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アルツハイマー型認知症をVRで早期発見―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(8)

2019年12月17日(火)

心療内科医で、医療VRサービスを提供する株式会社BiPSEEの代表取締役・CEOの松村雅代氏が、医療分野でのVR活用について最新情報をお伝えする連載コラムです。月1回更新します。

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第8回目となる今回は、神経変性疾患領域のVR活用と今後の可能性についてお伝えします。

アルツハイマー型認知症の早期発見

英国ケンブリッジ大学の研究チームが、アルツハイマー型認知症を早期発見するVRナビゲーションテストを開発しました。これは、(VRを用いて、path integration(経路統合)(※1)の機能を確認するテストで、2014年のノーベル医学生理学賞「位置情報を司る脳の神経細胞の発見」を受賞したJohn O’Keefe博士らの研究を基盤としたものです(※2)。嗅内皮質は、私達が位置情報を知る体内のナビゲーションシステムで重要な役割を果たしており、体内のナビゲーション機能はアルツハイマー型認知症で最初にダメージを受ける部位の一つです。従来の認知症検査ではナビゲーション機能の障害を評価できず、課題となっていました。

(※1)path integration(経路統合)とは、今いる位置と自分の移動に関する情報に基づいて,次の現在位置を計算によって求め続けていくプロセス。

(※2)John O’Keefe博士は、海馬のplace cells を発見し、Edvard Moser博士とMay-Britt Moser博士は嗅内皮質(解剖学的に海馬の一段階手前、海馬に信号を送る部位)のgrid cellsを発見。

研究チームが開発したのは、体内ナビゲーションシステムの機能なしにはクリアすることができない「VRを活用したシミュレーションテスト」です。被験者は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を被ってテストを行い、VR空間に示された3つの地点を歩くように指示されます。まず「1」の地点が目印で示され、「1」に向かって歩いていきます。「1」に到達すると「1」を示した目印は消え、次に「2」の目印が現れます。「2」に到達すると「2」の目印は消え、「3」の目印が現れます。「3」に到達すると、自分の記憶と感覚を頼りに(目印なしで)「1」の地点に戻るように指示されます。「1」の地点だと思ったところで、コントローラーのボタンを押すよう指示されます。被験者が「1」と思った位置と実際の「1」のずれ(距離)を計測することで、ナビゲーション機能を評価するというものです。

なお、「1」の地点に戻る際、ナビゲーション機能に負荷をかけることで、より厳密に評価する工夫が加えられています。具体的には、3種類のVR環境が提示されます。比較的容易にアプローチできる変化を加えていないもの、山と草原の境界を削除したもの、そして草原のディテールを削除したものです。(詳細は参考資料の論文をご参照ください)。

テストはMCI(Mild Cognitive Impairment)と診断された患者45人と健常者41人に施行されました。MCI患者については、アルツハイマー型認知症のバイオマーカー(アミロイドβとタウ蛋白質)の有無を確認するため、脳脊髄液を採取。45人のうち21人バイオマーカー陽性でした。MCI患者は健常者よりもテストの成績が低く、MCI患者の中でもアルツハイマー型認知症マーカーが陽性であった12人は、陰性であったMCI患者よりも明らかにテストの成績が悪いという結果でした。VRシミュレーションテストの活用で、よりリスクの高い(将来、アルツハイマー型認知症を発症する)MCIをより早期に正確に同定できる可能性が示唆されました。研究チームでは、今後期待されるアルツハイマー型認知症の治療薬開発にも貢献できる可能性があると述べています。

今後の可能性

非侵襲的なVRという方法で、アルツハイマー型認知症の早期発見が可能となれば、日本における認知症対策にも大きな福音です。

厚生労働省によると、日本の認知症患者数は2012年時点で約462万人(65歳以上の高齢者の約7人に1人)、団塊の世代が75歳以上となる2025年には、認知症患者数は700万人前後に達し、65歳以上の高齢者の約5人に1人を占める見込みとされています。認知症患者のうちアルツハイマー型認知症は約5割から7割。アルツハイマー型認知症によるMCIは数年で認知症に移行することが多いと言われます。一方、MCIの段階であれば、適切な医療介入により認知症発症を遅らせることが出来る可能性も指摘されており、早期発見の重要性は増しています。MCIとなる前の段階でリスクを検知できる精度の向上が期待されます。

参考資料

Differentiation of mild cognitive impairment using an entorhinal cortex-based test of virtual reality navigation, Howett D. et al., Brain, Volume 142, Issue 6, June 2019, Pages 1751–1766

2014年のノーベル医学生理学賞「位置情報を司る脳の神経細胞の発見」について

松村雅代

松村雅代 心療内科医・株式会社BiPSEE 代表取締役

(株)リクルートを経て、米国MBA留学(医療経営学)。米国医療ベンチャーSkila Inc.日本支社代表等を経て、2002年岡山大学医学部に学士編入。2006年医師国家資格を取得。岡山大学病院総合診療内科・横浜労災病院心療内科にて心療内科専門研修を修了。2014年より成人発達障害を担当している(現在も継続中)。2016年に発達障害者向けプログラミングスクールの設立に参加。VRと出会い、医療領域での可能性に気づき、2017年に(株)BiPSEEを設立。現在、VRを活用したメンタル領域のDTx の開発を進めている。

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