東京⼤学未来ビジョン研究センター(旧・東京⼤学政策ビジョン研究センター)、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が2019年1月から開催している「医療×AIセミナーシリーズ」のイベントレポートです。
2020年3月26日、医療×AIセミナーシリーズ第11回 シンポジウム「医療現場で本当に価値あるAIを作るために」がオンライン配信形式で行われた。主催は東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部。協力は日本ディープラーニング協会(JDLA)、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IRJ)。
臨床現場でのAI実装を進めるため、AI・ICTの現状の情報共有、課題整理を通じて、医師ら医療関係者、開発者、利用者、政策関与者らステークホルダーの交流をはかってきた医療×AIセミナー。第11回となる今回のシンポジウムでは、医療現場でのAIの開発・実装を行うエンジニアや医療情報関係者、医療現場でのAI活用人材育成に取り組むステークホルダーが参集して講演。話題提供とエコシステムの形成や臨床実装に向けてパネルディスカッションが行われた。
パネルの前に、東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻松尾豊研究室で学術支援専門職員として教育アシスタントをつとめている内田暁氏から「医療ハブ構想」についての話題提供が行われた。「医療ハブ」とは医療・医療周辺へディープラーニング導入を支援するハブで、ディープラーニングを学ぶ機会を医師や医学⽣に提供し、意見交換、相談の場などを設けることで、医療のドメイン知識、現場知識を持つ医師やスタッフと、ディープラーニングの技術者をつなげるハブになり、複雑な産業構造を持つ領域に対しても深層学習の社会実装を進めていこうとしている。根底にあるのは、技術者が医学や医療を学ぶのではなく、医師や医療従事者がAIを学ぶほうが、現場の問題解決においては有用だという考え方だ。
司会からはまず「医療者とエンジニアのエコシステムのあり方」について「目指す姿と現実とのギャップをどう埋めるべきか」という質問が投げられた。NTT東日本関東病院の佐々江龍一郎氏は「医療者もエンジニアも政治家も同じ観点で考えないといけない。医療資源は限りある資源なので有効活用する必要がある。優先順位をつけないといけない。重要なのはどうつけていくか。全て対面診療でやるのは非効率だ。ローリスクの患者に対しては看護師や薬剤師へのタスクシェアが重要」と述べ、医療リソースをどう使うかという視点を再度強調した。どういうゴールに向かっているのか、全体のネットワークを見て意識の統一をして向かっていくことが重要だという。政府決定のほか、医療者もデータについての教育をもっと受けるべきだと指摘した。
医療データの話を受けて東京大学大学院医学系研究科の今井健氏は「それは医療情報学が目指してきたことそのものだ」と受けて、医療情報を含む医療システム全体としてよくなっていく、システム全体で学び、賢くなっていけるものが重要だとした。英国だけでなく日本でも取り組みは進行中だという。
また、富山大学から5人の学生を受け入れて国内インターンシップを行い、東大病院の実際のデータを使って何らかの予測タスクをやってみるという取り組みを行ったと紹介。機械学習の経験がない医師たち、医学知識を持たない工学系の学生たちに1週間で教えながら議論しながら進めていくシステムでやったが「良いかたちで終わることができた。しかもやったら結構できる」ということがわかったと紹介。一番大事なことは「エンジニアと医学系の人が常に対話すること」だったという。その結果、3日目以降に猛烈に成果が出始めたという。「医師に教えたほうが早いという考え方もあるが、逆もあると思った。今は工学系の人が入りづらい現状がある。もっと入りやすい環境ができるんじゃないか。どっちもあると思う」と語った。
