東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。
東京大学政策ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月27日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第2回「消化器科とAI」に、がん研有明病院上部消化管内科副部長の平澤俊明氏が登壇し、AIメディカルサービスの多田智裕氏らが開発したソフトウェアを使った胃がんの内視鏡診断の人工知能(AI)を使った支援について紹介した(セミナー概要はこちら)。
平澤氏はまず、医療現場にも登場し始めているAIの概略や課題について紹介した。神経細胞網を模したニューラルネットワークは入力を与えて出力を出すネットワークだ。1層ずつだと大したことはできないが中間層を多層化したのがディープラーニングで、特に画像認識に高性能を発揮している。だが機械学習システムは応用が利かない、常識を教えるのは難しい。またアウトプット自体は正解でも、その理由が説明できないブラックボックスの問題があり、ホワイトボックス化が必須な医療現場での活用では課題となっている。
では医療現場ではAIはどのように使われているか。画像診断のミスは医師の経験に関係なく発生している。つまり誰にでも起こり得る。情報過多の時代において、AIを医師のサポートとすることが期待されている。IBM Watsonは大量の論文を取り込み、人間が診断できなかった白血病の患者を救った事例などで知られている。米国でも活用されており、医師の治療方針とほぼ一致する結果を出すことができる。米国食品医薬品局(FDA)は2018年4月に、IDx社による糖尿病性網膜症を検出できるAI医療機器「IDx-DR」を承認した。人間の眼科医の判断なしで診断ができる。米国ではそこまでAIの診断を認め始めている。
病理診断にも使われており、顕微鏡下での乳がんの診断をリアルタイムで行えるシステムもあり、専門医と同等以上の能力があると言われている。日本でも病理学会が主導し、胃の生検組織の画像診断を行おうとしている。皮膚がんの診断も専門医と同等の結果を出せるようになっている。将来はスマホで皮膚疾患が診断できるようになるかもしれない。
東大発ベンチャーのエルピクセルは2018年10月にオリンパスなどから30億円を調達し、AIによる脳動脈瘤の発見に力をいれている。また、エルピクセルと富士フイルムは、CTを使った病変の検出・診断とレポートの半自動作成システムを製作中だ。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)は大腸ポリープ・がんを自動検知するAIの開発を行っている。
内視鏡診断では、大阪国際がんセンターがピロリ菌がいる例といない例、それぞれから画像を集め(合計3万2208枚)、これを教師データとしてAIを作成し、おおよそ1万画像で検証した。AIと内視鏡医23人の結果を比較したところ、AIが医師の平均を上回った。
一番の驚きは、人間の内視鏡医が1万画像の診断にかかった時間が4時間だったのに対し、AIはわずか3分で処理を終えたことだと平澤氏は指摘した。つまりAIは人間の80倍の処理速度を持つ。人は太刀打ちできない。大腸ポリープの拾い上げにもAIが使われはじめている。超拡大内視鏡を使って腫瘍性病変か非腫瘍性病変かを判断するAIが「EndoBRAIN」という商品名でサイバネットシステムから商品化される予定だ。医薬品医療機器等法(薬機法)の承認も取得している。今後、AI関連の特許はどんどん増えると考えられる。だがそうなると新しく参入しにくくなる。それもまた課題になると考えられる。
胃がんの内視鏡診断にもAIは活用されている。内視鏡診断を行ったあと3年以内に発症した「見逃し胃がん」は25%くらいある。内視鏡の経験によって見逃しには差があることが知られており、10年未満は3割くらい、10年以上になると2割くらいとなる。ある程度の経験が必要であることが示唆されている。
胃がんの見逃しが多い理由は、胃炎に紛れてしまい発見が難しいからだ。医師は胃がんの発見に困っている。では、トレーニングで改善するのか。専門施設で2年間研修した若い医師は、発見率が4倍になったという報告もある。確かに改善はするが時間がかかる。そこで平澤氏やAIメディカルサービス代表取締役会長CEOの多田智裕氏らのグループは人工知能を使えないかと考えた。年間3万件の内視鏡検査を行うがん研には良質のビッグデータがある。
ではAIをどうやってつくるのか。AIに多くの胃がんの教師データを覚えこませる。AIは特徴量を抽出して、やがて胃がんを判別できるようになる。ただし、教師データを作るには人間が人力で「アノテーション」を付さなければならない。具体的には画像をマーキングして、細かい臨床データをひもづけをする。教師データを作る作業には手間がかかったが、ここを手抜きすると質が落ちてしまう。ここには専門医の力が必要だし、簡単ではなかったという。
