2020年8月21日、医師が処方する「治療用アプリ」がアジアで初めて薬事承認を取得した。治療用アプリを用いたデジタル療法は、生活習慣病やニコチン依存症などの治療をどのように変えていくのだろうか。治療用アプリの開発を進める株式会社CureAppの代表取締役兼医師の佐竹晃太氏が見据える新たな医療の姿とは。
私は医師免許を取得後、呼吸器内科医として日本赤十字社医療センターなどで多くの患者さんの診療に携わってきました。その後、米国大学院に留学しているときに、現地で FDA の承認を受けた Welldoc 社の2型糖尿病患者向け治療用アプリ「BlueStar」に関する論文に出会いました。
そして、「治療用アプリ」を用いたデジタル療法という新たな治療アプローチによって、これまでは治療しきれなかった疾患に対して介入し、治療効果を高め、また現在の診療形態が抱えるさまざまな課題点を解決できる見込みがあることに気づき、帰国後の 2014 年に CureApp を設立。これまで治療用アプリの研究と開発に取り組んできました。
私が治療用アプリの研究・開発に力を入れ始めたのは、現状の診療形態に多くの限界を感じており、その限界に対し治療用アプリによるデジタル療法の可能性を見出したからにほかなりません。
医学や医療技術の進歩により、医薬品や医療機器の発展は目覚ましく、多くの疾患の寛解が望めるようになってきました。しかしながら、医薬品やハードウェア医療機器という薬理学的・解剖学的なアプローチだけでは治療しきれない疾患も未だ存在しています。そのような従来の治療法だけでは十分な効果が望めない疾患に対し、治療用アプリによって患者さんに行動変容を促す「デジタル療法」は有効な選択肢になり得ると考えています。
例えばニコチン依存症において、ニコチンの身体的依存に対しては禁煙補助薬などの医薬品が有効なものの、心理的依存に関しては医薬品では十分に対応しきれていない現状があります。また、高血圧や糖尿病といった生活習慣病では、薬を内服している間は血圧や血糖値などを安定させたり、コントロールしたりすることができますが、服用を止めると元の数値に戻ってしまうことが多々あります。これは、疾患の根本原因である患者さんの生活習慣の改善にまでアプローチすることができていないためと考えています。
治療用アプリを駆使したデジタル療法を活用すれば、ニコチン依存症などの精神疾患や生活習慣病などの原因に入り込み、症状改善の可能性を高めることが期待できると考えています。
一例を挙げますと、当社のニコチン依存症治療アプリ「CureApp SC」はニコチンによる心理的依存にアプローチし、ニコチン依存症の原因を治療できるところが最大の特長です。実施した治験においても、CureApp SC を使用することで、主要評価項目であった 9-24 週の継続禁煙率は、従来治療よりも 13.4ポイント高い(50.5%→63.9%)という結果が得られました。その結果、2020 年 8 月に医療用治療用アプリとしてはアジアで初めて、そしてニコチン依存症治療を対象とした治療用アプリとしては世界で初めて薬事承認を取得しました(参照:CureAppのニコチン依存症治療アプリが薬事承認取得、世界初)。
医療の発展が目覚ましい一方で、医療費の増大という別の課題も抱えています。2018 年度の日本の医療費は 42 兆 6,000 億円に達し、2 年連続で最高額を更新しました。高齢化が要因の一つとも分析されていますが、先端医療の発展に伴う医療費や医療開発費も増大しています。最新の手術支援ロボットの導入や、新しい抗がん剤の開発など、医療機器や医薬品の進化に伴い、医療費が莫大な額になっているのも事実なのです。
また、高度な医療が発展すればするほど、副次的な課題も生まれてくるでしょう。それが、地域間の医療格差の拡大です。最先端の医療機器や医薬品は、都会の大学病院などに集中してしまう傾向があるからです。先述した通り、最新の手術支援ロボットなどは機械の導入に数億円の予算を必要とするため、限られた病院でしか導入することができません。医療の進化と共に、今まであまり大きく問題視されていなかった医療の地域格差が今後、より広がっていく可能性もあるのです。
そのような中、治療用アプリは治験できちんと有効性が認められた最新の治療法でありながら、開発コストは医薬品などと比較してかなり低く抑えることができますし、医療機関には導入コストなども発生しないため、地域間・病院間で格差が発生するということもありません。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の 感染拡大によりリモートワークが進むなど、職種によっては IT を駆使したフレキシブルな勤務形態が進みつつありますが、医療現場では様式の変化がまだ追いついていないことも課題だと実感しています。
COVID-19の 感染拡大がきっかけとなって、専用アプリを利用したオンライン診療が浸透してきましたが、ただ単に利便性を高めるためだけにオンライン診療を行うと、診療の質の低下を招く危険があるため、簡単には移行できない問題をはらんでいます。一方で、今後もしばらくの間は COVID-19 との共生が余儀なくされますが、感染リスク低減の観点からも、患者さんの受診控えが増えることは確実視されており、診療スタイルも否応なしに変革を迫られるでしょう。
そのため、IT を活用した新しい診療を行う中で、医療の質を落とさず、患者さんのニーズに応える対策が求められています。これまでの医療分野でのIT活用というと、診療予約の管理や電子カルテといった、医療事務をサポートするものがほとんどでした。しかし、2014 年の薬事法改正により、治療用アプリなどのソフトウェアも医療機器として認められるようになりました。
今後、医薬品やハードウェア医療機器に次ぐ「第3の治療法」としてソフトウェア医療機器の開発、デジタル療法がより進んでいくことになるでしょう。
ここで気をつけなくてはならないのは、先ほどオンライン診療について触れさせていただきましたが、利便性を求めすぎると便利になる一方で、診療の質に問題が生じる可能性があるということです。この診療の質という点においても、治療用アプリは大きな可能性を持っています。治療用アプリは、きちんとした治験を行い医学的エビデンスに基づいて薬事承認を受け、アプリ自体が疾患治療効果を持つものとなります。医薬品と違い副作用もなく、患者さんのスマートフォンアプリといった身近にあるもので24時間365日患者さんに対して常に治療介入できる点が大きな利点となります。
加えて、患者さんの入力した情報などは医師に共有されるため、前回の診察以降に患者さんがどのように過ごしてきたか、診察時以外の期間の状態を医師が把握できる点においても限られた診察時間内での診察の質をより上げることができますし、今後普及していくオンライン診療とも相性が良いのではないかと考えています。
私は、当社で研究・開発している治療用アプリおよびデジタル療法を日本、そして日本発のソリューションとして海外においても普及させ、広めていくことで、これまでに述べてきたような医学的・社会的課題点を一気に解決できる可能性があると考えています。では実際に治療用アプリを使ったデジタル療法とはどのようなものなのか、また使用することでどんなメリットをもたらすのかなどについては、次回以降にお話しさせていただきたいと思います。
こうした治療アプリの世界観を分かりやすく紹介した動画も作成しました。
こちらもご覧ください。
佐竹晃太 株式会社CureApp 代表取締役CEO兼医師
日本赤十字社医療センター呼吸器内科 / 日本遠隔医療学会 デジタル療法分科会長。慶應義塾大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター等で呼吸器内科医として勤務。上海MBA留学後、米国ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院で医療情報科学を研究。帰国後、CureApp創業。2020年8月に、禁煙治療領域では治療用アプリの薬事承認を取得。その他、東京大学・自治医科大学と生活習慣病領域の治療用アプリの研究開発を推進。現在診療を継続し、医療現場に立ちながら、日本遠隔医療学会・禁煙学会等での学術活動も活発に推進している。