東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。
東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部は在日フランス大使館科学技術部と2019年9月27日に医療×AIセミナーシリーズ第9回「AI時代の医療とトラスト:日仏哲学対話」を開催した。日仏の医療制度の現状と課題、特に医療での個人情報の活用と規制について、両国の専門家が対話した。
4人目の国立病院機構東京医療センターの尾藤誠司氏は、「『アルゴリズム医療』が実装された診察室における患者と専門家の在り方」と題して講演した。尾藤氏が研究代表を務める科学技術振興機構(JST)のプロジェクト「『内省と対話によって変容し続ける自己』に関するヘルスケアからの提案」(プロジェクトのサイト『うまくいかないからだとこころ』を参照)の研究に基づき、内科医として診察室の現場にいる実感を踏まえて、人工知能(AI)などの新技術の浸透によって医師の役割がどう変わっていくと考えられるか、自身の考える未来について話した。
病院で働いていて、尾藤氏は病院はディストピアだと感じるという(尾藤氏のコラム『“病院”は未来の“ディストピア”の予見空間かもしれない』参照)。病院にはCTやMRI、エコー、採血などいろんな検査技術があり、一歩病院に足を踏み入れた患者は様々な情報を搾取されていく。ルーティン検査と呼ばれるものによって知らないうちに健康情報が吸い出されて解析され、突然将来についての宣告を受ける。血糖値の厳格な管理のための食事管理や薬の内服を続けなければ脳梗塞で半身不随になるなど、脅しに近いようなインフォメーションが突きつけられる。自分の体内の微細な血管がいかに詰まりやすいかなど、自分でも知らなかった情報、リスキーな自分を突きつけられ、そして医師は、こうしたリスクがある人は将来的にどんな危機があるかの事実を続けて提示する(尾藤氏のコラム『研究ノート:情報化される個人の現在と未来【前編】ー不確実性とともに個人を「診断」し、個人の未来を「予言」すること』参照)。
医師や看護師は「事実」を提示しているが、尾藤氏はここに「マジック」もしくは「呪いの呪文」が隠されていると表現する。リスキーな現在と未来の可能性をつなげることで、医療の論理に沿って患者の考え方を誘導するというのだ。だが、これまでは患者と医療者の関係性の中で情報のやりとりがあったが、コンピュターの発達によって第3のインフォメーション発信の端末が出てきたことになる。こうした状況でどんなことが起きるのか、これまで研究してきた。
全ての情報は単に事実を提供しているのではなくてメッセージも含まれている。例えばテレビの天気予報で見ている人に傘を持っていくことをアドバイスすると、天気予報の正確性を信頼し、また、雨に濡れたくないという思いとのズレもないため、素直に言う通りにする人は多い。だがそれが天気予報ではなく占いに左右される人になるとどこか不安な印象になる。では、クリニカル・プラクティス・ガイドラインに沿ってリスクグループに分類され、将来の病気を避けるために現在の健康的な生活について提案があった場合、人はどうするだろうか。インフォメーションのマジックはこういうところになると尾藤氏は感じるという。さらに個人のゲノム情報や詳細な医療情報に沿って何か治療法を提示された時、どこまで自主的な決断ができるのだろうか。
こうした関心に沿って研究を進めて、開発したのが「知恵の木の実システム」だという。アダムとイブが知恵の木の実を食べた時に何を得たのかを理論的に解析するというような意味を込めた名称のシステムになっている。情報を受け取ることや知ることは理解することでもあるが、自分の認識に価値付けをして自分の中の規範や価値観が書き換えられていくことでもあると尾藤氏は考えているという。ただ、認識が変わって価値が揺らぐ時、葛藤が生まれる。例えばがんで手術が必要だと言われると、誰しも葛藤する。この葛藤は、人生の一つのプロセスでもあり、苦しみでもあるが、人生の歩みを進めていくためのエネルギーにもなりうる。自己は書き換えられていくのはいいことでもあり、不安なことであるが、この不安とどう向き合うかをテーマにしていたという(尾藤氏のコラム『ポスト安心希求社会での個人と社会のあり方【中編】:「知る」ことと「自己変容」との関係』参照)。
価値付けが外からされている情報は、医療を含めて様々にある。こうした外側の価値に振り回されないようにしましょうとは言える。ただ、手術で治る可能性があると言われた時、この情報をどう受け止めるか、意識付けをしていくというのがこれからの人間のスキルになっていくのではないかと尾藤氏は推測した。
診察室で医者は、患者に「風邪ですね」というようなことを言う。だが、風邪と診断するのは、結核や肺炎などのような深刻な病気ではなく、3日後には回復するような何かしらの体調不良をまとめたようなものだという。こうしたまとめ方は不誠実かもしれないが、内科医の役目であると考えているという。ただ、内科医の仕事の一端にパターナリズムがあり、パターナリズムを否定すると思考停止に陥るかもしれない。また、ゴールに向かうプロセスが実はゴールだったということがあるように、医療では苦痛を和らげることと寿命を延ばすこと、あるいは苦痛とともに生きることがゴールになることがある。家族が患者のために出来る限りのことをしてあげたいと言っている時、医師や看護師、ソーシャルワーカーで文脈と意味は変わることがある。こうしたことも含めて患者は葛藤の材料にすることも必要で、一方のヘルスプロフェッショナルは文脈や感情を理解して患者の葛藤を支える役割に変わっていくのではないかと考えているという。
鴻知佳子 ライター
大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。