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がん患者の集団精神療法にVRを活用―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(10)

2020年2月24日(月)

心療内科医で、医療VRサービスを提供する株式会社BiPSEEの代表取締役・CEOの松村雅代氏が、医療分野でのVR活用について最新情報をお伝えする連載コラムです。月1回更新します。

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第10回目となる今回は、ソーシャルVRの医療応用についてお伝えします。ソーシャルVRとは、VR空間で、自分の分身であるアバターを通じ、世界中の人とコミュニケーションを楽しむことが出来るサービスです。代表的なサービス提供企業としては、VRChat社が知られています。

Yale School of Medicineでは、がん患者の集団精神療法にソーシャルVRを利用した研究を進めています。がん集団精神療法とは、複数の患者が集まって行う治療法で、精神科医や看護師、臨床心理士などの専門家が同席し、悩んでいることや困っていることを自由に話します。がん患者の不安やうつ、緊張状態の改善が期待でき、欧米では以前から広く活用されています。

研究リーダーはAsher Marks医師(腫瘍・血液内科を専門とする小児科の助教授)で、13~30歳のがん患者(AYA 〔Adolescent&Young Adult〕世代に該当)が参加しています。研究チームでは、退院後のAYA世代のがん患者が、物理的な移動の負担や感染リスクへの懸念、公共の場に参加することへの抵抗感なく、集団療法を継続できる仕組みを模索する中、VRの可能性に着目。Foretell Reality社のVRサービスを利用し、集団精神療法を行っています。

参加者は、1年以内にがんの診断を受けた患者で、アバターを使い匿名で参加することが出来ます(実名での参加も可能)。参加者はお互いの診断名と治療内容を共有。各セッションの開始前と終了後に、不安・抑うつ・レジリエンス(立ち直り、回復する力)を測定し、従来型の集団精神療法と効果を比較します。

Asher Marks医師は「最大の特長は、VRを活用したチャットルームの便利さにある」と語っています。物理的な距離の制限がないので、居住地域に関係なく利用することができます。希少がんの患者どうしが一緒のセッションに参加して経験を共有する、治療による外見の変化等で自宅に閉じこもりがちな患者もアバターを使って気後れなく参加する、といった従来の集団精神療法では得られないメリットがあるのです。また、VRを活用した集団精神療法は、従来の集団精神療法の利点である、同じ場所で時間と経験を共有することで得られる「場の力」を参加者が享受できる点も重要なポイントです。これは、電話会議やビデオチャットでは代替できない特長です。

VRを基盤としたがん集団精神療法は、大きな可能性を持っていると考えます。ここでは、①AYA世代、②がん診断後1年以内のメンタル状況、という観点でメリットを掘り下げてみたいと思います。

AYA世代のがん患者

ここ数年、日本でもAYA世代のがん患者特有の課題に目が向けられるようになりました。就学、就職、恋愛、結婚、出産、子育てなどの様々なライフイベントを経験する時期であり、疾患・治療と向き合う上で、様々な困りごとが生じます。希少がんの方も比較的多く、「患者同士で同じ経験を共有する」ことが難しい場合が少なくありません。

私がAYA世代のがん患者を対象とした集団精神療法を知ったのは、2006年、米国Clevelandでの臨床実習でした。岡山大学医学部6年だった私は、School of Medicine, Case Western Reserve Univ.の臨床実習に参加する機会を得、指導医の勧めもあり、がん患者支援のNPO、The Gathering Placeに頻繁に足を運びました。乳がん、大腸がん、と診断名でグループが構成されていた集団精神療法プログラムの中で、Adolescent&Young Adultというグループ名を目にし、スタッフに理由を尋ねたことがきっかけです。

「それぞれの方が様々な課題を持っているので、テーマは多岐にわたる。がん患者全体の中でAYA世代の人数は少なく、同世代どうしが共感しあえる場は貴重だが、疾患・治療による自身の変化に戸惑い、公共の場に足を運ぶことをためらう人もいる。AYA世代がもっと気軽に繋がり合える仕組みがあるといいのだけれど…」というスタッフの言葉を思い出します。

VRを基盤としたがん集団精神療法が、デジタル技術に親和性の高いAYA世代にとって、「気軽に繋がり合える仕組み」となり、従来の支援を補完していくことが期待されます。

がん診断後1年以内のメンタル状況

2014年、山内 貴史 先生のグループが発表した、がん患者の自殺に関する多目的コホート研究によると、がん診断後1年内の自殺リスクは、がん診断なしの方と比べ、相対的危険度が23.9であったとされています。診断後1年以降の相対的危険度は1.1でした(以下の参考資料参照)。

診断直後から1年以内の精神的な支援は極めて重要です。更にこの時期は、治療による身体的な負担も大きく物理的な移動が困難な時期と重なります。物理的な移動を伴わない、VRを基盤とした集団精神療法は、がん診断後1年以内という重要な時期を支える有用な選択肢となり得るのではないかと考えます。

参考資料

松村雅代

松村雅代 心療内科医・株式会社BiPSEE 代表取締役

(株)リクルートを経て、米国MBA留学(医療経営学)。米国医療ベンチャーSkila Inc.日本支社代表等を経て、2002年岡山大学医学部に学士編入。2006年医師国家資格を取得。岡山大学病院総合診療内科・横浜労災病院心療内科にて心療内科専門研修を修了。2014年より成人発達障害を担当している(現在も継続中)。2016年に発達障害者向けプログラミングスクールの設立に参加。VRと出会い、医療領域での可能性に気づき、2017年に(株)BiPSEEを設立。現在、VRを活用したメンタル領域のDTx の開発を進めている。

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