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「 データ活用に向けて診療報酬見直しを」ーMICIN代表取締役CEOの原聖吾氏講演レポート

2019年6月28日(金)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年6月15日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第6回シンポジム「医療AIの臨床への実装とトラスト」に、株式会社MICINの代表取締役CEOの原聖吾氏が登壇し、「医療系ベンチャーのAI活用の取り組み」と題して発症リスクを予測するシステムやオンライン診療など同社の具体的な取り組みについて紹介し、AI(人工知能)を活用する上で直面している課題についても話した。

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講演する原氏

機械が診断や治療方針決めることに医師が反発した50年前

冒頭で原氏はまず「MICIN(マイシン)」という社名について説明した。1970年代に米国スタンフォード大学で開発された世界初の医療AI「MYCIN(マイシン)」に由来しているという。MYCINはエキスパートシステムと呼ばれるもので、例えば緑膿菌の感染など患者の症状に合わせて適切な抗菌薬を教えてくれるものだった。高精度だったが、医者の診断や治療方針を機械が決めることに対する反発もあり、結局実用化されなかった。そのMYCINに対して、50年たった今、意識も変わってAIをより活用できる時代になったという期待を込めて、社名をMICINにしたという。

同社が掲げているビジョンは、「すべての人が、納得して生きて、最期を迎えられる世界を」。原氏が医師として患者と向き合っていた時、「こんなことになるならこんな生き方はしなかった」と後悔する人がかなりいることに気付いたという。納得感が得られる世界の実現を目指して設立した同社には現在、エンジニアやデータサイエンティスト、医療業界のエキスパートなど約50人が集まり、大きく分けて2つの事業領域に取り組んでいる。医療データをAIなどで解析・活用するデータソリューション事業と、オンライン診療向けのアプリ開発・運用などを手掛けるアプリケーション事業だ。

健康診断のデータから病気で休む人を予測

データソリューションとは、識別・予測・介入の3つの段階に分けて考えることができるという。そして医療では識別の部分を改善すると成果につながりやすく、実際に機械学習を使うことで精度が良くなるため研究開発の事例も多い。一方、同社は予測や介入の部分に注力している。疾患の状態がどう変わるかを予測し、その予測を踏まえて介入するという流れだ。例えば同社では企業向けに、健康診断のデータから病気で休む人を予測できるサービスの開発に取り組んでいる。これまでは産業医がデータから病気になりそうな人を見つけて注意を喚起し、介入するという形だったが、予測の部分に機械学習を使ったパターン認識を活用して休む可能性がある人をより早い段階でサポートできるようにしようとしている。

他にも名古屋大学との共同研究で、産後うつの対策にAIを活用しようとしている。産後うつは社会的にも大きな問題だが、どういう人にリスクがあるか予測が難しく、発症した時には患者は産科医の手から離れているため介入が遅れてしまう。名古屋大学では出産前のデータを集めて産後うつの発症の予測に役立てようとしたが、変数が多すぎて統計的な手法だけではうまくいかなかったという。そこで機械学習を使ったところ、予測がある程度可能だという手応えを得ているという。産前のタイミングで高リスクな人を見つけられれば、産科医が注視したり、必要なサポートをより早い段階で提供したりということが可能になる。

診断技術が今のように発展していなかった時代では、疾患は死に近いタイミングになってからしか見つけられなかった。それが、血液検査や内視鏡、画像診断などの診断技術の進歩によってもう少し早いタイミングで見つけられるようになってきた。さらに予測が可能になればもっと前に発見でき、早期の段階で治療を始められて重篤化を防げる。今後、さらに環境要因や患者本人の状態について、ウェアラブル機器やセンサーを使って情報を取れるようになると、もっと早いタイミングで疾患を見つけられるようになる、と原氏は期待する。今はまだ占いのような精度しかなくても、本格的な治療の前の段階として環境を見直すというような形で健康のマネジメントができるようになるかもしれない。

