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内視鏡診断支援AI、医師の教育ツールにも有効ー日本消化器内視鏡学会の田中聖人氏講演レポート

2019年7月2日(火)

東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。

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東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年6月15日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第6回シンポジム「医療AIの臨床への実装とトラスト」に京都第二赤十字病院の内科部長/院長補佐の田中聖人氏が登壇し、「日本消化器内視鏡学会におけるAIの取り組み」と題して講演した。田中氏が特別理事長補佐を務める日本消化器内視鏡学会が進める取り組みを中心に、消化器の領域での内視鏡AIの研究開発や、開発を通じて気付いた点や課題などについて話した。

田中氏は約10年前に、病院の看護師の代わりにと開発した薬を運ぶロボットの話から始めた。このロボットはPHSを使ってエレベーターと通信して各フロアを移動可能なところまで開発していたが、公的資金が切れることで、開発中止をせざるを得なくなり、ロボットも動かせなくなった。そしてこのロボットは現在、クリスマスの時期に看護学生がクリスマスキャロルを披露する時の指揮者になっているという。現在、研究開発が進められている様々なAI機器がこのロボットのような末路を辿ることになってはいけない、と強調した。

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講演冒頭で、飾り付けられたロボットの写真を示す田中氏。

情報系研究者との議論から課題に気付く

日本消化器内視鏡学会では内視鏡に関連するあらゆる情報を集めてテキストベースの巨大データベースを構築する「JEDプロジェクト」を進めており、これに加えて画像情報収集の仕組み作りに着手してすでに172万枚の画像を集めている。

その中で、田中氏は共同研究先の国立情報学研究所(NII)の情報系研究者らとインタラクティブな議論ができたことが内視鏡AIの研究開発を続ける上で課題に気付くきっかけとなるなど、メリットが大きかったと振り返る。例えば、病変のデータを集めると、AIの教育のためには正常な場合のデータも必要と指摘された。変更があるたびに倫理委員会を通す必要が生じたという。

こうした経験を通じ、研究をスムーズに進めるためにどうするか、また、研究としては進めることができたとしてもその後の商用展開をどうするか、法的な制約がこれからの問題として残っているという。一方で、県立病院、大学病院、そして市中の病院から、フォーマットや用語が統一された画像付きの大量のデータがサーバーに集約されるようになったことの意味は非常に大きいとした。情報基盤ができたことがAI開発そのものよりも重要なことだと考えているという。

煩雑な倫理手続きに対応へ

現状の方法論では研究テーマや対象の画像群の変更のたびに倫理的な手続きが必要になるため、多くの施設と協力して研究に取り組む場合、手続きの工数も増える。そこで、学会ではまず先行画像提供施設を策定、先に倫理委員会の承認を得たうえで、多数の画像を集めてある程度自由なトライアルを行うことにした。その中で研究の方向性やアルゴリズムを決めてから他の施設にも必要な倫理書類を一斉に配布し、倫理委員会の了承が得られたところから研究に参加してもらうという形にしている。このように大量の画像を集めるために戦略を練る必要があるという。

日本消化器内視鏡学会のAIプロジェクトでは昨年から内視鏡AIに関連した7領域の研究開発を進めているが、田中氏は自身が「4D」と名付けた注力4分野について説明した。病変を見つけるdetection、診断の中でも特に質的診断や鑑別診断に当たるdifferential diagnosis、画像を撮影時の逸脱管理のdeviation monitoring、そしてデバイス開発のdeviceだ。病変検出のdetectionについては胃がんから着手しており、AIの教育に使うデータを増やしていくと確かにAIは賢くなっていくという手応えが得られているという。一般的に普及している内視鏡で撮影した画像に対応できるように研究を進めているとした。

アノテーション用ソフトを開発

ただ、detectionの研究を始めてから様々な課題に直面しているという。例えば、学会では医師が使う用語の標準化プロジェクトにも取り組んでいて、日常診断で診るうちの3%以下の病変名については「その他」とすることにしたが、それでも多数の病名をAIに学習させなければがんを見分けることができない。そのため、画像の中の病変に1つずつ印を付ける地道なアノテーション作業が必要になる。

