東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。
東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年7月21日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第7回「臨床現場を効率化するAI・IT活用」に、Ubie株式会社の共同代表取締役で医師の阿部吉倫氏が登壇した。同社で開発している「AI問診票」や、今後どのような方向で改良を進めていくかなどについて話した。
阿部氏はまずUbieについて説明した。東京大学の学生だった阿部氏と共同創業者のエンジニアが医療のシミュレーションをやりたいと考えて2人で研究開発を始めたことが起業のきっかけだったという。東大病院で勤務していた阿部氏は病院の中で事務作業が多いことに気付き、ニーズとシーズが出合い、ソフトウェアを開発してこの課題に取り組もうと2017年に創業した。
例えば救急外来では、シフトをこなした後に次の担当医に引き継ぎをする。記録しておくべきことがたくさんあり、残業して帰るが、明日もまた通常通りに出勤するという日々になり現場の医師は疲弊している。残業は、救急患者の対応や患者への説明、手術、あるいは勉強会など本業と言えることよりも書類作成のためという場合が圧倒的に多いという。例えば医療機関でよく利用されている紙の問診票は、便利なものとは言えない。事務的に患者が名前や生年月日、住所を記入し、カルテ登録に使う。主訴についても聞くが、医療者が便利に活用できる情報になっていないため、結局診察室で医師が患者に一から症状を聞き、カルテに打ち込むことになる。結果、患者から「この先生はカルテしか見ていない」と言われてしまう事態になる。そこで同社では、タブレット端末を使って年齢、性別、地域、季節、主訴などに基づき、患者の病状を予測しながら回答に応じて動的に質問を繰り出す問診票システムを開発、サービスを提供している。患者が回答した内容を医師の言葉に翻訳して、専用のテンプレートが自動生成されるところまでシステムでできる。
開発したシステムには3つの特徴がある。1つ目は、高齢者向けに作り込んだインターフェースだ。医療機関のメインユーザーは高齢者で、平均して70代になるため、若い人が普段使っているようなスマートフォンのユーザーインタフェースでは使い方が分からない。例えばタイマーの設定に出てくる「ドラムロール」は操作の仕方を知らない。ユニバーサルデザインを実現するため、同社では70代の方々に同行し、普段の生活行動の理解を深めた。その結果、高齢者はカラオケによく行くことが分かったので、カラオケの曲名入力画面の文字入力を問診票でも参考にすることにしたという。
2つ目が2013年からずっと研究開発をしている内容で、患者ごとに質問項目が変わって提示されることだ。頭痛や発熱が主訴の場合、必ず聞くべき質問がある。痛みはいつからか、同じような症状は以前もあったか、症状が軽くなる時や悪化する時はどのようなときか、などだ。医師が回答に沿ってどんな病気なのか仮説を組み立てていくように、システムも3000もの症状の中から選ばれたものに応じて次の質問を選定し、その後の質問を変えていくというロジックになっている。
3つ目は、システムを導入してもこれまでとオペレーションフローが大きく変わらないということだ。実際の導入先はあまりにも変わらないため拍子抜けすることもあるという。紙の問診票では記入済みのものをクリアフォルダに挟んで診察室に持っていくが、システムでは患者のIDを登録して送信するということになる。大手の電子カルテメーカーの製品と連携できる部門システムの一つとして、送信内容に飛ぶリンクが作成され、電子カルテに表示されるリンクをクリックすると同社の問診票サービスで集めた情報が閲覧できるようになっている。
サービス提供は1年半くらい前から始めており、診療所は約100施設、病院はつい先日10施設目の導入が決まったという。実際にシステムを導入した病院によると、医師の患者への対面ヒアリングの時間を増やせたという声が多いという。医師の負担軽減に役立ち、患者側の満足度も増え、そして患者の待ち時間も減っている。初診問診が一人につき約10分かかっていたのが3.5分と3分の1ほどにでき、診療と記載の医師が取り組まなければならない2つのプロセスのうち、記載の部分も短くなるので全体の診療時間が減らせる。医師のカルテ記載時間は、100床程度の規模の病院では年間約1000時間ほど浮く計算になる。最近では病院経営の観点から関心を持たれることも増えているという。
主な導入先はリソースが限られる地方の病院が多く、最初の導入は山形県の日本海総合病院だったという。9カ月前に救急科に導入し、その2カ月後には総合受付でも使うようになった。4月にシステムを導入した長野中央病院は人手が足りていなくて、内科の初診患者30人の事前問診を看護師3人で対応していた。システムによって事務の人に事前問診を任せられるようになり、タスクシフティングが実現した。それまでは予診待ちの患者が多く、医師も予診を終わるのを待っていたような状況もあったが、10分の予診を事務の人が5分でできるようになり、全体の流れがスムーズになったという。
今後は、初診時の事務作業をもっと減らせるように追加機能を増やすことを考えているという。例えば服薬歴から既往歴の推測、可能性がある病気の標準的な検査に関する教科書連携、トリアージのサポートなどだ。また、現状での電子カルテとの連携はテキストの「コピー&ペースト」で、より利便性の高い連携を求める声が出てきているため、電子カルテベンダーと連携してより使いやすい形を目指したいという。他にも2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、多言語対応も進めている。患者が母国語で事前の問診に答え、回答内容は日本語の文章にして医師に渡せるようにして実装する予定だという。
最後に、阿部氏はタブレット画面に見立てたパソコン画面で問診票のシステムのデモを実演した。来院理由を聞いた後、症状についての質問、飲酒や喫煙の習慣について、そしてアレルギーの有無について聞く質問が続いた。自由入力が多いと高齢の患者は時間がかかってしまうため、選択肢で答える質問を使って病状を絞り込んでいくようにしているという。そして回答が終了すると、情報が電子カルテでも見られるようになった。患者には分かりやすい表現だったのが、医師向けに医学的なテキストに変換されて表示された。
鴻知佳子 ライター
大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。