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AIで手術トラブル事前検知-ツカザキ病院眼科創業者・主任部長、眼科専門医の田淵仁志氏講演レポート

2019年2月28日(木)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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東京大学政策ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年2月24日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第5回「眼科とAI」にツカザキ病院眼科創業者・主任部長、眼科専門医の田淵仁志氏が登壇し、同病院で進める、データに基づいた医療体制とAI(人工知能)の取り組みを紹介した。

AI化の前にやるべきことは数値化と情報共有

兵庫県姫路市にあるツカザキ病院眼科は、201床だが年間手術件数1万件を超えるハイボリュームセンター。ツカザキ病院眼科の創業者であり眼科主任部長、眼科専門医の田淵氏は、自分たちの診療報酬を自分たちに再投資していると背景を紹介。ワークライフバランスと国民皆保険制度の維持と発展をミッションとし、集約化とICT応用によって効率化を図っているという。さらにインバウンド需要を考えた保険外診療のほか、眼科においては重要な機器の多くが海外製だが、ここに新規の日本製機器を活用することで、国内で資金を還流させることを考えていると述べた。

田淵氏は「診療科の地域偏在などの問題以前に、病院が多すぎる」と指摘。各病院には必ず当直医が必要という法律があるが、この法律自体に矛盾はない。「だから、いかに病院を集約化するかが課題だ」と述べた。ツカザキ病院では自分たちの力で集約化してきており、手術件数は狙いどおり伸びているという。

少子化の裏返しはワークライフバランスだ。ツカザキ病院眼科では臨床を忙しくしながらも男女を問わず子育てをしながら同じ価値観で働くことが可能で、学術と臨床を高次元で両立させられているという。また、集約化の成果として「手術教育でも成果が上がっている」と述べた。症例を集めるだけではなく、コストのかかる医療の実現もできているという。ディスポ製品や最新の眼内レンズを使うためのコストも集約化によって吸収できているとし「集約化には悪い点はない」と述べた。このほか、アジア戦略の一つとして海外でも積極的に学術発表を行ない、知財関連も特許出願を大量に出している。

集約化を機能させるにはデータ共有による論理性が必須

集約化のために、具体的に現場でやるために必要な2点があるという。フラット構造を保つことと、情報共有を必ず行うことの2点だ。たとえば緑内障の医師と白内障の医師がいたとする。どの領域・職種も優劣はつけがたい。しかしランキングや序列みたいなものが生まれがちだ。そういう人たちがどうすれば同じ情報で動けるようにするかが、うまくいくためにはとても重要だという。

たとえば、ツカザキ病院眼科では年間1万件以上の手術を行なっており、1日の手術は30件~50件程度にのぼる。それを3列の手術室を使って、効率が良いようにフレキシブルにわけていく必要がある。ただ、これを「命令系統」で動かすと混乱するばかりだという。現場の判断で患者を移動させたり遅らせたりしながら、ちょうど効率が良いように、どんどん自由にやってくれないと現場はまわらなくなる。

このときに重要なのは、データに基づいた判断だ。意見を出す看護師が1年目であっても10年目であっても、データに基づいた意見であれば、合理性のある判断は難しくない。そのために必要なのが情報共有であり、情報共有していれば、ルールに基づいて話が進む。特に集約化されている病院の場合は意思決定の数が多いので、そのときの判断基準として情報は必須だとした。

近年、集約化によって、2つの病院を1つにまとめるという動きがある。病院の建物を建てたい業界の圧力は大きく立派な建物を建てて医師を集めたはいいが、そのあとにヒエラルキー構造ができてしまうと「2つに分かれていた頃のほうがましだった」ということにもなりかねないと述べた。田淵氏は「ヒエラルキーは一番上のアイデア以外は殺す構造。年功序列だし、若い人のアイデアが全く出てこなくなる。本当に必要なことはイノベーションの創出。わざわざ人を集めておいてこういうことをやられるとせっかくの多様性が活かされずに死んでしまう」と課題を指摘した。

そして「集約化を機能させるには論理性でチームをコントロールするしかない」と述べ、「何がもっとも合理的なのかを、その場その場で臨機応変にできるようにならないといけない。上下関係、命令系統でやると間違った話が大きな集団の中で修正されず組織として機能しなくなる。データを根拠に現場が意思決定することが基本である。」と強調した。そしてツカザキ病院では、そのための設備投資を常に行なって来たという。「上から何か言っているようでは現場の判断はできなくなる」と語り、リーダーとして何かしらのアイデアを進めるかどうかの判断基準の一つは「若い人が面白がって乗ってくるのかどうか」だと述べた。

