東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。
東京大学政策ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月19日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第1回「開業医とAI」に、目々澤医院院長の目々澤肇氏が登壇し、頭痛外来で活用しているAI問診システム「Ubie」の有用性について紹介した(セミナー概要はこちら)。問診の時間を、従来のほぼ3分の1程度の7~8分に短縮できるという。
目々澤医院の専攻領域は、脳卒中の一次・二次予防、慢性頭痛、認知症、めまいの4つ。電子カルテはオープンソースの「Open Dolphin」を使用しており、Mac上で走っている。そのほか医療画像管理・処理ソフトウェアの「OsiriX(オザイリクス)」のほか、医療介護連携ツール「Medical Care Station」サイトや携帯心電図「Check Me Pro」などを組み合わせて診療を行っている。なお目々澤医院では「Ubie」は慢性頭痛の問診自動化を目指すツールとして導入しているが、初期からモニター的な立場として株式会社Ubieからの使用料請求を受けていない。
問診は平均で15分程度かかる。診療時間は問診に加え、身体所見、疾患説明、検査予約などで時間がかかるが、実際にはそんなにかけられない。通常の診療は半日(3時間)で約50人。単純計算すると一人あたり平均3.6分しかとれないことになる。だが現実には、慢性頭痛患者の新患3人で45分かかることもある。また、めまいは所見取りに時間がかかる。認知症は疾患説明に時間がかかり、慢性頭痛は問診に時間がかかる。目々澤氏は、このうち、現在のAIで時間を短縮できるのは「問診」部分ではないかと考えた。
片頭痛には、動けなくなる、嘔気を伴う、光・音・嗅覚過敏があるという3つの特徴があると目々澤氏は紹介した。一般に、医師の約8割は、肩が凝っている頭痛の患者に対し緊張型頭痛と診断することが多いが、目々澤氏は「肩凝りが片頭痛のスイッチになる。そういうことが大事だ」と述べ、「症状そのものよりも、病歴と随伴症状で診断が決まる」と語った。普通の神経疾患の所見取りには時間がかかるが、慢性頭痛については顔と首にある特徴的圧痛点を押して見るだけで十分という。
そして片頭痛の問診において欠かせないポイントをしっかり評価しているシステムとして「Ubie」を紹介した。
「Ubie」は、患者がタブレット端末を使い、いくつかのあてはまる項目を選ぶだけで問診ができるツールだ。医師はそこから出てきたデータを電子カルテに移し、修正しながら問診を進めることができる。一般に患者は、その場で出た直近の痛みについて問診で話しがちだが、診断において重要なのは隠れている履歴である。最近の痛みについてはタブレットで確認し、実際には隠れていた要素を問診で確認しながら聞いていくことで手間を省く。服用中の薬もチェックする。目々澤氏は、顔と首のどこを押したら痛むかといった所見も書き込んでいる。
目々澤氏は、Ubieで一番重要なのは「こういう症状はない」、つまり陰性症状を自動記載してくれる点だという。この機能によって、後になって医師が「あの患者さんのあれはどうだったか」と確認したくなったときの安心にも繋がる。
目々澤氏は実際のUbieの画面を紹介しながら解説した。なお会場にはUbieを開発するUbie株式会社の共同代表取締役で医師の阿部吉倫氏も参加しており、開発当初から、高齢者が実際に使えるかどうかを確認しながら進めたと説明した。問診が終わると、病名の候補が複数表示される。例として目々澤氏が自身の症状を入力したところ、片頭痛が一番上に表示された。この病気予測部分と、実際に電子カルテに貼り込めるテキストの自動生成の部分に、AIが活用されている。
なお最新版は、以前のバージョンの紋切り型の表現から、より人が書いたような文章が生成されるようになっているという。キーポイントはきちんと表記されており、陰性症状も記載されている。さらに「お薬手帳」の読み込み機能も実装し、取り込むと内服薬がずらっと出て来るようになった。ジェネリック薬の製剤名にカーソルを合わせると先発薬の商品名も出てくる。これは現場の医師にとって、とても助けになるという。
