東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。
東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年6月15日に開催した医療×AIセミナーシリーズ第6回シンポジム「医療AIの臨床への実装とトラスト」にただともひろ胃腸肛門科の院長で、AIメディカルサービスの代表取締役会長・CEOでもある多田智裕氏が登壇し、「消化器内視鏡診断支援の取り組み」と題して講演した。多田氏のチームが進める、診断支援が可能な内視鏡AIの研究開発の現状について紹介した。
医療現場での利用を考えた様々なAI機器の研究開発が進められているが、AI(人工知能)が最も得意とする画像診断支援の分野から普及していくと、多田氏は今後の展開について言及した。中でも日本企業3社が世界7割のシェアを占める内視鏡の分野は医師の技術も世界最高レベルにあり、内視鏡AIで日本の強みを発揮できる可能性が高いという。5月18~21日にサンディエゴで開催された世界最大級の消化器関連の学会である、第50回「Digestive Disease Week (DDW)」で内視鏡AIをテーマとする講演は日本勢が半分以上を占めた。多田氏のチームも12演題を発表し、1つが学会の最高賞Best of DDWを受賞した。消化器内視鏡は日本発で世界を制する可能性がある唯一といってもいい分野だと多田氏は強調した。
2019年3月、オリンパスの超拡大内視鏡専用のAI「エンドブレイン」が発売された。ただ、これはまだ始まりに過ぎないという。このAIは超拡大内視鏡向けだが、超拡大内視鏡は一本800万円する非常に高価なもので普及率はまだ1%未満。国内でも200本前後しかまだ利用されていない。今後は通常の内視鏡で使えるAIが主戦場になってくると多田氏は見ている。
一方で社会実装となると、新聞ではキャッチーな「医者 vs AI」と見出しを打つこともあり、医者とAIが手を組むことでより良い医療が実現できるようになるということがもっと理解されるべきだという。少しずつこうした形で最近の動向を伝える新聞社も出てきており、理解されつつあるのかもしれないとした。今後もAIは医療現場にどんどん進出し、画像診断や検査の解釈、治療方針決定のサポート、鑑別診断のサポートなどを担うようになる。医者にとってAIは、例えばスマートフォンやインターネットのように便利な道具であり、グーグル翻訳を使いこなせる人とそうではない人で差がつくように、これからはAIを道具として使いこなせるかどうかで差がついてしまうようになる、と多田氏は指摘した。
AIは人の知能をコンピューターに再現したもので、ディープラーニング、ビッグデータ、そして高性能GPUが揃ったことで第4次産業革命が起きると表現されたり、人類最後の発明と言われたりする。ディープラーニングは繰り返しの学習が可能で、例えばがんの画像を間違えてポリープと判定したら正しくがんを認識できる回路ができるまで何回でも教えられる。人のものno 覚え方と同じ方式でAIで学ぶので、これまでのように検出してほしい特徴量のコードを人が書いて入力する必要がなくなった。しっかりとしたデータを与えれば、AIが特徴を確認する。画像認識のコンテストでも、ディープラーニングを使うと機械は数パーセント程度しか判別ミスをしなくなっている。一般人の5%の間違い率なので、2015年には画像認識ですでに機械が人を超えたというのがAIの研究者の間では常識として認められているという。
AIでできることは基本的には2つ。例えば画像の中に胃がんがありますよと印をつけて教えるdetectionと、ピロリ菌の有無を判定するような鑑別のclassificationだ。最新の研究では、detectionの一部とも言えるがsegmentationもできるようになってきていて、矩形の印で病変の周りを囲むのではなく、ピクセル単位で病変の境界線を示す、ということが可能になってきているという。
こうした技術を活用して多田氏は内視鏡AIの研究開発を進めているが、現時点で国内の68施設の協力を得ているという。そして内視鏡で捉えた静止画ではなく動画を使ったリアルタイムの支援技術に取り組むために、昨年ぐらいからデータ収集の対象を変えたという。すでに数万回分の検査データを集めており、制作したプロトタイプのAIの精度を上げていくための教育を行っているところだという。胃がん、大腸がん、食道がんの順番でAIの開発に取り組み、他の研究グループが追いつけない精度を今年9月に実現し、年内に治験を始める予定だ。
