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網膜剥離を自動診断するAIを開発―ツカザキ病院眼科・人工知能エンジニアチーフで医師の升本浩紀氏講演レポート

2019年3月8日(金)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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東京大学政策ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年2月24日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第5回「眼科とAI」にツカザキ病院眼科・人工知能エンジニアチーフで医師の升本浩紀氏が登壇し、同病院で進めるAI(人工知能)の取り組みを紹介した。

AIを使いこなすことで手術前の医療事故を防ぐ

升本氏は、ツカザキ病院眼科創業者・主任部長、眼科専門医の田淵仁志氏の講演を受けて、同病院人工知能チーム「Deep Oculus」の進めるプロジェクトについて紹介した。Oculusは「目」という意味のラテン語だ。

白内障手術が眼科では一番多い。手術の6~7割は白内障の手術だ。手術前には確認しないといけないことがある。患者は誰か。左右のどちらの目に対して手術を行うのか。白内障では濁った水晶体の代わりとなる眼内レンズを入れるわけだが、ピントが合わないものを入れてしまったら見えなくなるので、その度数をきちんと確認しないといけない。

しかしながら人間はエラーをする。右目の手術なのに左目を手術してしまうような事故がある。製造業ではこのようなミスについては1984年に調べられており、それによれば、隣り合ったバルブから間違えた隣のバルブを選ぶ間違いは200件に1件、また警告灯を見逃す間違いも1万件に1件は起こるという。ツカザキ病院眼科では、集約化を目指して手術件数を増やすことによって、最近は年間1万件くらいの手術を行っている。1万件に1件くらいは大失敗を行なってしまう可能性があるわけで、手術件数の多いハイボリュームセンターを目指すからこそ、医療事故には敏感になっているという。

複数人によるチェックにも非常に問題があることが知られている。たとえば封筒の宛名を間違ってないかチェックするというタスクを行わせたところ、複数人でチェックさせてもエラー検出率はあまり上がらなかったという研究がある。複数人によるチェックによって逆にそれぞれのチェックが甘くなってしまうからだと考えられている。これを手術室での作業に例えると「◯◯先生があっているというなら、あっているんだろう」と思い込んでしまうという話に近い。

これらの現象を踏まえると、ヒューマンエラーを防ぐ上では、人間とは完全に独立した軸で、すなわち機械的に評価するシステムが必要だということになる。

手術前の事故・ミスを防ぐ「DeepSafety」

升本氏らが開発したのが「DeepSafety」だ。個人識別、左右眼チェッカー、データベースと連携したしくみなどからなるシステムだ。データベースは運用状況をリアルタイムで把握し、それをすべての診察室で見られるようになっている。患者が手術室でいるときの状況は、布をかけており誰が誰だかわからない状態になっているので、ちょっとでも患者のことを思い出すように、手術内容、網膜の状況などの重要な内容、白内障であれば水晶体の見えやすい情報や、執刀医、患者さんの顔写真も出すような仕組みになっている。

個人識別には、紙幣・貨幣の計数機などを開発しているグローリー社のパッケージを利用した顔認証システムを使っている。違う人ならばバツが出る。患者が寝ている場合は前述のように目だけ出ている状態だが、左右眼チェッカーは布がかかっている状態でも左右の目が判別できる。間違っているときにはアラートが出る。水がかかるなどして見えない場合はシステムから「見えない」と言ってくる。これらはタブレットで確認できる。

眼内レンズチェッカーは、種類と度数をチェックする。レンズの箱のバーコードではなく、文字から読み取って判定できる仕組みを取っている。このように、AIを使いこなすことで、特に手術前の医療事故を防いでいるという。

点眼瓶センサーで点眼動作自体も把握

点眼瓶センサーという仕組みも紹介した。緑内障点眼薬は服薬コンプライアンスが非常に悪く、8割くらい捨てられてしまうと言われている。社会保障費が問題になっているにも関わらず、高額な医療費が使われている現状は大いに無駄だ。患者の3割はドロップアウトしてしまい、そのために視野リスクも6倍になる。

