アイリス株式会社AIエンジニアの轟佳大氏が、眼科専門医でデジタルハリウッド大学大学院客員教授の加藤浩晃氏と共に、企業や大学における医療AI開発の取り組みを紹介する連載コラムです。取り上げてほしいテーマや質問事項、記事の感想などございましたら、「m3com-editors@m3.com」までメールをお送りください。
ななめ読み
- 放射線科の既存の現場ワークフローに医療AIを無理なく導入した共同研究事例をNVIDIAが9月にホワイトペーパーとして報告した。
- Clara(クララ)と呼ばれるこの医療AIは、米オハイオ州立大学の他にも、米国国立衛生研究所や米カリフォルニア大学サンフランシスコ校などにも導入されている。
今回はNVIDIA(エヌビディア)が2019年9月5日に発表した米オハイオ州立大学との共同研究結果に関するホワイトペーパーをご紹介しようと思います。
この研究では、医療現場のワークフローを一切変えずに医療AIシステムが裏方として作動することで、医師にAIの診断結果を返す流れになっています。一般的なこれまでのAI研究では、医療AIを導入することで医療現場のワークフローが変わり、それが煩雑さを生むことが予想されていたため、今回の研究結果から新しい進展が起きそうだと考えています。
ちなみにこの研究を発表したNVIDIAという会社は、医療業界の先生方には直接馴染みが薄いかも知れませんが、膨大な演算処理を行うAIには必要不可欠な「GPU」と呼ばれる演算処理装置を開発している企業です。また、NVIDIAはAI研究にも非常に注力しており、自動運転やヘルスケア領域に強いという特長をもっています。
このホワイトペーパーは「The Ohio State University Radiology uses NVIDIA Clara to Deploy AI in a Clinical Workflow」というタイトルで、「米オハイオ州立大学の放射線科にてNVIDIA製の医療AIであるSDK(software development kit ソフトウェア開発キット)の『Clara』が現場ワークフローに使われた」という報告内容です。
ラボ内や企業内の開発環境と医療現場の環境は違いが大きすぎることにより、医療AIをそのまま医療現場で展開していくことはまだまだ難しい点が多いのが現状です。しかし本事例では、実際に放射線科医が院内で使っている既存のシステムを一切変えることなく、医療AIを導入することに成功した例として紹介されました。
米オハイオ州立大学病院内では、既存システムとしてシーメンスヘルスケア社製の画像解析ソリューションであるsyngo.viaとミヴィスメディカルソリューション社製のMeVisLab、データベースとしてMongoDBが既に使用されていました。
既存ワークフローを変えることなく医療AIシステムで病変分類の推論結果を返すために、Claraは入力された医用画像をリアルタイムに、普段使用しているビュワーに返すという方法を取りました。Claraは医用画像処理に関するライブラリや、再構成、画像処理に関するアプリケーションなどが標準装備されています。GPU上で環境構築が可能で、様々なコンピューター上でアプリケーションを展開できます。これを導入することで、放射線科医は通常のワークフローを変えることなく医療AIによる診断支援を受け取れるようになりました。下図は、現場でのフローを変えずに裏側でClaraが構築され、通常のフロー通りに放射線科医が働けていることを表した図になっています。
最初の実験として、アテローム性動脈硬化の兆候を示す冠動脈を特定するための最新の冠動脈分類アルゴリズムを開発しています。AIの学習画像は院内で撮影された胸部の不快感を持つ患者の撮像画像を使用し、アノテーションを行い、3D-Dicomデータとして学習を行いました。
その結果、AIの診断結果とともに医師が一切ワークフローを変えることなく診断支援を受け取ることが可能となりました。これを使用した医師も「臨床現場とAI研究のギャップを埋めるソリューションになると感じた」とコメントをしています。
私は、「AIが医療現場にて使われる」ためには、「AIを使うことで今よりも仕事を増やさないこと」が重要であると感じているので、Claraが臨床現場に実際に製品として売られ始めたという事例ではないものの、今回の研究成果は医療現場を変えていく可能性を秘めたものだと感じました。
8回目もいかがだったでしょうか?今回は医師の現場でのワークフローを変えずに医療AIを導入する研究事例を紹介しました。次回もお楽しみに!
轟佳大
アイリス株式会社 AIエンジニア。1992年生まれ、立命館大学大学院 情報理工学研究科修了。大学・大学院を通して医療AIの研究を行い、大学院在学中にはシンガポール国立情報研究所にて医療AIの研究に従事。最新論文は医工学分野のトップカンファレンスに採択された。研究や仕事の傍ら、医学生や医師、社会人向けに医療AIの講演などを行っており、スライド「AI×医用画像の現状と可能性」(http://ur0.work/SfKm)は1万viewを超える。医療と最新テクノロジーとアイスが好き。