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血液腫瘍でAIの判断、8割が専門医と一致―東京大学医科学研究所特任准教授の湯地晃一郎氏講演レポート

2019年3月4日(月)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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東京大学政策ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年2月16日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第4回「ゲノム医療とAI」に、東京大学医科学研究所特任准教授の湯地晃一郎氏が登壇し、東大医科研の取り組みを紹介し、AIのゲノム医療利活用の展望を紹介した。(セミナー概要はこちら)。

AIは既に医療に導入されている

東京大学医科学研究所附属病院の湯地晃一郎氏は、東大医科研の取り組みを紹介し、AIのゲノム医療利活用の展望を紹介した。湯地氏はまず「AIは医療領域で既に導入済みだ」と述べた。心電図計や尿分析装置での自動診断がその一例だ。心電図の自動診断は1970年代に実用化され、今では自動診断システムなしでの検診は考えられないほど普及した。診断システムに加え、ICなど周辺機器技術の進歩により、安価で迅速に精度の高い診断が可能になり、医師や技師は他の業務に時間を割けるようになった。

AIと人間の医師の比較に関する総説中では (Topol E. Nat Med 25(1): 44–56, 2019.)、27報が紹介され、唯一日本からは、消化器病学分野で、昭和大学(森悠一先生)・名古屋大学らの大腸内視鏡診断の前向き研究が取り上げられている(Mori Y et al. Ann. Intern. Med 169(6):357–366, 2018. )。一方、米国食品医薬品局(FDA)が承認しているAIアルゴリズムは15種類。糖尿病網膜症を自動診断する「IDx-DR」は、ハードウェアは東京都板橋区の株式会社トプコン 製だが、ソフトウェアは米国製だ。日本では内視鏡ソフトウェアのEndoBrainが2018年12月に医薬品医療機器総合機構(PMDA)による承認を受けている (AIを搭載した大腸内視鏡診断支援ソフトウェア医薬品医療機器等法(薬機法)承認のお知らせ)。

臨床シークエンスの実際

東大医科研において、診断困難な疾患のゲノム変異をAIが見出し、それに応じた薬剤の投与で患者さんを救命できたことが2016年8月に報道され、大きな話題になった。ヒトゲノムシークエンスの解析は次世代シークエンサーの登場以来、価格破壊が起き、いまやシークエンスデータを得るまでであれば10万円以下にまで下がっている。

「臨床シークエンス」とは体細胞とがん細胞から、DNAを抽出し、一人あたり数Gバイトから数百Gバイトのゲノム配列データを得て、数百から数百万の違いを見出し、大量の論文をもとに判断し、解釈結果を主治医にフィードバックすることで、患者さんの診断/治療を支援するものである。パネル検査や全エキソームシークエンスでは数Gバイトから数十Gバイトの、全ゲノムシークエンスでは数百Gバイトのデータが産生される。

東大医科研では2001年から遺伝カウンセリングと遺伝子検査体制が整備されており、がん個別化ゲノム医療の実践体制が整備されている。臨床遺伝専門医である湯地氏のような専門医に加え、生命倫理専門家、スーパーコンピューターを使い解析を行う情報工学者など、多彩な専門家がチームとして取り組んでいる。

解析においては膨大な量のデータが氾濫することになる。論文数も指数関数的に増大しており、完全に人間が読める量ではなくなっている。臨床シークエンスを行うと膨大なデータが生み出され、ゲノム変異が見つかる。その変異をいかに解釈し翻訳して、臨床側にフィードバックするかがボトルネックになっている。例えば、がんと関連する体細胞変異の情報を集積したデータベース「COSMIC.(Catalogue Of Somatic Mutations In Cancer.)」には、約3万報の論文からキュレーションされた 600万の変異情報が登録されている。だがこれらをいちいち人間の目で確認することは不可能だ。