自宅でインフル検査、オンラインで医師が受診勧奨

同社のもう1つの事業、アプリケーション事業で取り組んでいるのがオンライン診療の普及だ。2015年に厚労省は離島・僻地以外での遠隔診療の実施を明確化し、同社も「クロン」というサービスを2016年から展開している。2018年の診療報酬改定でオンライン診察料が新設されたり、最近も実施指針改定の検討会があったりと制度が変わっていく中で事業を進めている。クロンは、医師と患者の間をスマートフォンやパソコンでつなぎ、予約や問診、診察、決済や医薬品の配送を担うシステムだ。保険適用はまだいくつかの疾患に限定されているが、患者は自宅にいながら診療を受けられる。クロンは約1300の医療機関に導入されているという。

昨年12月、内閣府のサンドボックス制度の第1号案件の1つとして、同社のインフルエンザのオンライン受診勧奨が選ばれた。患者は、オンラインで医師の指導のもとインフルエンザの簡易検査キットを自宅で使い検査をする。医師はオンラインでその結果を見ながら患者に受診を促す。これまでは、インフルエンザに感染していても、病院に行かずに出社し、多くの人と接触して感染源になってしまったりする可能性があった。

患者と医師の接点がオンライン上になると新しいデータも入手できるようになり、患者にとっても医療へのアクセスが改善するというメリットがある。クロンは診療所だけではなく大きな病院でも使われるようになってきていて、他にもがん研有明病院が遺伝性のがんの相談に活用したり、電子カルテとオンライン診療のデータ連携のために電子カルテ最大手のPHCと連携したり、様々な取り組みを進めているという。

電カル普及、使い勝手に課題が

様々な可能性がある医療用AIだが、特にデータを取り巻く課題がいくつかあると原氏は指摘する。データがそもそも使えなかったり、使えてもビジネスに活用するのが難しかったりということがあるという。そしてデータが使えないという状況も、データ化自体がされていない段階、データ化はされているが活用できる形になっていない段階、活用できる形のデータはあるが利用が制約されている段階がある。

電子カルテのように情報をデジタル化するツールの普及率がまだ低い。また、そもそも目的が異なるため必要なデータを収集できず、電子カルテのデータを健康維持や予防などに活用しにくいということもある。他の学会で議論された例として、生前はアルツハイマー病と診断されていた症例が、その後別の変性疾患だったと判明したというように、データの信頼性確保にも難しさがある。さらには患者本人の同意やデータの匿名加工も、データ活用のためには不可欠な手続きで、加えて最後の事業化でもルールの整備が十分にできていない。

データ活用に向けて診療報酬見直しを

そこで同社では課題解決に向けて様々な提言をしている。例えば現状の診療報酬の点数化のあり方やガイドラインではオンライン診療を大きく普及させることは難しい。オンライン診療をより使いやすくするために診療報酬の見直しなどを原氏は提言しているという。他にも対象疾患が、特定疾患療養管理料など管理料が算定できるものに限られていることや、30分以内に行ける医療機関があることが利用の条件になっていることなど制約がある。もう少し医師の裁量に任せて活用しやすくしたい、と原氏は考えている。また、事業化を踏まえると、AIを活用した医療機器の審査承認を迅速にする必要もある。AIは学習によって短時間で性能が上がっていくため、バージョンアップした時の承認プロセスの簡略化も検討すべきだとした。

AIの普及によって、将来、疾患の概念が再定義される可能性もある、と原氏はいう。もともと医師が認識して分類してきた病気の概念だが、機械学習を使うと医師が気付けなかった複雑なパターンも見えてきてさらに細かく分類できるようになるかもしれないからだ。人間が理解できない分類が出てきた時、どう説明して実際の診断や治療に活用していくのかは課題になるという。

講演の最後には、電子カルテとオンライン診療の連携の際の課題についての質問が会場からあった。原氏は、問題は多々あるとしながら、医療機関で運用されているシステムはメーカーによって異なること、データの構造もそれぞれ異なることを挙げ、どう補完していくかが大きな課題だとした。既存のシステムのデータを読み替えて活用していくのか、それとも一から新しくデータが作られる仕組みが広まるのか、後者の方がより早く普及する可能性もあるとした。

鴻知佳子

鴻知佳子 ライター

大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。

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