間が短く対象患者も少ないため、統計的に有意な検証結果を報告できるほどのデータはまだ蓄積できていません。

中西先生が遠隔ICUのサービスを始めたきっかけを教えてください。

私は元々、心臓外科医として勤務していました。患者さんがICUに入るのは、

・大きな手術の後
・入院中の患者の急変
・救急外来の重症患者

のいずれかです。私はその中でも、手術後の患者さんを外科医として見る形で集中治療に関わっていました。

この経験を通じて、自分は集中治療のことはある程度理解したと思っていました。しかし、その後に救命センターで勤務するようになって、救急外来からICUに入る患者さんや病棟で急変してICUに来た患者さんを見る機会が増えました。そこで自分は「術後の集中治療しか分かっていない、救急や急変の集中治療についてまだまだ分かっていないんだ」と思い知らされたのです。

その後、集中治療のトレーニングを積んで専門医となり、200床くらいの中規模病院に1人救急医として勤務することになりました。その施設にはICUがある一方で集中治療専門医が勤務しておらず、以前の自分のように集中治療の一部しか把握できていない先生が、試行錯誤しながら集中治療を行っている状況でした。これを見て、ICUに集中治療専門医が関わることで救命率を上げ、ひいては医療の質を上げなければならないと確信したのです。

とはいえ、全てのICUに配置するには専門医の数が少なすぎます。この問題についていろいろ調べる中で、アメリカで遠隔ICUの取り組みが始まっていることを知りました。そこで、遠隔ICUを日本で普及させる取り組みをしたいと考えたのが、T-ICUを始めた理由になります。

また、集中治療の現場に関わる中で、集中治療専門医の能力は本当にすごいと感じました。その後、自分も専門医を志すことになるのですが、それに加えて、集中治療専門医がもっと活躍できる場を作りたいと思うようになりました。これもT-ICUを始めようと思った理由の一つになります。

T-ICUが提供している遠隔ICUサービスについて教えてください。

遠隔ICUには、遠隔地からの介入方法に応じて以下の3つのモデルがあります。

・Continuous Care Model:決められた時間内で患者を絶え間なくモニタリングするモデル
(例として8時〜24時、12時間、24時間)
・Scheduled Care Model:事前に定めた計画に従って定期的なラウンドをするモデル
(患者のラウンドの際に共有するなど)
・Reactive Care Model:警告や必要時に介⼊するモデル
(オンコール体制、モニターのアラームに対応など)
引用:https://www.city.yokohama.lg.jp/shikai/kiroku/katsudo/h30/keniH300517.files/j5-20190214-gi-3.pdf

T-ICUは、現在はReactive Care Modelによるサービス提供を行っており、必要に応じて病院の電子カルテや患者さんの生体情報を遠隔で見ながら、テレビ会議のような形で現場のスタッフのサポートを行っています。

Continuous Care Modelのような常時モニタリングの提供も検討しているのですが、患者さんの情報を24時間外部に共有し続けることに対してセキュリティの観点から不安があるという声を医療機関から伺っており、今は必要なタイミングで情報を共有する形を取っています。

弊社としては、まずはReactive Care Modelでサービスを提供して、多くの医療機関に遠隔ICUの有用性を感じてもらった上で、ゆくゆくはContinuous Care Modelの提供を目指していきたいと考えています。

専門医の人数など、T-ICUが提供する具体的なサポート体制について教えてください。

全体で20人強の集中治療専門医が関わっており、集中治療専門医1人と集中ケア認定看護師1人が24時間常に対応できる体制でサポートを行っています。

サービスを導入いただいた医療機関には、弊社のシステムを組み込んだノートパソコン1台を置かせてもらいます。そして、T-ICUのスタッフが必要に応じて、そのパソコンを介して現地の端末の画面を確認しながら、相談を進めます。

セキュリティについて不安に感じる医療機関が多いということでしたが、T-ICUのシステムではどのような対策を行っていますか。

T-ICUが提供するシステムは、現地の医師が操作している端末に表示されている映像を共有しながら、現地の医師と遠隔地にいるT-ICUの専門医が相談するものです。そのため、新しい機器を病院のネットワークに接続することなくシステムを導入できますし、我々が電子カルテを操作することもありません。

ticu また、遠隔で相談を受ける際も、セキュリティ面に最大限の配慮を行い、患者の氏名などの情報は取得しない形を取っています。

https://www.t-icu.co.jp/blank-3 より引用

T-ICUの専門医たちは、どのような形で遠隔ICUに関わっているのでしょうか。

専門医や看護師の皆さんはT-ICU専属のスタッフではなく、それぞれ他の医療機関に所属しています。なので、所属施設の休日など対応可能な時間を申告してもらい、シフトを組んで持ち回りで対応してもらっています。

最初は自分の知り合いに声をかけてスタッフになってもらうケースがほとんどでしたが、最近はホームページの問い合わせ経由でT-ICUを手伝いたいと言っていただけることも増えました。大学院生や、アメリカに留学している専門医もいます。

プロフィール

nakanishi

株式会社T-ICU代表取締役・中西智之氏(集中治療専門医・救急科専門医・麻酔科専門医)

山田光利

山田光利 IPTech特許業務法人/テックライター

神戸を拠点にデジタルヘルス領域の取材や知財活動支援を実施。AI医療機器や医療系サービス・アプリの活用事例や今後の動向を中心に執筆予定。中国ITや国内外のスタートアップの動向を継続的に取材しており、2020年2月からオンラインで「中国医療スタートアップをわいわい調べる会」を主宰している。
ツイッター:https://twitter.com/tech_nomad_

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