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国民を巻き込んだ生命倫理の議論ーフランス国家倫理諮問委員会委員長のジャン=フランソワ・デルフレシ氏講演レポート

2019年10月15日(火)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部は在日フランス大使館科学技術部と2019年9月27日に医療×AIセミナーシリーズ第9回「AI時代の医療とトラスト:日仏哲学対話」を開催した。日仏の医療制度の現状と課題、特に医療での個人情報の活用と規制について、両国の専門家が対話した。

生命倫理法改正が議会で審議中

最初にフランス国家倫理諮問委員会(CCNE)委員長のジャン=フランソワ・デルフレシ氏が登壇した。デルフレシ氏は医師であり、感染症と公衆衛生の分野で豊かな経験を持つ。7年ごとの生命倫理法の改正がまさにフランスの議会で審議されているタイミングであることに触れ、この法律の改正に向けて市民とともに実施してきた公開討論など、医療を含む新しい科学技術と社会の対話について、フランスの取り組みを紹介した。

フランスには生命倫理の全体の枠組みを決める2つの仕組みがあり、一つは7年ごとに改正される生命倫理法で、もう一つが独立した専門機関としてのCCNEだという。デルフレシ氏が委員長を務めるCCNEではテーマごとにワーキング・グループを設置して、科学技術の進展に伴い新たに登場する倫理問題、例えば新しいゲノムテストや、人工知能(AI)と医療の関係、科学と社会の接点などについて議論してきた。提示されたテーマに沿って議論することもあれば、専門家集団として自ら重要と考えるテーマを設定することもあり、最近は移民の健康問題や、高齢化社会と介護の課題というような社会的な関心事を取り上げることもある。

2つは当然、関連もしている。フランスの生命倫理法は2011年に施行され、7年ごとに改正される。まずは公開討論があり、次にCCNEが専門家集団として意見をまとめた報告書を出し、最後に新法案が提出されて議会の審議を経て改正されるという政治的な段階を経るという3つの独立した段階を踏む。2018~2019年はちょうど改正のタイミングで、まさに3日前に議会での審議が始まったところだという。

公開討論で保健医療のあり方を議論

最初の公開討論では、今後の保険医療のあり方を民主主義的に議論するという意味があるとデルフレシ氏は強調した。政治家、医師や科学者、そして社会の3者が向き合い、市民や社会全体がどのような医療を志向しているかを汲み取る場になるという。ウェブサイトでの情報提供に始まり、各地域での討論会の開催、学者や学会、さらには宗教団体などへの聞き取り、そして市民委員会の設置など、複数の方法でコミュニケーションが取られた。CCNEが重点的に議論したテーマは終末期医療、生殖補助医療、人工知能とロボットの普及、健康と環境、幹細胞とヒト胚の研究などの9つで、中には複雑なテーマもあるため、特に新興のテレビ放送局を意識して情報発信も行ったという。

また、フランスの社会の縮図となるように人員構成が考慮された市民委員会は匿名の市民が協議をする場で、専門家ではない人にとってどんなことが理解するのが難しいのかを知ることができたとデルフレシ氏は意義を語った。一方の各分野の専門家らとの会合は、ヒト胚の研究やゲノム医療、神経科学などの難しいテーマについて議論する場を作ることができたという。

こうした議論を通して、科学技術の変化が考え方や倫理観に影響を与えることを踏まえ、いかに市民と専門家の意見のバランスをうまくとっていけるかが引き続き課題だとデルフレシ氏は振り返った。まだ法改正の途中の段階だが、もし何か教訓が得られたとすると、公開討論や情報提供の重要性や、意見に相違点があることをあらかじめ理解しておくこと、意見は必ずしも収束する訳ではなく違う立場の相手の話を聞くということの重要性を理解すること、1つのコミュニケーションツールでは全体像は掴めないため、全てのツールから得られる情報を補完してやっと国民の意見を理解できるということを身をもって体験できたとした。

「医療システムは弱者を守るものであるべき」

フランスで社会を巻き込んで進められる議論の背景には、フランス社会の文化と併せて医療システムは弱者も守るものであるべきという考え方があるという。その中で、新しいテーマも出てきており、AIやゲノム関連の新しい技術を活用した新しい医療は単なる新技術ではなく、患者の役割とはどうあるべきかも考える必要性が生じているという。公開討論を踏まえてCCNEでは生命倫理法の今後のあるべき方向性を専門家の意見として提示した。いかに市民や社会全体を巻き込んでいくか、「保険医療の民主主義」とでもいうべきテーマは世界保健機関(WHO)や欧州評議会でも議題となっていると指摘した。

フランスの生命倫理法の改正はこれから審議され、現在の法案からさらに修正が加えられる可能性があるという。この法案は、生殖など生命の根本に関わるため、議員が所属政党にかかわらずに個人の考えで自由に判断できるという。市民を巻き込んだ公開討論の内容が反映された専門家集団CCNEの意見を踏まえて、国民の代表が法案を採択しているフランスの状況は、参加型民主主義の実現の一つの形だとデルフレシ氏は自信を込めて説明した。今回ほどの大規模な生命倫理に関する公開討論はこれまで実施されたことはなく、フランス独自の複雑なプロセスを経て実際に法改正が実施された後には真の教訓が得られるはずだと期待を込めた。

鴻知佳子

鴻知佳子 ライター

大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。

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