東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。
東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年11月30日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第10回「循環器とAI」に、AMI株式会社代表取締役CEOで循環器内科医の小川晋平氏が登壇した。同社が開発を進める「超聴診器」の研究開発の状況や、循環器の医師が手探りの状態からAI(人工知能)の研究に取り組むまでの実際の経験などについて話した。
もともと臨床医だった小川氏は、2015年11月に一人で起業した。社名のAMIは、「アキュート・メディカル・イノベーション」の略で、苦労しながらも右肩上がりに上がっていくという意気込みも込めている。医療機器を開発しているので大学発ベンチャーと思われることも多いが、机1つと自己資金だけで特許も製品も何もない状態から始まり、当初は勤務先の病院で研究をさせてもらっていたという。それが4年で社員は19人に増え、医療従事者やソフトウェアの開発者、ハードウェアの開発者、3Dエンジニアと連携し、全国に4カ所の拠点を置き、音のための本格的な防音室を備えた研究所も設置するまでになった。
自己資金だけで研究開発を進めていた最初の2年間をなんとか乗り越え、現在は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援やベンチャーキャピタルからの出資を受けている。国からの研究費の支援以外で会社の業績に応じて研究費を確保できるようにするために、株式会社にしたと小川氏はいう。そして複数の大学と臨床研究で連携し、当初の製品が何もなかった段階から、現在は最初の製品の薬事申請の準備をするところまで着々と成果を積み重ねており、来年度くらいには「超聴診器」の最初の製品を出すことを目指している。3回は死ぬとされる研究開発ベンチャーだが、資金調達などで2つの難関を乗り越えてきており、この先の最後の「ダーウィンの海」を越えていくための準備もしっかり進めていると語った。
小川氏が開発を進めている「超聴診器」は正式には「心疾患診断アシスト機能付遠隔医療対応聴診器」という。元々は心臓病を診ていた医師として、国内には推定患者が100万人はいるとされる大動脈狭窄症を早期発見することで、この病気で亡くなる人を少しでも減らしたいと思ったことが開発のきっかけだった。特に5年前、カテーテルを使った治療に関わり、開胸せずに済む負担が少ない新しい選択肢があるにもかかわらず、適切な治療にたどりつけていない人がたくさんいることに気付き、症状が出てからでは予後が悪いため、症状が出る前にどうやって早期発見するかが重要だと考えるようになったという。とはいえ、検査を受ける人全員にカテーテルや心エコーを使うのは現実的ではないため、聴診器を活用できないか、それも医師が耳で聞くのではなくAIも活用しながら、診断の支援を自動化できないかと研究に着手した。
聴診器は約200年前にフランスで発明されたが、その後ほとんど変化していない。50年前には現在とほぼ同じ形が完成され、30年ほど前に一部デジタル化された聴診器も出現したという程度の変化だ。ただ、音の解析だけでは限度があるため、心電も一緒に捉えて心筋活動電位が発生するタイミングに揃えて心音を重ね合わせて記録するプログラムを作り始めたという。とはいえ、久々に半田ごてを使ったが電子回路は作れず、論文を読み漁って協力してくれそうな人を探したという。同時に、それでもまずは自力でどこまでできるかを確認するためにも、音の専門家のアドバイスを受けてまずは音の解析環境を整えた。少し前であれば試作品を作るために何百万円もかかってしまったかもしれないが、今は3Dプリンターを使った樹脂製のものであれば数千円、金属製でも数十万円で作れるようになっている。協力者の力も借りながら、聴診器の小型化を進めたり電極の位置を見直したりと試行錯誤を繰り返して、今も超聴診器のプロトタイプをどんどん作っているという。
超聴診器の特長は大きく分けて4点あるという。まず1点目は、他の聴診器と比べて圧倒的に高いs/n比だという。小川氏自ら世界中の電子聴診器を集めて比較して確認したという。2点目は、膨大な臨床データに裏付けられているということだ。エコー技師など様々な分野の専門家集団を揃えて、日々実験を繰り返しながら、心音と心電の重ね方を検討しているという。また、3点目として、最適な結果が得られるようにソフトウェアも自社で開発している点を小川氏は挙げた。知財にも力を入れて研究開発を進めていると強調した。
そして最大の特長として、人の耳には聞こえない周波数帯の音まで解析できることを4点目として挙げた。これこそが超聴診器の「超」たる所以だという。超聴診器では音をフーリエ変換して視覚的に表示するため、聞こえない音についての提示も可能になっている。例えば虹を見たときに見えない赤外線や紫外線などの層があるように、音にも聞こえない領域があるという。そしてそうした聞こえない領域を聞くためには、新たな技術が必要で、それが超聴診器になる。人に聞こえるのは20ヘルツから2万ヘルツの間にある周波数の音だが、超聴診器は20ヘルツ以下の世界にも切り込む。小川氏によると、研究開発する上でこの領域を最も重要視しており、戦略的に特許を固めているところだという。
医療とAIについて、小川氏は個人的な考えとしてビッグデータがやはり重要だと強調し、その上でデータの量と同じくらいデータの質も重要だという見解を示した。ハードとソフトのエンジニアが、臨床データを活用するという3つで研究開発を回しているという。いいデータでなければ掬い取れないものがあり、いいデータであっても分析ができなければ意味がない。そして循環器の領域では心電図やCTは完成した技術だが、心音は完成しているように見えてまだ開拓の余地があるとした。今までよりも1ヘルツでも周波数の低い音を読み取れるように、本当は成果を明らかにせずに10年ぐらいひっそりと研究を進めたいが、研究よりも社会実装が必要と考えて今から一気に製品化を目指すとの意気込みを語った。
そして最後に、小川氏は超聴診器の遠隔医療への応用について話した。いい音を取れれば遠隔でも利用できるはずだと思っていたが、実際は通信機器やスピーカーなどを通すと音が変わって診断に必要な情報が落ちていってしまうという。そこで、音のデータを通信によって飛ばす前に、壊れないように可視化されたデータに変える方法を開発している。小川氏は現在も循環器の外来で患者を診ており、一部遠隔医療も取り入れているが、オンラインの聴診はほとんど実施されていないという。遠隔医療に関心がある自治体と連携しながら、超聴診器の活用先をさらに広げようとしている。4年前に一人で始めた時はなかなか理解されなかったのが、いよいよ技術を実現できる段階になり、理解者が増えてきたことを感慨深く振り返った。
鴻知佳子 ライター
大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。