心療内科医で、医療VRサービスを提供する株式会社BiPSEEの代表取締役・CEOの松村雅代氏が、医療分野でのVR活用について最新情報をお伝えする連載コラムです。月1回更新します。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は、一般の患者の受診控えを招き、医療機関経営は厳しい状況に置かれています。日本医師会が7月22日に発表した「新型コロナウイルス対応下での医業経営状況等アンケート調査(5月分)では、病院136、診療所530(不詳27)の計693施設で、総件数・総日数・総点数を集計。病院の入院外の総件数・総日数は対前年同月比で約2割減少、総点数は1割以上減少。診療所は、総件数・総日数・総点数の全てで2割以上減少という結果でした。m3.com編集部が2020年6月に実施した意識調査(開業医357人を対象)では、最も多くの先生(33.1%)が「受診控えは1年以上続く」と回答し、次いで、27.2%が「もう過去の水準には戻らない」との回答でした。
緊急避難的な方法で経営の難局を乗り切るだけではなく、「どのような医療をどういう形で提供していくのか」という大きな問いに向き合うことが、今、求められているように感じられます。一つの答えは「新たな価値を加えた、遠隔医療」にあると私は考えます。具体的には、「オンライン診療×デジタルセラピューティクス(DTx)」です。DTxの活用で一歩先を行く、米国の事例も踏まえてお伝えします。
2020年6月7日、日本遠隔医療学会オンライン診療分科会第1回公開研究会「新型コロナウイルス感染対策―オンライン診療の優位性を最大活用するために―」がオンラインで開催されました。オンライン診療の実績を積み重ねてこられた先生方のお話を伺い、オンライン診療は、従来行われてきた対面診療の単なる代替ではない、と改めて認識しました。
私が感じた対面診療との主な違いは2点です。まずは、オンライン診療に馴染む病態と馴染まない病態とをある程度明確に分けるという点。適応を検討する参考として、日本プライマリ・ケア連合学会が作成した「プライマリ・ケアにおけるオンライン診療ガイド」が紹介されました。2点目は、対面診療では得られないオンライン診療ならではのメリットです。ウェアラブルデバイスで遠隔モニタリングを行うことによりきめ細やかな血圧コントロールを実現する(内科)、患者の生活環境の情報を得られることでより正確な患者アセスメントを行う(精神科)等、具体的なメリットを知ることができました。
研究会の総括で発信された「患者参加型、患者決定型の医療が今後進んでいく」というメッセージの先に、一つの具体的な形として「オンライン診療+DTx」が見えるように私には感じられました。
「患者参加型の医療」とは、patient engagement と言い換えてもよいでしょう。WHOの資料では、patient engagementを「医療従事者と同様、患者、家族、介護者の技量を高めるプロセスである。医療サービスの提供にあたり、その安全性と品質を高め、人間中心の方向性を推し進めるため、患者自身が自らのケアについて積極的に関与することを促し支援することである」と定義しています。「自らのケアに積極的に関与すること」は、患者自身が治療チームの一員であるという役割を認識し、自己効力感を持つことで、自らの判断に責任を持つことに繋がると私は考えます。それは「医療機関にいかなくても処方してもらえるので楽」「全部お任せしているので、不都合が起こったら全て医療提供側の責任」という受け身の姿勢とは対極をなすものです。
Patient engagementを後押しする要素と、DTxが実現する①個別化医療、②自身の病態や治療に対する理解と納得感の醸成、には親和性があると私は考えています。「他の誰でもない『私』のための医療」を手にできるということは、患者が自ら積極的に医療に関わりたいと思う大きな原動力になると考えるからです。
① 個別化医療
DTxは患者一人一人のプログラム達成度や、患者が入力したレポート等を分析するアルゴリズムを持ち、タスクの難易度や種類を調整する機能を持っています。治療者側も利用状況をモニターすることができ、タイムリーに治療効果を測定することが可能です。DTxが採用するデジタル機器の違いにかかわらず実現できるというメリットがあります。例えば、塩野義製薬が提携している米国Akili社のEndeavorRx(小児のADHDを対象)は、タブレットを用いたビデオゲームで、直近の利用状況を分析し、患者ごとに適切な「処方量」を自動的に割り出します。
② 自身の病態や治療に対する理解と納得感の醸成
VRを用いたDTxが実現しているメリットで、VRの「本質的な体験を実現する」機能を活用したものです。例えば、BehaVR社の慢性疼痛治療のプログラムは、慢性疼痛が生じるメカニズムとエクササイズの意味を患者がVRの体験を通じて学ぶというものです。痛みへの怖れが軽減し、オピオイドに頼ることなく疼痛をコントロールすることが可能になり、自己効力感が高まることで日常生活のQOLが大きく向上します。また、2020年6月30日に開催されたVirtual Medicine Webinar では、HIV患者の標準治療であるHAART(highly active anti-retroviral therapy)のアドヒアランス向上にVRが有効であったとの研究や、Surgical Theater社の「脳外科手術を受ける患者が、自分の脳の中を巡るVRツアー(第2回参照)」導入で、紹介患者の離脱率が圧倒的に小さくなり(他院へ転院することなく、同病院での手術を選択する患者が増加)、経営面からも不可欠と評価されている等の報告がありました。
「オンライン診療には手探りで向き合っている状況で、DTxにいたっては6月にCureApp社のニコチン依存症治療用アプリが薬事承認の第1号という段階。日常診療から遠く、ピンとこない」と感じる方もいらっしゃるでしょう。まずは私自身が形にしたいと考え、現在BiPSEE社で「オンライン診療×DTx」のプロトタイプの開発を進めています。9月初旬には最初のβテストを開始できる見込みです。「どのような医療をどういう形で提供していくのか」という大きな問いに向き合っていきます。
日本医師会「新型コロナウイルス感染症対応下での医業経営の状況」
m3.com編集部「クリニック経営に関する意識調査Vol. 10」
日本プライマリ・ケア連合学会「プライマリ・ケアにおけるオンライン診療ガイド」
WHO, “Patient Engagement”
Using Virtual Reality to Improve Antiretroviral Therapy Adherence in the Treatment of HIV: Open-Label Repeated Measure Study
松村雅代 心療内科医・株式会社BiPSEE 代表取締役
(株)リクルートを経て、米国MBA留学(医療経営学)。米国医療ベンチャーSkila Inc.日本支社代表等を経て、2002年岡山大学医学部に学士編入。2006年医師国家資格を取得。岡山大学病院総合診療内科・横浜労災病院心療内科にて心療内科専門研修を修了。2014年より成人発達障害を担当している(現在も継続中)。2016年に発達障害者向けプログラミングスクールの設立に参加。VRと出会い、医療領域での可能性に気づき、2017年に(株)BiPSEEを設立。現在、VRを活用したメンタル領域のDTx の開発を進めている。