2020年8月8日、東京国際フォーラムで開催された第117回日本内科学会講演会において、東京慈恵医科大学先進内視鏡治療研究講座教授の田尻久雄氏による講演「AIを活用した内視鏡研究の動向と今後の展望」が行われた。
講演冒頭では、日本における消化器内視鏡の発展が紹介された。田尻氏によると、内視鏡による画像診断技術は1950年代に登場した胃カメラに始まり、ついで70年代のファイバースコープ、83年のビデオ内視鏡、91年の拡大内視鏡と約10年単位で進化を遂げてきたという。さらに、2018年に超拡大内視鏡(Endocytoscopy)が市場に登場したことから「かつて見逃されてきたであろう小さながんや平坦ながんも見つかりやすくなった」と指摘する。超拡大内視鏡の特長は、超拡大観察と接触機能観察により画面全体が関心領域になることだといい、「こうした内視鏡画像の質の向上により、画像を自動解析するコンピューター診断支援システムの構築につながってきた」と語る。
こうした状況を踏まえ、2015年に発足したのが「JED(Japan Endoscopy Database)」プロジェクトだ。JEDは日本全国の内視鏡関連手技・治療情報を集計・分析し、各医療機関にフィードバックすることで医療の質の向上に役立て、患者に最善の医療を提供することを目指している。これが全国的に機能するようになれば、人間ドックを含め年間約1700万件の内視鏡診療データが集まるようになり、世界最大規模のビッグデータ集積が可能になるという。2017年度からは国立情報学研究所(NII)とともに、日本医療研究開発機構(AMED)公募の研究事業として、AIによる内視鏡画像診断に関する共同研究に取り組んでいる。具体的には、早期胃がんに対するAI診断の可能性や、AIによる十二指腸乳頭部の内視鏡分類と手技の難易度・偶発症率の予測などの研究を行っている。
このように消化器内視鏡診療に関連したAI研究の発展は著しい。日本消化器内視鏡学会は、AIの利活用に一定の規範を示すなど規律を持った対応をすべく、2018年9月に「AI推進検討委員会」を設立しており、利活用の推進とガイドラインの整備に尽力していると語る。
では、実際の医療現場でAI技術はどのように診療に役立っているのだろうか。田尻氏によると、たとえばAIアシストを活用することで、内視鏡検査中のポリープやがん等の病変の指摘がリアルタイムで可能になったという。講演中にはオリンパス社から発売された大腸内視鏡診断支援ソフトウェア「EndoBRAIN-EYE」や富士フイルム社開発の、大腸ポリープ診断支援システム「CAD EYE」が紹介され、AIアシストの活用が医師をサポートしがん発見率を向上させることが示唆された。
続いて、がんの深達度が治療方針の決定に大きく寄与する食道がんにおけるAI活用が紹介された。大阪国際がんセンター消化管内科の中川健太郎氏、石原 立氏らの研究を引用し、難易度の高い深達度診断が専門医と同等の精度を示していること、またAIが内視鏡治療方針にも大きく役立つ可能性があることを指摘した。
内視鏡検査時の診断の精確さに加え、AIが検査後の医師の読影負担を軽減する可能性についても述べられた。小腸のカプセル内視鏡は1症例当たり4-8万枚と膨大な数の画像を撮影するが、大きな異常所見は少数枚にしか写っておらず医師の読影負担の大きさや病変見逃しについても危惧されてきた。東京大学医学部附属病院 消化器内科の青木智則氏、山田篤生氏らの研究では内視鏡医が単独で読影した場合と、AIが判定したあとで内視鏡医が読影した場合の比較検討を行っており、結果として熟練専門医の読影に要する時間が12.2分から3.1分に減少、診断精度は同等との成果が得られたという。田尻氏はこうしたAIの活用例に触れた上で、内視鏡診療の現状として指導医が不足している地域があることを指摘し、「診断学の分野は医師の経験格差が大きく主観的要素が強い部分である。それをAI活用によって数値化・客観化できれば、患者さんが日本中どこでも良質で最高の医療を受けられるようになる可能性につながる」と述べた。
今後AI技術が浸透していく過程で、内視鏡現場はどのように変わっていくのだろうか。田尻氏は、医師の教育という観点においてAIを活用するプログラムを構築することで、10年はかかるという、一人の熟練医を育てる期間をより短縮できる可能性があると語る。その一方で、AIは診断に関して医師をサポートできるが実際の手技に関して当面はAIが代替されることはなく求められる知識・教育の基本は大きく変わらないと述べる。田尻氏は、2018年のダボス会議においてアクセンチュアCTO兼CIOのポール・R・ドーアティ氏が語った「人間の力にAIの技術が加わればより強い力が生まれる (Human plus machine equal superpower.)」を引用し、「内視鏡医は患者さんに苦しみを与えない内視鏡技術を追求し、くまなく消化管内部を観察する技術を常に磨く」、「AIが優れた性能を発揮する診断の分野に関しても、現時点では最終的な診断が医師にあることを念頭に置く」必要があると主張した。
最後に、AI内視鏡時代における日本の役割と課題について、「日本は内視鏡診断において世界をリードする位置にあり、量的な情報収集能力が勝負を決めるAIにおいて国際的競争に勝てる可能性があると考えている。海外との競争に勝つ鍵になるのは個人情報保護法、薬機法などの法規制との整合性にあるのではないか」と締めくくった。