そこで、国立がんセンター東病院の研究者らと内視鏡で撮った大腸ポリープの画像が各医療機関のファイリングシステムに保存されて病変について記述する時にアノテーションもできるようにソフトを開発した。こうしてAIの教育に利用できるデータを集め、その後、教育したAIを病変の推測に使ってみると、95%以上の精度で大腸ポリープを見つけられるようになったという。このようなソフトを、普通の医師がインターネット上で見つけられるパーツを集めて開発したという点にも田中氏は驚いたという。

AIは医師向け教育ツールに有効

質的診断については、今後登場するであろう様々なAI医療機器の評価手法の開発や、医師向けの教育ツールの開発について話した。例えば胃がんは様々な種類があるが、熟練の内視鏡医ではほぼ全て適切に診断できるという。AIも同等の精度が発揮できなければ意味がないため、全国の医療機関で内視鏡で撮影した画像に病理情報をつけて、AIの教育用の画像として活用している。ただ、それだけではなく、せっかく集まった高品質なデータを学会が標準化データセットとしてまとめ、AI医療機器を客観的に評価するためのセットにすることも考えているという。

また、画像中の病変の病名は分かっているので、学会では逆引きの索引がある診断クイズができる教育ツールも作成しているという。協力をいただけるHigh Volume CenterからAIのアルゴリズム開発用の後ろ向きデータセットをまずは集め、その後は前向きのデータを収集したデータベースの構築を進める予定だが、こうした質的診断のためのツールの開発も進めていくとした。

AIで複数画像を統合し、診断へ

もう1つ、質的診断を実現するために進めているのが、AIを使った複数画像統合診断を目指した取り組みだ。病変によっては特定の臓器の部位の画像で診断することになるが、潰瘍性大腸炎のような炎症性腸疾患(IBD)は広範囲に症状があり、多数の画像を統合して診断することになる。そのため、AIを活用できるようにするためには、多数の画像がそれぞれ大腸のどの部位のものなのかの情報も必要だが、専門家でも見分けることが難しい場合もあるという。そこで、病変の画像を収集する時に、部位の構造的な特徴も別のパラメータとして教師画像に含めると、症状と部位あるいは臓器という2つのパラメータを統合できるということが分かってきたという。

こうした部位認識に活用するために、田中氏はクラスタリングの技術に現在着目しているという。これまでは画像を近いものと全く異なるものの2つに分けていたが、やや近いものも集められるようにしてクラスタリングの精度を上げる手法で九州大学のチームと連携している。

画像の特徴量を見直す再学習ではあまり効果がなかったが、内視鏡で撮影した動画は撮る順番が決まっているため、時系列情報を使った内視鏡画像列分割によって、画像がどの部位のものかをAIが推定できるようになる可能性があるとみている。時系列セグメンテーション問題として定式化することによって、より詳細な部位分類ができると田中氏は期待している。

十二指腸乳頭の内視鏡画像から治療難易度判定

実際に田中氏らは十二指腸乳頭の内視鏡画像にクラスタリングの技術を適用した。胆膵内視鏡では内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)という手技があり、石が見つかったら除去するという処置を行っているが、メリットが大きい一方で内視鏡を使う手技の中では比較的リスクが伴うものだという。そこで、胆膵内視鏡で最初に診る乳頭の画像を集めて、治療の難易度や偶発症の有無、手技にかかった時間などのテキストデータと合わせて、これまでの猪俣分類とは異なるAIによる新しい分類を試みている。乳頭の形によって治療時間がかかるもの、出血しやすい場合などのリスク因子を予測し、治療の際の注意点が分かるようになる。このように、画像だけではなくJEDプロジェクトで集積しているような付帯するテキスト情報をどのように活用するかも重要なテーマだと田中氏はいう。

画像を撮影時の逸脱管理のdeviation monitoringでは、昨年、胃の内視鏡画像から部位を特定するエンジンを開発したという。2万枚の画像を集めて31分類をAIに学習させたところ、高精度に分類を推測できるようになったが、中には苦手とする分類があることが判明した。そこで正しく分類できなかったものを集めてもう一度この画像をクラスタリングしてからAIに教えるということを繰り返したところ、90%以上の確率で画像から胃のどこの部分かわかるようになってきたという。この技術は最終的には2次読影に役立てることができると田中氏は見ている。