東京大学大学院医学系研究科の越野沙織氏は脳動脈瘤の診断システムでのエルピクセルとの薬事承認までの共同研究経験を踏まえてコメントした。越野氏は「私自身はコードが書けるわけではないが医師としてAIがこの病変を見つけているけど、なぜ見つけたのかを指摘することは可能。偽陽性病変の検出についてはエンジニアの人だけではわからない。薬事承認の際にはAIの作用と副作用、偽陽性病変については医師の観点からアドバイスができる。医療の知識とエンジニアの工学知識を両輪で使うことで医療AIの開発ができるのではないか」と述べた。
⽂部科学省の丸⼭浩⽒は、以前は国立大学の職員もしていたことがあると振り返り、「工学部の先生は人の役にたつものを実現したいという気持ちがすごく強い。医療分野に興味がある先生は工学系の先生にもかなりいると思う」と述べた。また、医学教育課のプログラムは基本的には医学部対象だが、工学部の学生を拒むプログラムではないと答えた。たとえば東北大学病院はものづくり企業も中に入れて、一緒に開発に取り組んでいるという。医療資源の観点からも労働人口減少問題についてはAIやデータ活用で対策することが重要だと述べた。
松尾氏は「いくつか重要なことが議論されてない」と述べた。「ICTを医療分野で使うべきなんてことは90年代からずっと言われていた。なぜ進まなかったかというと、言い方は悪いが医師からITは下に見られている。これは他の業界でも同じ。金融でもIT部門は下のほう。ITの人が『こういうことをやろう』といってもなかなか受け入れてもらえない」というのが実情だという。ところが、「ディープラーニングはトップレベルで成果や事例を見せられるし、すごいと思わせる力がある」という。「そうすると『これは使わないといけないんじゃないか』とマインドが変わる」という。その結果、技術が入っていくというのが現実だと指摘した。「根本的にはITのことをすごいと思うか下に見るかなど人間的なところが大きい」と考えており、いまはだいぶ仕事がやりやすくなってきていると感じているという。
いっぽうで「技術を持つ人が、特定ドメインに入って大成功することは難しくなっている。4、5年前はディープラーニングだけで良かったが、いまは各領域の業務知識を非常によく理解している人がテクノロジーを学んで立ち上げるという取り組みのほうが成功例が増えている」と指摘した。そして「それは医療も同じ。技術は学ぶと習得できる。そこから先は深いが、適切な指示を出すことができるようになる。いっぽう業界知識、つまり誰がどういう問題を抱えていて、なぜ解決されないのかといった部分は深い洞察が必要で半年や1年くらいでは学べない。時間がかかるので、医師が学んでくれたほうが早い。これは医療以外のどの領域でもそう」と答えた。
慶應義塾大学の藤田卓仙氏は、主催者の一人として「今までの議論はこれまでもよく出てきた」と述べて「どうやって医療者とエンジニア、ビジネス、デザイナーがどう連携していくか、さらに連携だけではなくコミュニケーションをとってやっていくかが重要だと思っている」と答えた。「医療者の場合は免許更新がないので高齢化が進んでいて、ITはハードルが高い。電子カルテも入ってない人たちにとってそこまでいくのは大変だったが徐々に変わってきている。協業していく上には、いま持っているスキルに対してどういうスキルを持たなければならないのかという議論が必要。チームでやっていくためのコミュニケーションスキルも重要。また、医療には村社会的な側面もある。そういったところは学習したからなんとかなるわけでもないと思う」とコメントした。
松尾氏は「あっというまに習得できるという話があったが僕もそんな印象。従来なぜITをやらなかったかというとITをバカにしていたから。本気でやれば医師の人たちは頭がいいので、勉強すればすぐにできてしまう。本気で理解しようと思ったときの速さはすごいので、医療の分野はそういう意味でもやりやすい」と述べた。
続けて、東京大学未来ビジョン研究センターの江間有沙氏から次の質問として開発段階から臨床実装を行うフェーズに移った時に医師、エンジニアのそれぞれ重視することは何なのかという質問が投げられた。