IBM Watsonの活用

東大医科研では、IBM Watsonを2015年7月より利用している。IBM Watsonは2011年に人間のクイズ王に勝利したことで有名になったQAシステムで、2014年に事業化された。IBM Watson Healthは、文献解析、臨床検査の解析、がん治療の解析、ゲノミクス情報の解析、治験エントリーの解析など、様々なサービスを包含している。IBM Watson for Genomics (WfG) には、ゲノムデータベース、医学論文・学術出版物、臨床ガイドライン、化合物データベース、臨床試験情報、FDA承認薬情報など、様々な情報が格納されている。利用者が、患者の基本情報と遺伝子の変異リスト、遺伝子発現リストなどを登録すると、数分のうちにドライバー変異の一覧、対応する承認薬・未承認薬・適応外薬剤に関する臨床試験情報などを得ることができる。

がん患者の、正常細胞とがん細胞のシークエンスデータをスパコンによって解析すると、がん細胞で生じている数千から数百万の変異が見つかる。従来はこれを、専門医が解析し、解釈していたわけだが、この部分にAIを使うことで、飛躍的に速度と精度を高めて、効果が期待できる薬剤を探り当てることができるというわけだ。熟練した専門医が約1-2週間かかる作業の速度を、WfGを使うことで10分以下に短縮することができる。速度と網羅性においてAIは人を上回っている。

湯地氏は実例を示した。現在、臨床シークエンスは3.25日と、専門医のみが解析していたときと比較すると考えられないくらいの短い日数で実施可能になっている。隔週で各種専門家34人が会議 (tumor board)を行っており、臨床側に解釈の結果をフィードバックしている。

AI活用で難治性の症例の治療に成功

さらに具体的な症例を二つ紹介した。1例目は皮膚T細胞リンパ腫の症例で、全エキソーム解析を実施しドライバー変異は見つかったものの、介入可能な薬剤は見つからなかった。なお解析に要した時間は、専門医が1週間、WfGが5分だったという。

そこで全エキソーム、RNAを組み合わせたマルチオミックス解析を実施したところ、アクショナブルな候補薬剤が専門医では8剤、WfGでは11剤見つかった。解釈検討の結果、専門医が1個の遺伝子異常に対する標的治療を行ったところ、難治性腫瘤が治療薬剤投与により消失したとのことである。

2例目は急性骨髄性白血病の症例だ。全ゲノムシークエンスを行ったところ約8000個の変異が見つかり、WfGで解析したところ、専門医とWfGの解釈結果が一致した。新規の融合遺伝子が同定され、これにより特定シグナル経路の活性化が生じることから、この変異が病的であると解釈された。この特定シグナル経路を抑制する薬剤が投与され、腫瘍細胞は減少し完全寛解に至った。さらには、2つの遺伝子の融合遺伝子に対して、新たに融合遺伝子モニタリングアッセイ系が作成され、デジタルPCRアッセイ系の確立によって、治療効果の判定・再発予測に利用することができた。

診療プロセスは、診察、検査、診断、治療から構成され、診断仮説形成、治療戦略立案と進むが、湯地氏は上記の2例で、診断仮説形成、治療戦略立案において、AIが医師の支援を行っていることを具体的に紹介した。

2年間でのWatson for Genomics (WfG) の進化

AIの支援には、2016年と2018年ではだいぶ違いが出てきたという。専門医の判断とWfGの判断を比較すると、2016年時点では専門医しか検出できなかった変異や、WfGの判断の誤りが散見された。だが近年、WfG側に教育を行ったことで、WfGの誤りはかなり少なくなり、さらに新たな変異も検出されるようになった。

血液腫瘍疾患の186例での比較検討では、一致率は79%であった。専門医のみ、WfGのみが提示した変異について検討すると、専門医のみには、WfGが臨床的意義不明(VUS: variants of unknown significance)と判断した変異及びWfGの学習が必要だった変異が含まれ、一方、WfGのみには、ドライバー変異として証拠不足なもの、SNPs、そして、専門医の見逃しと考えられる変異が含まれていた。見逃し防止にAIは有用であることが示唆された。

さらに詳細な検討では、WfGによって提示され、専門医が新たに治療候補として追加した薬剤が複数症例で認められたことから、AIは専門医に新たな知識を提供できると考えられた。