人間の思考回路を分解して機械に出していく

内視鏡を使い慣れていない医師が操作する場合、専門医が見落としがないかを確認するが、この工程は1次読影の医師に対してどんな画像を撮り忘れているかなどを指摘する教育的な役割が強い。開発を進めているAIを組み合わせて使えば、病変のdetectionがAIによってサポートされ、クラスタリングによって臓器のどこの部分の画像を撮影したかも分かり、さらには不足している部位の画像がどこなのかということを指摘できるようになる。

ここまでできればAIが医師の診察をダブルチェックする役割を担うことに抵抗を感じる人が少なくなるのではないかと田中氏は期待する。内視鏡の使い方は、これまで指導者の「背中を見て」覚えていくという側面が強く、言葉で説明されることが少なかったという。そこへ新たに登場したAIを活用するために、時間はかかったが人間の思考回路を分解して機械に出していくということが必要になった。田中氏は人間の思考回路を出していかなければ何も開発が進まないことを実感したことが重要な経験になったとした。

臨床現場でのデータ収集容易にするツール開発

こうしたAIプロジェクトの一連の取り組みを進めるために、日々の臨床の現場でのデータ収集を容易にするための様々なツールの開発も進めているという。例えば画像の上でがんの範囲に印をつける場合、これまでは境界線を指し示すように小さな矢印を並べていた。それをもっと簡単にベジェ曲線で囲むだけで済むように、内視鏡ファイリングベンダーにソフトを作ってもらったという。また、アノテーションソフトでも、これまでは病変を矩形で囲まなければいけなかったが、こうした病変を曲線で囲む機能に加えてラベリング機能も付けた新しいソフトを開発し、クラスタリングにも応用できるようにした。こうしたソフトは、アノテーションに苦労している血液内科など他の専門領域の医師にも無償で提供しているという。

内視鏡の領域では画像と合わせてJEDプロジェクトで集積しているような構造化された用語が使用されて、パラメータが標準化されたテキストデータが揃っていることが大事だが、医療機関で利用されているファイリングシステムではこの2つがうまく紐付けされていない場合がある。そこで、学会のプロジェクトの1つとしてファイリングシステムのメーカーと協力して、構造化と標準化がされたテキストデータと病理のデータをリスト化でき、合致する画像を合わせて出力できる仕組みを今作っているという。

また、患者のIDを使って、こうした情報をリンクさせてから匿名化をするというプログラムも開発した。テキストのデータベースから欲しい情報を探し出して、該当する画像を抽出するということができれば、AIの教育にも使いやすい。このような使い勝手の向上を進めなければ、掛け声だけでは確実なデータは集まってこないという。使いやすいプログラムを配布し、AIの普及に取り組んでいる。

非構造化データを有効活用

研究を進める中で、田中氏が特に最近興味を持っているのが非構造化データの有効利用だという。内視鏡で撮影された病変について病理医がテキスト入力するが、改行が入っていたりするなどテキストデータとして使いにくい。こうした病理のテキストはある程度構造が決まっているため、自然言語解析の手法で構造化できるプログラムの開発にも病理学会とともに取り組んでいるという。完成したら無償で配布する予定で、確実な病理データが付いた内視鏡のデータを検索して抽出できるようになるので、さらにAIの研究開発にデータが使えるようになると見ている。

そのほかにも内視鏡レポートの標準化とISOの取得や、統合診療情報の構築に向けた取り組みもあるという。医薬品についているバーコードや、内視鏡についているRFIDタグ、看護師が入力した患者の様子、薬剤の流量を記録するスマートポンプなどから、どんな薬をどれくらい使ったか、内視鏡はいつ誰が洗浄したかといったさまざまな情報を得ることができる。こうしたありとあらゆるデータを集めて、大きなデータベースにすることを考えているという。

根幹にあるのは診療のデキストデータを集めたJEDで、AI用に画像も加えたenhanced JED、薬や機材などの他の情報もまとめたintegrated JEDという形で、情報を統合してできるだけ広い領域に使えるAIを作っていく。学会では華々しいことができるわけではないが、ガイドラインなどを設定することで多くの医師に協力を呼びかけることができるため、AIの研究を促進できるような基盤作りを引き続き進めていきたいとした。

鴻知佳子

鴻知佳子 ライター

大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。

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