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英国NHS、ICTで医療の価値を最大限に-NTT東日本関東病院総合診療科医長の佐々江龍一郎氏講演レポート

2020年4月10日(金)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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2020年3月26日、医療×AIセミナーシリーズ第11回 シンポジウム「医療現場で本当に価値あるAIを作るために」がオンライン配信形式で行われた。主催は東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部。協力は日本ディープラーニング協会(JDLA)、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IRJ)。

臨床現場でのAI実装を進めるため、AI・ICTの現状の情報共有、課題整理を通じて、医師ら医療関係者、開発者、利用者、政策関与者らステークホルダーの交流をはかってきた医療×AIセミナー。第11回となる今回のシンポジウムでは、医療現場でのAIの開発・実装を行うエンジニアや医療情報関係者、医療現場でのAI活用人材育成に取り組むステークホルダーが参集して講演。話題提供とエコシステムの形成や臨床実装に向けてパネルディスカッションが行われた。

NTT東日本関東病院総合診療科医長の佐々江龍一郎氏は「ICTの可能性 医療の価値を最大限に」と題して、英国での経験を踏まえてICT活用と医療の価値を最大限にすることについて紹介した。日本の医療は質が高いが「良心」に支えられている。しかし、質を向上させ、医療費抑制のためには次のフェーズに進む必要があるという。

限られた医療資源を活用し、ICTで医療の価値を最大限に

1990年代、英国の医療は崩壊の危機にあった。ブレア首相は医療の量だけではなく、「Value Based Medicine」、すなわち、今ある医療資源を効率的に活用し医療効果を最大限にすることを提唱した。日本においても医療の生産性の向上と、そのための医療データの活用が重要だ。

生産性の向上においては、電子カルテを使った多機関での医療情報の共有と連携が重要になる。イギリスでは患者の医療情報は地域内で共有されており、今では電子カルテは患者にも共有されている。最初は反発もあったという。データベースは中央集中型で、患者の承諾はオプトアウトで行われている。つまり、患者側が嫌だと宣言しなければ自動的に医療情報は共有され研究に用いられる。

英国では薬の処方は必ずしも対面では行われてない。以前は紙ベースだったが、いまは医師と薬局が連携しているので電子処方によって行われているという。これが2021年までの2年間で約4.5兆円と見積もられる医療費の節約に繋がっている。患者は隔離されていてもオンラインで処方を受けたり、郵送で受け取ったりすることもできる。

診療所と患者との効率的な連携は「The NHS App」というアプリが用いられている。NHS管轄の機関であるNHS digitalとNHS Englandが共同開発したもので、電子カルテの閲覧や病院の予約・通知などが行える。新型コロナによって利用者も増えている。医療生産性を上げるためにイギリスでは横の繋がりを非常に重視しているというわけだ。

医療の質を上げることを目的として、電子カルテ上の医療データの活用が進められている。佐々江氏は改めて「医療資源は限りがある。費用対効果も重要だ」と強調した。英国では「NICE(National Institute for Health and Social Care Excellence)の基準」を基に、医療の質を管理している。この基準によって医療の質の標準化や、医療機関でのPDCAで効率の良い医療が行えるように改善が進められているという。医療機関は改善を行うことで評価報酬ももらえる。そのため、国、医療機関、患者それぞれにメリットがあるシステムとなっている。患者単位では診療所・地域・国単位で、しかも客観的な指標で質の判断が行える。

薬剤においても処方の質の評価が可視化され、比較できるようになっており、臨床薬剤師らはそれらを見て改善を行うことができる。たとえば地域処方マネジメントチームが、ある薬剤の処方量を減らすように求める。すると電子カルテ上には、その薬剤を減らすように警告が出る。処方のデータ化・可視化を行うことでリアルタイムに人の行動を変えていくことができるという。またジェネリックなどの費用対効果の高い製剤の推薦も「Script Switch」によって促される。これによって英国は2017年に63億円の節約に成功した。

医療の質の管理、予防にも医療データが用いられている。たとえば予防も高リスク群をあらかじめピックアップして介入するほうが効率が良い。状態が安定してない患者を対象にするほうが効率が良い、ということを客観的に見ながら、しかも診療所の成果としてあげながら介入を行っていくことができる。

英国は糖尿病患者が多く、年間1.4兆円の医療が糖尿病に用いられている。そこでEHR(全国の地域医療連携ネットワーク)データ活用大規模糖尿病予防プログラムが実行され、2019年には9万人がプログラムを終了、1680億円の経済効果が見込まれるという。アプリなどを使うことで安価でスケールしやすいものとなっているという。佐々江氏は最後に再度、「限りある医療資源を有効活用するためには生産性と質の向上が必要だ」と強調した。

森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

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