Ubieは、患者の言葉を医師の言葉に翻訳して、電子カルテに貼り付けすることができる。推測精度の改善には国内外の5万件の論文を使っているだけではなく、リアルな医師の問診データを使って、より精度を上げている。
目々澤氏はUbieの活用によって、問診時間は7~8分程度、従来のほぼ3分の1になった。Ubie利用前後の問診時間を比較して確認すると、10.3±2.0分から、3.5±1.8分へと短縮されていた。6~7分の短縮に繋がったことになる。
ただ、Ubieにはもちろん限界もあった。RCVS(可逆性脳血管攣縮症候群)や性交時頭痛など特殊な頭痛には対応していなかった。また、めまいと合併して起こる頭痛との分離ができなかった。また、もともとあった頭痛と今回来院を決心した頭痛との切り分けはできない。それは医師が実際に診断で確認する必要がある。
一方、目々澤氏が「おっ」と思った事例もあったという。Ubieからの第一候補で「副鼻腔炎」が挙がったが、患者の前額部や頬部を押したりしても痛まない。だがめったにないことだったので念のためCT撮影をしたところ、実際に副鼻腔炎だったという。あまりにも圧が高まりすぎたので鈍痛があったが、押しても痛まなくなっていたのだった。さらに、重篤度の高い疾患である椎骨動脈開離の正答率が高いことも有用性が高いとコメントした。
目々澤氏は、Ubieの他にも、問診をサポートするシステムを紹介した。一つ目は「メルプWEB問診」だ。当初はLINEベースで動いていたが、今は独立したウェブベースになっている。患者が来院する前にスマホで入力してから診療所に来るもので、予約機能もある。中国語にも対応している。
このほか、筑波大学の医師が開発した「問診ナビ」というシステムもあるが、少しインターフェース画面が細かすぎるのではないかとコメントした。東京女子医科大学の医師も「今日の問診票」というシステムを開発しているが、まだリリースはされておらず、詳細については手書きで入力するようになっているのだが、患者にそこまでやらせても、得られた情報がうまく医師にフィードバックされるかは疑問である。目々澤氏は「完璧を目指すよりは簡単にできたほうがいいのではないか」と述べた。なおUbieも今では英語・中国語・韓国語への対応を準備し始めている。目々澤氏は東京都医師会の医療情報担当の理事でもあり、ICT活用の推進を進めているほか、外国人医療の副担当でもある。東京都医師会では訪日外国人への対策が急ピッチで進められており、外国人の患者の医療翻訳が重要視されている。問診が自動でできるようになれば、外国人患者の対応はかなりハードルが下がる。自動問診システムの多言語対応はその面でも期待されていると述べた。
では本当に目指すべきAI導入の診療の未来とは何か。問診の自動化は道筋ができている。必要とされる検査項目、可能性のある疾患の列挙、処方箋・治療法の提案、患者指導の画面表示なども自動化ができる可能性がある。
一番大切なことは、医師が患者のほうを向かずにパソコンと向かいあっている今の医療の改善だと目々澤氏は強調した。「患者さんの目を一度も見ない医師がいる。それをなくしたい。電子カルテを書くことが目的になった現代の医療を打破しないといけない」と述べ、患者を治すために向き合って診察することを主目的とした医療が重要だと語った。
そして河北医療財団の河北博文氏からの「医者が患者と向き合い、問診・理学的診察をすませると電子カルテの書き込みが自動的に済んでいるような仕組みができないか」というメッセージを紹介した。自分もそう思っているし、もしできたら真っ先に使いたい、その思いを実現したいと述べた。自動運転車に代表されるように、これまで人が行うのが常識と考えられてきた面倒な作業や危ないと考えられていた作業もAIによって実現できるようになりつつある。それと同じようなことが医療の世界にも必要なのではないかと考えているという。
最後に目々澤氏は「医療用ICTは面倒ではいけない」と強調した。PCが通信したり演算したりしている間は少し待たされる。ICT機器に慣れている医師ならば待たされることにも慣れているが、一方でICT系ツールから離れている医師であればあるほど、ちょっとでも待たされると「使えない」「面倒だ」と拒否反応を起こしてしまう。だから簡単で素早い反応が求められる。そして「AIは医療者の判断をサポートする役割を果たしてほしい」とまとめた。
森山和道 サイエンスライター
サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。