数値データで客観的コミュニケーションを取る

ツカザキ病院眼科では臨床データベースを自主構築してきた。まず構造化データを蓄積していき、それと画像ファイリングシステムを紐づけている。これによって、AIの開発環境の下地を15年間つくっていた。

現場で用いているのはコミュニケーションツールだ。臨床現場で「あなたの手術は下手だ」と医師に直接言うわけにはいかない。そこで数値情報に基づいて「あなたの合併症率は平均よりこうだ」と示して自覚してもらうことで、客観的にコミュニケーションをとらないと集約化はできないという。「病院の集約化がなかなか進まない理由は、エゴイスティックな医師のぶつりかりあいがおき、同居できなくなるからだ」と述べ、一方、「データが整っていると互いに何をしているのか把握できる。数字を介してリスペクトできるようになる。それが理想だ」と語った。

手術臨床も数値で管理している。介入の仕方としては、合併症率の数字が上がっていると指摘したあとに「勉強会を開始しましょう」といったやり方をとっているという。ある個人を特定するのは当人にとっては客観性のないものの言い方だと捉えられることになってしまうので、たくさんの人の感情をできるだけ刺激しないようにしているという。田淵氏は「だから数字はヒューマンなものでもある」と述べた。そして周囲の関心を高めることが労働者の生産性をあげるという「ホーソン効果」を紹介し、「数字が表になるだけでみんなが自立するようになる」と語った。

田淵氏は、もともと視覚生理の研究者だったという。その研究を通して、人間の認知バイアスを理解しており、それもあって、バイアスを避けるための数値化を進めていると述べた。数値化によって、どこの診療部門が頑張っているのかといったことも一目瞭然になる。感情をこえて隣の人を評価するのは難しい。だからこそオープンにして数値化することが重要なのだと述べた。ツカザキ病院眼科には、そのためのデータ・システムのスタッフもいる。「これが大事だ」という考え方が先にあって、そのための仕組みづくりを再投資して行っているという。

AIで手術トラブルを事前に検知

田淵氏は、米インターネット通販大手のAmazonが、ITによってこれまで不可能だと思われていたことを可能にしたように、ITによって医療分野の不可能も可能になるのではないかと考えているという。姫路市にある兵庫県立大学と機械学習の共同研究を2010年から継続していると紹介した。従来は遺伝的アルゴリズムやサポートベクターマシンを使ってやっていたものがディープラーニングを使うことで急に性能があがったものが多いという。

そして「できることは無限にある」と述べて、たとえば自然言語解析を田淵氏自身のホームページの挨拶文と主旨がよく似た挨拶をしている施設や逆に全く異なることを述べている施設を図示できること紹介した。このほか、疾患カルテから画像を抽出するところにも使われていたり、OCTA(光干渉断層血管撮影)の識別、画像から視野の欠損を推定させたり、眼内レンズの度数を回帰で求めさせたりしている。また、GAN(Generative Adversarial Network)で網膜剥離と緑内障が合併した画像を作り、学習データに使えないか検討中だという。「学習用の『問題集』みたいなものを作るくらいならば作れるのではないか」と考えているという。

手術の数値化にも使っている。どの診療科でも手術教育は500例までは危ないと言われている。しかも研修医の手術は指導医の最大で74倍もリスクがある。問題はあるが、研修医に手術させないと次世代が育成できなくなる。そこでなんとかするために、人工知能で手術を管理することに努力している。いま手術のどの工程が進行しているのかAIに覚えさせる「リアルタイム工程分割」をやらせ、その上で、手術トラブルの手前で怪しい動きを判定させる。いまのところ正答率は84%。これ以上やると失敗するという閾値を越えるとアラートを出すシステムだ。

こうすることで、手術現場で、若手にどこまでやらせるかの判断をAIが手伝う。そうすることで患者の問題を手前でとめることができないかと考えているという。今はまだ正答率がまだそんなに高くないので、現在さらに開発中とのことだ。

メタ知識をAIが繋ぐことで医療現場の生産性を革新する

田淵氏は最後に「医療はいろんな問題を抱えている。シンプルにものを考えられないのが製造業との違いだ。現場と外部環境との複雑な関係性を一段上のフレーミングで思考するメタ知識がこれからの医療では特に求められており、互いに相反し合う難しい諸問題をディープラーニングの革新は繋いでくれるのではないか。そのことによって、新しい時代をより良いものに変えていけると思う」と語った。そして「日本の生産性が低いということは、逆に言えば『伸びしろ』があるということ。人口減少を逆手に取れる。人口減少しているなかで生産性が上がれば、職を失うこともなく世界を乗り切れる。そのツールとしてAIは非常に大事だと思っている」と締めくくった。

森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

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