越野氏は、医師として重視している点として「AIが実際に臨床で使われたときにどういったことが起こるか」だと答えた。放射線科医だけでなく脳外科医など他の診療科の医師たちがAIに対してどう反応するかといったことが気になっているところで、実際にPMDAからも承認にあたっては「放射線科医に対してのデータだけではなく脳外科医だとどうなのか」と問われ、再度、比較試験のデータ提出が求められたという。「臨床応用のハードルは非常に高い。医師にとっても患者にとってもAIを使うには長い時間がかかる。2年以上かかった。アメリカのFDAの例では半年くらいと聞いており、アメリカでは数十も医療AIソフトウェアが出ているが日本はまだまだ遅れていると感じている」と述べた。
佐々江氏は「イギリスでのAIの状況はあまり知らないが、EHRがあるので表現型のデータはかなり揃っていてデータ基盤はできている。それだけだとそんなに価値がないが、本当に価値があるのはゲノムデータと合わせて、どう関連するのかを探るところ。これはすごい価値になる。医療データの価値はすごい。NHSが持っている医療データは5500万人分。もしそれを売るとしたら1人50万円くらいだから、すごい財産になるはず。だからEHRのデータはすごい価値があるもの。医療データベースの構築は重要」と述べた。
司会からは「なぜイギリスではできて、日本ではできないのか」と質問が出た。
佐々江氏は「イギリスでは、医療データは患者のもの。医療機関ではなく患者が持っている。その上でシェアができている。そういったふうにして医療データが誰のものなのかという前提があるから開示しやすくなっているのではないか。だから構造なんじゃないか。あとは政府の関与もあると思う」と答えた。
藤田氏は、イギリスでもオプトアウトしようとしたときに国民からの反対があったことや、ディープマインドなどが解析するという話があったときも国民は置いてきぼりだという議論があったことなどを挙げつつ、「国民の意識として自分たちがかかわるべきという意識が強いのか。国に対する信頼はどのくらいあるのか」と問うた。国に対して信頼が高いか低いかによって、国民への同意をどのくらいとるかは議論があり、日本はイギリスと近いかもしれないが、国民が自立してないかもしれないと考えているという。
佐々江氏は「イギリスでは国に対しての信頼は厚い。誇りみたいなものもあるかもしれない。現実的に考えて、良いことに使われるならノーという人はそんなにいないはず。日本でもそんなにいるのか。想像だが実際にはそんなにいないんじゃないか」と述べた。 イギリスではディープマインドなどの問題があって、それをどうやってまとめるのかということで、NHXという研究機関ハブができて、医療データを使うにあたってのセキュリティポリシーなども決めていく流れになっているという。
日本でも臨床実装をやるハードルはどのへんにあるのか。今井氏は「臨床側、エンジニア側という区分で話をしているわけではなく、ずっと医療によりそってきた一人としてしゃべりたい」と前置きしてから「ディープラーニングが流行る前から機械学習で何かをやるという話はあって、課題は変わってない。少し精度があがったくらい。同じテーマを昔からやっているだけ。では、なぜこんなに使えるようになったかというと、ディープラーニングが民主化したこと、IT化が進展して研究で使えるデータが増えた。適切な時期になったということ。では将来安泰かというとそうでもない。構造化データについてはいいけど、そうじゃないデータがいっぱいある。これは価値があるのかないのかから吟味しないといけない。カルテは研究利用できるのか。価値を高めるにはどうすればいいのか。医師の記録のあり方はこれでいいのかを議論しないと先へ進まないのではないか」と述べた。
たとえば値を24時間計測しているセンサーがあったとする。医師が診察して記録を書くのはトビトビで欠損値だらけで、医師がやっているのは人間センサーだ。それをとおして記述を書いている。ものすごく多段階で、記録粒度も人によってまちまちだ。これはそのままでもいいのか。記録の仕方を変えるべきか。センサーを増やすべきなのか。あるいは患者がふだんからデータをとるべきなのか。そこを設計しないといけない。そういった部分の議論が必要だという。
そうなると医療や予防などを含めた広い議論になるが、エンジニア側からは何ができるのだろうか。
