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「眼科領域はAIとの親和性は高い」ー京都大学大学院医学研究科眼科学教室特定助教の三宅正裕氏講演レポート

2019年3月22日(金)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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東京大学政策ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年2月24日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第5回「眼科とAI」に京都大学大学院医学研究科眼科学教室特定助教の三宅正裕氏が登壇し、日本眼科学会が進めるAI(人工知能)を巡っての取り組みについて紹介した。

勝負は既にルール・プラットフォーム作りの領域へ

いま、第4次産業革命が起きていると言われており、メディカルイメージングの世界でもディープラーニングなどAI技術の活用が進んでいる。2016年12月には、眼底写真からの糖尿病網膜症重症度分類をAIが高精度で行うことができるという論文が一流医学誌に掲載された。当時は、10万枚の眼底写真を学習に用い、一般の眼科医よりは精度が高いが、専門医には負けるくらいというものだった。

その後、皮膚がんか否かの判定やリンパ節への乳がん転移の判定で専門医を超えるという研究や、眼底写真から年齢・血圧・性別などが高精度で判定できることに加え心血管イベントの発生も一定の精度で予測出来る、といった研究などが続いた。さらに、専門医受診のタイミングなど判断に関係する部分についても眼科医を超えるという論文や、肺がんの病理組織を見るだけで原因遺伝子まで診断できたという論文も出ている。その他、テクニカルには、転移学習技術を使うことで、大量の学習データを使わずに千枚程度の画像によっても性能が出せるようになったという研究も医学系一流誌に掲載されている。

三宅氏は「眼科の画像やデータはAIとの親和性が高い」と指摘した。画像は撮影の時点で標準化されており、検査データもほとんどがデジタルでかつ標準化されているため、データの質が高く、同じデータ量であっても精度を向上させやすいからだ。米食品医薬品局(FDA)でディープラーニングを使ったアルゴリズムとして最初に承認された「IDx-DR」も、眼底画像から糖尿病性網膜症を検出するシステムだった。

こういった流れに鑑みると、きちんとデータを与えて学習させると、そのタスクにおいて人を超える精度を出せることはもう分かってしまった。よって、様々なAIを作ってみようというレベルの研究はもう終わりつつあり、現在は実用化を目指し、データを集めるルールやプラットフォーム作りの領域へと勝負は移っていると指摘した。

アメリカでも2017年7月にFDA「Pre-Certパイロットプログラム」が立ち上げられた。Pre-certコンセプトとは、事前の審査で一定水準をクリアした企業であれば承認プロセスを簡略化しようという動きだ。ただし世の中に出したあとに、フィードバックをかける、いわゆるアジャイルな開発のコンセプトである。事前審査における「一定水準」を設定すべく、FDAはパイロット企業として9社を選定し、連携を取りながら基準を策定している。しかし、このなかに日本の企業は入っていない。2019年1月にはワーキングモデルがFDAから出されており、動きは加速している。

米国アマゾンや中国テンセントもヘルスケアプラットフォームに乗り出している。NIHもまずグーグルと組んだ。つまり、プラットフォームに世界の大手企業が進出し始めている。三宅氏は「個別の優秀なAIをいくら作っても、ルールを変えられたりプラットフォームを握られたりしてしまうとまともに戦えず、『やあやあ我こそは』と言っていた時代となんら変わらない」と述べ、元寇と黒船を呆然と眺めている人々の絵を示した。

オープンエンドな現実世界からクローズエンドな問題を切り出す

ここで三宅氏は、「我々の目的は医療AIを作ることではない。国民の健康を守ることである」と語り、AIはあくまで手段であって目的ではないことを強調した。

世の中の問題は「オープンエンド」と「クローズエンド」に分けられるという。問題が整理されていない状況はオープンエンドで、問題が整理されていて扱うデータやルールも決まっている領域はクローズエンドだ。

リアルワールドの状況は問題が整理されていない。一方クローズエンドな領域は、理想的な世界だ。三宅氏は、前述のようにAIが人を凌駕する結果を出したのは、あくまで理想的な状況下での話であることに留意すべき、と話す。つまり、これまでの研究により、クローズドエンドな状況を作り出して、nが十分にあれば医学においても人工知能が人を凌駕するということは既にわかったが、「実際には、世の中の問題はほとんどが整理されていない」と指摘。「問題をきちんと整理して、クローズエンドな状態として切り出せる部分はAIに任せ、そうでない部分は人が担う——例えば規制の問題であれば行政にアプローチする、というように、問題を切り分けた上でAIも手段の一つとして解決への道を探っていくのが、これからの医療提供者や医学者に求められている役割」と述べた。

具体的にはどういうことか。ひとつは明確化だ。「最近調子どう?」ではなく「昨日風邪をひいていないかどうか」といったかたちで明確化する。たとえば、緑内障予後予測というタスクがあれば、機械に扱わせるには「あるかたちで定義される緑内障に対して、あるパラメータを与えて、5年後に視野の感度が10%悪化するかどうかを予測しろ」といったかたちに落とし込むことが必要だ。物事をきちんと定義し、クローズエンドなタスクを作り出すことによって、AIにできる作業にすることができるようになる。

三宅氏は「AIを取り入れる上でまず我々に必要な仕事は、リアルワールドの種々雑多な問題を、どうやってクローズエンドな問いで表現するかだ」と強調した。

行政によるルール作り、利用者によるインフラ構築、実装する企業の三位一体

これまでの講演で指摘されているとおり、AIができる作業はAIにやらせたほうがいい。そのため、上述の様に、まずクローズドエンドな状況を切り出すことは重要だ。ただ一方で、リアルワールドの問題は必ずしもクローズエンドな問いで表現しきれるとは限らず、むしろそれが問題だと三宅氏は考えている。