WfGの薬剤候補は米国FDAの承認薬、未承認薬に基づき提示される。この薬剤候補を、日本人の患者さんにどのように提供していくかは重要な課題である。そこで東大医科研では、日本国内の臨床試験登録データベースに基づき、国内未承認薬についての臨床試験情報を提示するシステムを構築済である。AI提示結果に対する治療手段のアクセスを、患者さんにどう提供するかは、今後ますます重要となると湯地氏は述べた。

今後の展望 ゲノム情報とAIの組み合わせ

疾病は環境要因と遺伝要因から生じる。環境要因とは喫煙や飲酒、食事、運動などだ。それらが遺伝要因と組み合わさることで、がんなどの疾病という表現型が生じる。昨年、衝撃的な論文がNature Medicineに発表された(Coudray N et al. Nat Med 24:1559-1567, 2018.)。がん組織の染色画像から組織型と遺伝子型が予測できるという論文だ。組織型だけでなく6遺伝子(STK11, EGFR, FAT1, SETBP1, KRAS and TP53)の遺伝子変異の予測が可能というものである。病理画像から遺伝子変異が予測できるとすると、EGFR-TKIなど、遺伝子変異に基づく薬剤による精密医療が非常に容易になるため、インパクトは大きい。

ゲノム研究におけるAIの利用例として、大阪大学の岡田随象教授のNature Geneticsの論文が紹介された(Hirata J et al, Nat Genet, in press. doi:10.1038/s41588-018-0336-0.。次世代シークエンス技術を使って得たヒト白血球抗原(HLA)のゲノム配列情報に対して機械学習を適用することで、日本人集団のHLAは11パターンの組み合わせに分類できることが明らかになった。また東大医科研内のバイオバンク・ジャパン試料・データを用いて、日本人集団17万人のゲノムデータを対象にしたフェノムワイド関連研究 (PheWAS) が実施され、白血球の血液型の個人差が、病気や量的形質を含む50以上の表現型に関わることが示された。「このようなゲノム研究領域におけるAIの利用は今後ますます進んでくる」と湯地氏は述べた。

今後、ゲノム情報、マイクロバイオーム情報、表現型情報など、様々なマルチモーダル情報が、アルゴリズム解析されることで、精密医療がますます実現に近づくことが予測される。だが一方たとえば自動車の「レベル5(完全自動運転)」のような、AIが人間の介在なしに診断・治療を実施可能になるかというと「すぐには実現しないと考えている」と湯地氏は述べた。医療行為はあまりにリスクが高く、責任が大きい行為だからだ。2018年12月19日に、厚労省は通知(医政医発1219第1号)を発出した(人工知能(AI)を用いた診断、治療等の支援を行うプログラムの利用と医師法第17条の規定との関係について)。

通知では「AIを用いた診断・治療支援を行うプログラムを利用して診療を行う場合についても、診断、治療等を行う主体は医師であり、医師はその最終的な判断の責任を負うこととなり、当該診療は医師法(1948年法律第201号)第17条の医業として行われるもの」と記載されており、「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定める医師法17条との関係を整理している。本通知は東大医科研の横山和明助教を主任研究者とする厚生労働研究(AI等を用いた診療支援に関する研究)を元に纏められ、湯地氏も分担研究者として参画した。

今後、AIを使うことで様々な課題も出てくる。法律、規制当局、個人情報保護と利活用などである。湯地氏は「国際的な規制調和も重要だ」と強調した。一度デジタル化されたゲノムを含む医療情報には容易に国境を超えるためだ。そして「米国と中国の間では現在、先端技術を巡り様々な摩擦が起きている。AIはその最たる例であり (Thomson N and Bremmer I. The AI Cold War That Threatens Us All. Wired. 2018.10.23.) 、ゲノム研究においても同様だ (坂田亮太郎. 米中NGS戦争は勃発するか? 日経バイオテク 2019.2.19. )。日本が世界の趨勢を知らずガラパゴス化していくことで『ジャパン・パッシング』されることを強く危惧している」と締めくくった。

森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

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