ピロリ菌の有無の判定では、1700人から収集し33万ものデータをディープラーニングによってAIに学ばせたところ、医者の平均的な精度を上回るところまで実現できているという。胃がんでも多田氏のチームは世界初の成果を発表しており、胃がんがどこにあるか、胃炎に紛れて発見が難しい場合もあるが0.02秒で見つけられるという。1万枚の画像で学習をしたプロトタイプのAIと専門医70人がそれぞれ200枚の胃がんの画像が含まれる3000枚の内視鏡画像の判定をしたところ、専門医でもがんの画像を6割、非専門医になると約半分しか見つけられなかった。一方で、AIは数人の医師しか見つけられなかった発見が難しい早期がんも捉え、8割の精度だったという。まだ改良を進めていく余地はあるが、人間の医者と比較するとかなりの精度が実現できるところまできている。
最近の研究は内視鏡AIで病変を拾い上げてさらに鑑別するという方向に進んでいるという。潰瘍とがんの区別が人間の医師でも難しい場合は、AIでも難しいという結果もあるが、AIがリアルタイムでがんka どうかを推測できるようにはなってきている。遠くからではAIもびらんか胃炎と推定してしまうような病変も、近くに寄って正しくがんだと予測できるという。AIも人間と同じように遠目で病変がありそうだと目星をつけて近づいてより詳しくて見てから推定をしているようだと多田氏は見ている。
また、食道がん向けのAIでは、通常の白色光ではなく光の波長を変えて狭帯域光観察(NBI)を使ってAIも病変を認識しやすくする研究もある。病変から遠すぎたり、病変が一部しか画面に映っていなかったり、周りの炎症が強かったりすると、専門医でも難しいようにAIでも病変の発見が難しいということがあるが、病変を拾い上げることができればかなりの精度で鑑別の支援ができるところまできているという。実際の使い方としては、通常の検査と同じように内視鏡で検査を進めていくと、病変を通過したときにAIが画像を記録してアラートを出すようになる。医師は戻って該当部分を見て近寄って確認し、がんがあることを確認する。こうしてAIは人間が見逃してしまいそうな早期がんを見つけるのを支援してくれるようになることを想定しているという。
鑑別支援の具体例としては、例えば食道がんの場合は内視鏡で切除できるのか、それとも手術で食道を取る必要があるのかというような治療方針の決定をAIが手助けできるようにする研究も進めているという。現状ではAIの推測結果は専門医とほぼ同等の精度を実現できているという。
大腸がんについては様々な研究チームが取り組んでいるが、AIでポリープを見つけるところまではほぼ100%の精度でできるようになってきている。多田氏のチームはその見つけたポリープが腺腫か過形成か、つまりは放置しても問題ないか切除する必要があるのかを見分けるところまで、拾い上げるのと同時にできるようにしようとしている。この研究成果こそがDDWで最高賞をとった演題だ。
通常光以外にも対応したり、拡大内視鏡のズームを使えるようにしたり、数ヶ月おきに登場する新しいアルゴリズムを試したり、より良いAIが開発できるように研究開発を進めているという。様々な臓器に成果を応用し、さらにはカプセル内視鏡の開発にも取り組んでいるという。内視鏡AIは薬事承認まで行けば全世界の医療現場で使われる可能性があるプロダクトだと多田氏は改めて強調した。
医者とAIの関係についても、多田氏は自身の考え方を説明した。AIは確定診断は下さず、確率を出すだけで、患者の気持ちに寄り添って説得するということもなく、単純に画像認識をするだけだ。現状では複数の情報を統合して判断を下せるような汎用型AIはできていない。こうしたことを理解し、現場の医師もAIアレルギーを持たず、AIを活用することでより良い医療を実現しようとするべきだとした。
AIは知の拡張で、実用化の近い内視鏡画像診断補助では患者も高精度な検査を受けられるようになり、検査する側の医師の負担も軽くなる。そして業務効率化に繋がる。こうしたウィンウィンのプロダクトを実現するために、多田氏は単にデータをベンダーに丸投げするのではなく、自らが最終的なプロダクトビジョンや、センス・オブ・オーナーを持っていいAIを作って行きたい、と改めて意気込みを語って締めくくった。
鴻知佳子 ライター
大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。