このような現状を受けて升本氏らが開発したのが点眼瓶センサーだ。処方された目薬をセンサー入りのホルダーに入れることで、X軸、Y軸、Z軸の3軸の加速度のデータを取得できるようにする。データのログはSDカードに保存される。そのデータ波形を用いてAIで解析することで、実際に点眼動作が行われたかどうかを判定する。60回試したところ検出率は100%だったという。点眼時間の人による差なども把握できる。

X軸とY軸の加速度情報も活用することで、点眼動作の挙動そのものを逆算し、アニメーションで再現することができる。これによって点眼動作が正しく行えているかどうかも判定できる。将来的にはスマホを使って、点眼をさしたかどうか、正しく行えたかどうかなどが、患者自身でも確認できるようなシステムとすることを目指している。

網膜剥離を自動診断

超広角走査型レーザー検眼鏡「Optos」は、画角が広く、AIに最適な診察デバイスではないかと考えているという。ツカザキ病院眼科では海外の患者をいかに呼んでくるかも考えており、その代表例として網膜剥離を考えている。網膜剥離の診断のためには画角が広くて病変が写る「Optos」が必要だという。網膜剥離は、アメリカでは、見逃してしまうことで訴訟原因ナンバーワンになっている。また緑内障は日本人の中途失明原因第一位。升本氏らはそのスクリーニングシステムを開発し、感度98.4%、特異度74%という結果を出している。

医師は根拠を示さないAIでは絶対に納得しない。ニューラルネットワークにはブラックボックス問題がある。そこでUI(ユーザーインターフェース)にこだわり、網膜剥離なら剥離領域を表示し、緑内障の診断であれば、その場所をきちんと表示する仕組みを実装している。

他にも高知大学と共同で充血関連のシステムなども一緒に開発している。また、他施設での研究も進めており、自動的に網膜剥離を判定し、結膜下出血を除外した上で充血を判断し、判定する仕組みも構築している。他にも色々なデバイスの画像を解析しているという。

眼瞼下垂手術後の画像を生成、結膜下出血をスマホで診断補助

最後にその他のプロジェクトも紹介した。眼瞼下垂の手術を受ける前に患者はどうなるか不安になる。そこで他人の目ではなく自分の目でどうなるか、AIを使った術後予測画像の生成などにもトライしている。

結膜下出血の除外についても挑戦している。結膜下出血は、本来、病院には来なくてもいい疾患だ。しかし患者としては目が赤くなると不安になるので来院する。そして160億円くらいが結膜下出血に使われていると推定されている。そこで升本氏らは、患者自身が来院の必要があるかどうか、スマホを使って自撮りをすることで、その判断の手助けをできるアプリを試作したりもしている。スマホアプリにすることで、メーカーとの交渉など煩雑な手続きをショートカットし、誰でも患者に直接届くアイデアをリリースできるようになるのではと考えている。

AIは人間のモノマネ、モノマネは外注すべき

升本氏は「AIはあくまで人間のモノマネをするもの。モノマネを外注できるところはAIに任せてもいいんじゃないか。そのほうが効率的な医療を提供できる」と述べた。AIのできることとしては2つあると考えているという。ひとつ目は、専門医がいないところでも専門医のようなふりをするものを代替することで「アクセシビリティを高めること」。もうひとつは、眼瞼下垂の手術を行った場合にどうなるかといった画像を生成させるような「訴求力の向上」の2つをあげた。

升本氏個人としては「医療でのAI活用は電子カルテや内視鏡関連など医師向けのものが多いが、患者にも直接届けられるプロダクトを作れたらなと考えている」という。アイデアについては誰かと話しているところで出てくるそうで「出てきたものをどんどん実装している」と語った。

森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

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