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来院前にスマホから問診表を記入―慶應義塾大学医学部精神・神経科、MIZENクリニック豊洲院長の田澤雄基氏

2019年2月6日(水)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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東京大学政策ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月19日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第1回「開業医とAI」で、目々澤氏の講演に続き、慶應義塾大学医学部精神・神経科、MIZENクリニック豊洲院長の田澤雄基氏が講演した(目々澤氏の講演レポートはこちら)。

田澤雄基氏は医学部生の頃に起業、事業売却後に医師になったという経歴を持つ。現在は平日夜間のみ開業しているMIZENクリニック豊洲の院長として、働く人のライフスタイルに合わせた生活習慣病治療に取り組んでいる。また慶應義塾大学医学部の精神・神経科では、研究者として日本医療研究開発機構(AMED)による「ICTを活用した診療支援技術研究開発プロジェクト」の1つにも携わり、精神疾患の重症度の定量評価に取り組んでいる。セミナーではこの3つの観点からヘルスケアIT活用について、開業医として必要なサービスや事業開発ポイントについて紹介した。

AIのブラックボックス問題、なぜ判定できているのかわからない

MIZENクリニック豊洲は18時から22時までの4時間、平日夜間のみ開いており、働いている人の生活習慣病を中心に診療を行っている。

慶應大での研究としては、デジタルデータとAIを用いた精神症状の定量化の研究を進めている。精神疾患にはバイオマーカーが少ない。そこで表情や音声、体動などの生体データをウェアラブルのデジタルデバイスで24時間連続して取得して、アルゴリズムで精神症状を定量化することを目指している。

田澤氏は、特にウェアラブルデバイスを用いた日常生活のモニタリングを担当している。TDKの「Slimee」という活動量計を使うことで、非侵襲で24時間患者のモニタリングを行う。数値データなので従来の面談評価よりも客観的なデータが取れる。安価で、実際の一般臨床現場でも使いやすい。このデバイスを用いた研究で高い精度でのうつ状態の判定や重症度評価の実現を試みているという。

ウェアラブルデバイスで取得したデータ量は膨大で、扱う特徴量は最大で160程度になる。約60人の計3000日分について、それぞれ歩数や睡眠量、心拍、紫外線量などのデータを取得し、それらの平均値や分散、相関など、通常は63種類の特徴を扱っており、掛け合わせると2億7千個もの数値を用いたモデルを扱っていることになる。

この生データを見ただけでは、うつ病かどうかは医師には判別できないので、機械学習を用いて分析する。田澤氏は、機械学習を使っている上で課題と感じていることは、「これだけの判定精度を出しているが、データを見せられても、なぜAIが判定できているのかわからないこと」だと述べた。これはAIの根本的課題の一つだと感じているという。

従来の医学統計と機械学習の違い

田澤氏は、「医学統計とAI(機械学習)は、どちらも統計学をバックグラウンドとしているので被っている部分もあるが、違う部分もある」と続けた。従来の統計では通常扱う変数は少数で、臨床上は変数の意義を解釈することが重要視されている。

一方、そもそもAIは判定を行うという実用上の用途のために開発されることが多く、扱う変数の臨床上の意義はAIにとっては重要視されない。AIを活用するほど複雑な変数を基にモデルを作ろうとするなら、各変数の意味は通常は解釈が難しい場合が多い。いわゆる「AIのブラックボックス問題」だ。

現場の医師に納得感を持って使ってもらえるか

開発者が取り得る対策の一つとしては、なぜAIが見分けられるのか、別の方法で再検証することになる。実用化の上では、「成立根拠が理解できないモデルを医師は臨床で安心して使用できるか」という課題がある。医療現場でAIが間違えると医師の責任問題に発展し得る。一方で、モデルが簡単に理解できるのであれば、普通の統計解析でも十分だったのではないかとなる。このバランスが臨床に用いるAIを開発する上での問題だと田澤氏は指摘した。

複雑な解析をしないとAIを使う意味がないが、解釈が難しいと納得感が得づらく、臨床で広まらない。その納得感をどう作るか。サービス実装上はそれが大きな課題であり、「AIを活用するためには、研究開発の前から、臨床医の実用目線で納得感を持って使えるようなUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)の検討まで行うべきだ。その上でどんなデータを取っていくかが重要だ」と述べた。

簡単なシステムで患者待ち時間の最適化は可能

田澤氏は最後に開業医の立場からMIZENクリニックで使っている問診システムについて紹介した。普通の診療所は来院までにどんな患者がいつ来るかわからない。これは診療所のマネジメント上の課題である。患者の待ち時間の長さにもつながってくる。また疾患管理リスクも高い。

田澤氏の診療所は夜間診療中心のため患者は20代から50代が多く、院外から問診票をスマホで入れてもらって、来る前から医師の手元に受診情報がある状態で来院するので、診療時間がどの程度になるか、いつ来院すると待ち時間が一番少ないのか事前に予測ができる。

田澤氏の診療所では、ウェブ問診システム「MELP」を開発した吉永和貴氏が、その前身として開発したシステムを使っている。入力には患者はクリックするだけでいい。重要なことは陰性初見が一目でわかること。それを自動的にテキストとして吐き出して、電子カルテに貼り付けることもできる。

同時に、問診内容の主訴によってパラメーターが変わる計算式を入れたシステムをタイムマネジメントに用いている。このシステムは非常に便利だとのこと。田澤氏の診療所の平均在院時間は10分程度だが、患者の待ち時間も自動で計算されて最適化されるので、待ち時間は最小で、最大数を診療することが実現しているという。

これにはAI技術は全く使われてない。田澤氏は「AIを活用して、たとえば稀な疾患を見つけたりすることは便利だが、他にも臨床現場には多くの問題がある。それらの課題の解決は低コストなシステムでも十分に解決可能な場合も多い。」と述べた。

どんなメリットを医療従事者/患者に与えたいのか

AIに高い開発費をかけると診療所側の費用負担が多くなってしまい、その結果広まりづらいものになってしまう可能性がある。しかしながらAIを使う必要がないようなものも多く、エビデンスが少なかったり、月額費用が高いのに保険点数がつかないため赤字になっていたり、使用する際にネットワーク上の問題があることもある。そもそも医師のあいだに「AIとは何か」という基本的な理解も広がっていない。「実際にサービスを開発して医療機関に導入していくためには、それぞれの課題に対してどのような解決策を盛り込んでいくかが重要だ」と述べた。

そして「研究面としてはAIは期待値が高く、今後、様々な解析で画期的な新事実がわかったりするだろうが臨床面では導入面のハードルは高い」と課題を改めて指摘した。また、「これならAIは不要なのではないかとか、AIを持ち出すことでコストが不要に高くなることも少なくない。」と述べて、「研究開発前からどの領域でどんなメリットを医療従事者/患者に与えたいのかを考えた上でサービス事業開発をするのが臨床で本当に使えるものにするには重要だと思う」と講演を締めくくった。

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講演後には、東京大学政策ビジョン研究センター特任講師の江間有沙氏、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター ヘルスケア・データ政策プロジェクト長の藤田卓仙氏を交えてのパネルディスカッションが行われた。

森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

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