リアルワールドにおける問題とは、たとえば、データがあれば人を超えられるとわかっていてもデータがない、AIを導入すれば解決すると分かっていても規制で導入できない、規制をクリアしたとしても儲からない場合は実装できないといった問題である。精度にしても95%の精度でいいのか、何パーセントならいいのか、その根拠は何かといった問題もある。三宅氏は、こういった課題を解決したいという。

そのためには、単に各企業・各施設が個別にAIを作るだけではなく、きちんと行政とルールを作ること、実際に使う側がきちんとインフラを構築すること、マネタイズも含め企業が流通させられる環境を整えること、この三位一体が重要だと考えているという。そして、学会としては、ナショナルデータベースの構築、レギュラトリーとのコラボレーション、「協調領域」の整備、実際に臨床でどう使うかのガイドラインの検討といった点でイニシアチブをとることが重要だと述べ、それぞれについて解説した。

Japan Ocular Imaging Registry(JOI Registry)

本邦では、日本医療研究開発機構(AMED)の事業として、AI開発などに向けて、医療画像等を収集するデータべース構築が進められており、そこに画像関連の6学会が参加している。日本眼科学会もそのうちのひとつだ。構築されるデータベースのAI開発への利活用については、厚労省の検討会議である「保健医療分野AI開発加速コンソーシアム」においても議論が進んでいる。

日本眼科学会としては、「Japan Ocular Imaging Registry(JOI Registry)」というデータベースを構築中だ。画像のみならず、眼科の部門カルテに含まれる各種情報を収集する。現在、21の大学病院が構想に参加しており、眼科学会クラウドに電子カルテ(眼科部門カルテ)の情報を全て流し込む予定だ。

電子カルテから情報を直接取得したとしても、電子カルテに入力された情報自体が不均一では解析ができないため、眼科では、日本眼科医療機器協会と連携し、各医療検査機器から電子カルテへの入力の標準化も進めている。また、眼科部門カルテからの出力に関しても大手4社と全面協力しており、4社でシェア8割以上を占める。このため、このプロジェクトが走れば、理論的には8割以上がカバーできると考えられるという。

また、構築するネットワークを活用し、電子カルテ経由で参加側へのフィードバックも検討するほか、国立情報学研究所のデータ解析基盤を使って、研究者がAI構築などに活用できるようにすることや、次世代医療基盤法などの法律に基づいて企業が使えるようにすることも重要であると考えているという。これらは医療情報学会のバックアップも受けており、将来的には、大学病院だけでなく市中の病院や診療所にも広げていく予定だ。

「JOI Registry」には4つの特徴がある。一つは自動化。ネットワークさえ整えればそれ以降は参加施設に負担をかけず自動でデータをあげていくことができる。二つ目はフィードバック。電子カルテ経由で診療補助や類似症例画像検索、診療用サマリーページの提供を行うことを予定又は検討しており、これらフィードバックを更に充実させていくことがデータベースのサステイナビリティに重要だ。3つ目は標準化。これについては一部は前述のとおりで、眼科医療機器協会、電子カルテベンダー、医療情報学会、眼科各サブスペシャリティー学会と連携し、データの質を担保する。4つ目がデータの利活用。情報の囲い込みはせず、収集されたデータを利活用しやすい形で提供する体制を整える。いかにみんなが使いたくなるようなものにするかが重要だと認識していると述べた。

レギュラトリーとのコラボレーション、競争と協調、ガイドライン

AI実用化については関連部局が多い。厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)のほか、次世代医療基盤法の整備を進める内閣官房健康・医療戦略室、AMEDや経済産業省なども関わっている。各企業・各施設がこれらを全て把握することは困難であるため、これらへの関わりを学会がコンサルタント的にサポートすることも有効であると考えているという。

また、これからの「データ駆動型社会」の基本的な枠組みとしては、「競争領域」と「協調領域」を分けていくことが重要だと言われている点を指摘した。データの蓄積などインフラとなる部分(協調領域)は、各企業・各医療機関が協力して構築・共有し、その上で、協調領域のデータ活用する部分は各医療機関や各企業が競争で行うべき(競争領域)だという考え方だ。この枠組みにおいて、協調領域を適切に構築するためには学会が旗を振るのが最も良いだろうと三宅氏は指摘する。

ガイドラインについては陽性的中率と陰性的中率の問題をあげて解説した。感度や特異度が一定であっても、事前確率が異なると的中率は大きく変化する。「どういう局面に使うものであれば、どういう的中率・精度でいいのか。どの程度の的中率なら許容できるのか。その的中率を達成するにはどう使えばいいのか。どういう患者を対象にすれば許容可能な結果が出るのかをきちんと考えないといけない」と述べ、「精度は調整できるが事前確率のコントロールにはルールが必要だ」と強調した。PMDAや学会がきちんと対象集団を明確化しなければ、「偽陽性の山が出てきてしまう」とし、AIの用途をしっかり検討すること、臨床家との相談の必要性、そして使用者のリテラシー向上も含めて、これらの課題が残されていると述べた。

最後に三宅氏は「眼科領域はAIとの親和性は高い」と改めて述べ、「これからの時代を見越すと、個別のAIを作ることも大事だが環境を整えていくこと自体が競争力となるし、諸外国からの防波堤となる」と語った。そして「そのために学会がしっかりとイニシアチブを取ることは非常に大事だと考えている」と締めくくった。

森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

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