松尾研の内田氏は「病院だけではもちろん不十分。1点目はアウトカムの話。病院に行って退院までレコードがあるが、そのあと1カ⽉後に大きな病気になることもある。たとえば健康保険証が変わると追えない。亡くなったかたのデータが繋がってない。データが繋がってないとアウトカムは評価できない。2点目としてはウェアラブル端末で、これをすれば、病院に来た時だけのデータ、のような「飛び飛びの点のデータ」ではなくて、連続性のあるデータがとれる。ここから何か推論ができればいいのではないか。3点目はデータを統合するための共通IDの整備」とコメントした。
このあと、ネット視聴者からの各種質問への回答を経て、最後に、新型コロナウイルス対策としてできることや、医療情報技術の活用などについて各人がコメントした。まず藤田氏が、今回のCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大に対して中央集権的な国家である中国などでは各個人の顔認識や位置情報なども含めた各種データを収集した上での対策が行われていることなどを簡単に紹介。「今回の新型コロナ禍は遠隔診療など新技術を活用する機会でもある。だが日本ではまだまだ難しい部分もある。どうすればいいソリューションが出てくるのだろうか」と問うた。
内田氏は「今回、医療機関でアルコール消毒液が手に入らないなど物流の課題も見えた。医療機関は仕入れを勘でやっていることもあるので、ITはそのような改善にも使えるのではないか」と述べた。
松尾氏は「問題の捉え方が性善説すぎるのではないか。本当に『テクノロジーで良い医療を』と思ったときに、非常に難しい問題がたくさんある。それを乗り越えて『大人プレイ』をしてやっていかないといけないのが日本の現状。そこを、スタートアップが良い社会を作ろうとがんばっている。それでもなかなかほとんどのところは突破できない。良いテクノロジーと素晴らしい思いがあっても実現しないということが起こっている。そこをなんとかしないといけない。これは手強い。簡単ではないので、それをどうやっていくかが重要」と述べた。
今井氏は「COVID-19の対策に対してもAIアプリケーションも開発していかないといけない。しかし、今日の議論については、もう少し『何を大事にすべきか』を議論したほうがいい。データを大事にするのか、データの取得の仕方なのか、社会の仕組みなのか。フォーカスを絞って議論をしたほうがいい」と述べた。
佐々江氏は「こういった機会が出てきて、国も動かなといけない状況。イギリスも同様。COVID-19に対しても取り組みが行われているし国が出資するのもありなのではないか。コロナウイルス対策のロケーションアプリが出てきているという話も聞いている」と述べた。松尾氏からイギリスと日本の状況について質問があり、日本人はあまり肉体的接触がないが「どちらにせよ増えてきている。クラスターも増えてきている。オーバーシュートは避けられないのではないかと個人的には考えている」と指摘。「日本もイギリスもアメリカも事前準備について、なめていたところがある。以前のSARS、MERSがあったところのほうが対応が早かった。国民も大変なことなんだと意識して外出を制限するなど考えていくしかないのではないか」と述べた。
越野氏は、COVID-19の肺炎のCT所見については論文も出ている、たとえば中国の医用画像AIエンジン開発会社InfervisionはAIを開発していると紹介。ただ、放射線科医の目で見ると、他のウイルス性肺炎とそんなに変わらないように見えるという。「だけど、もしかしたら AIは人間にはわからない特徴量を抽出しているのかもしれない。だから今後のAIに期待している」と述べた。
丸山氏は、「今どう対策するか毎日議論が続いている。今回のような災害に対してどうするか、落ちついた後にどう対応していくのかは何かしらの動きが期待されるのではないか」とコメントした。
最後に藤田氏は「多岐にわたる話題をお話しいただいた。ぜひ継続的に、テーマを絞ったかたちでもやりたいと思う。皆様にも引き続き議論にご参加いただきたい」と締めくくった。
森山和道 サイエンスライター
サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。