完成したAIは、2017年3月にがん研有明病院で治療した胃がん77病変、2296枚の画像で検証した。2296枚の診断にかかった時間は47秒。つまり1画像あたり0.02秒しかかかっていない。感度は92.2%だった。AIが見逃してしまう病変にはそれなりの理由がある。表面にしかないがんで、5mm以下の小さいものは見逃してしまったが、6mm以上の胃がんは99%発見することができた。232病変を胃がんと診断したうち、71病変が胃がん、偽陽性が161病変だった。つまり、陽性反応的中度は、30.6%だった。一般的に生検してがんであることは10%もないことから考えると、それよりも良いことになる。偽陽性の内訳は胃炎がもっとも多かった。これは人間の医師も間違えることが多い。また解剖学的屈曲についてはAIに教えていないため間違っていたが、これは今後、AIを教育するば改善すると考えているという。まとめると、AIは胃炎を誤診することはあるが、胃がんの見逃しはごくわずかであった。
今後の展望として、胃がん内視鏡検診はダブルチェックでの活用を平澤氏は指摘した。さいたま市では胃がんの内視鏡検診で、専門医によるダブルチェックを月に2回行っている。医師一人につき70症例のダブルチェックが必要で、1症例の内視鏡画像がおよそ30-40枚程度だとすると、おおよそ2800枚になる。これを2時間程度かけて行う。ところがこれにAIを使うと2800枚が1分ですむ。少なくとも下読みくらいには使えるはずだ。
近い将来には、リアルタイム診断もできるようになる可能性がある。また、教師データはすべてオリンパスの内視鏡画像を使っていたが、富士フィルムの内視鏡画像を使って試したところ、同じように見つけることができたとのこと。機種/メーカーを変えても使えそうだとわかった。動画を使って拾い上げ診断をテストしたところ、早期胃がんの68病変のうち64病変を見つけることができた(感度94.1%)。見逃した4病変は、胃炎とほとんど違いがわからないような症例だった。人間が見てわからないものはAIもわからないし、拡大内視鏡を使わないとわからないようなものは、当然だがAIでもわからない。このほか食道がんや潰瘍性大腸炎の診断などでもAIは良い成績を出している。将来的には全消化管のすべてをカバーできる見込みがあるという。
問題点は規制が厳しいことだ。身体や命が関わる医療には安全性が求められる。有効性や平等性も必要なので新技術導入には時間がかかる。いっぽう国も、AIを活用した医療を推進しようとしている。厚生労働省のロードマップを見ると、もしかしたら2020年にはAI医療に保険加算がつくかもしれない。
AI医療システム独特の問題もある。AIは追加学習により性能が変化する。質の高いデータを追加しても過学習してしまい成績が悪くなることもある。ではバージョンアップすると、その都度、承認や治験が必要になるのだろうか。また、AIには予測や解釈のアルゴリズムがブラックボックス化してしまうという課題もある。これは医療現場には合わない。誤診したときの責任の所在も課題だ。厚生労働省は、すでに見解を出している。AIはあくまで医師の仕事効率を上げる支援ツールであり、診療を行う主体は医師であり、医師以外は診療ができない。よって使用する医師に責任があるというものだ。
では内視鏡診断のAIを開発するにはどうすればいいか。まずは独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)に相談することが必要だ。相談には費用もかかる。だが「胃がんを発見する」となると治験が必要だし、時間もかかることになる。開発コストの回収が必要になると、高価になってしまう。また、リアルタイム診断するにはハイスペックなPCでなければ動かない。コストが高くなると、ソフトウェア価格にはねかえる。平澤氏は「保険診療でAI加算がないと広まらない」と述べた。
あとは医師による新しいものに対するアレルギー反応も課題だ。だが心電図の自動解析も一種のAIだ。あれも導入時には医師側の反対があったが、今ではごく普通に使われている。どういったことが得意/不得意かさえ見極めることができれば、ツールは非常に有効だ。平澤氏は「内視鏡AIもはじめは抵抗があるだろうが、5年くらい経てば誰もが使う普通の道具になるだろう」と語った。
最後に平澤氏は、ブタペストにあるゼンメルヴァイス博物館を訪問したことを紹介した。ゼンメルヴァイスは、産じょく熱の原因は医師の手の汚れであり、塩素水による手洗いを励行した人物だ。その結果、産じょく熱による妊婦の死亡率が30%から3%にまで下がった。今となっては当たり前だが、当時の医療界からは猛反発を受け、ゼンメルヴァイスは1850年にウィーン総合病院から追放されてしまった。
この例をひいて、平澤氏は「新しいことをやろうとしたら必ずアゲンストの風が吹く。AIも同じ。ちゃんとしたエビデンスを出しながら、一個一個の課題を解決する。最終的にはAIを利用して医療を良くしたい。これから大きな『Change』の時代を迎える。『Change』は一文字変えると『Chance』。僕らの手にはAIを使って医療をよりよくするチャンスがある。人間とAIが協調する素晴らしい医療を作っていきたい」と講演を締めくくった。
森山和道 サイエンスライター
サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。