心療内科医で、医療VRサービスを提供する株式会社BiPSEEの代表取締役・CEOの松村雅代氏が、医療分野でのVR活用について最新情報をお伝えする連載コラムです。月1回更新します。
COVID-19の流行が医療のあり方、社会のあり方を大きく変えたという実感を、誰もが強く持っていることでしょう。今回は、「接触」「メンタルヘルス」という切り口で、COVID-19と医療XR(VR/AR/MR。第1回を参照)の関係についてお伝えします。
1.医療従事者の感染予防:医療従事者を対象とした医療XR
英国のImperial College Healthcare NHS Trust(5病院を傘下に持ち、ロンドンの北西部の急性期医療や専門医療を担う)は、COVD-19対応の最前線に立つ傘下の病院でHoloLens (MR)を積極的に導入するプロジェクトを敢行しました。HoloLensを利用することで、患者を直接診察する医師のライブビデオを別の部屋の医療スタッフが共有。医療スタッフが感染のリスクに晒される時間を83%減らすことができ、個人用保護具の使用も、病棟あたり1週間で700セット削減することができたとのことです。治療やケアで接触する人数を大幅に削減できたことは、医療スタッフにとっても患者にとっても大きなメリットとなったと評価されています。
2.遠隔医療シフト:患者を対象とした医療XR
第11回で取り上げた、米国XRHealth社のVR Telehealth Clinic(主にリハビリテーション)が急成長を遂げています。同社のVR Telehealth Clinicは2020年3月1日にサービスを開始。同社によると、現在500人以上の臨床医がVR遠隔医療の研修を受けており、日々登録患者が増えている状況とのことです。追い風となったのは、公的保険・民間保険の主要な保険者がVR遠隔医療を保険償還対象と決定したことでした。規制当局も普及の足かせとなる規制を撤廃したのです。まさに年単位の変革が月単位で起こったという状況でした。
なお、同社は、従来の中核事業であった「病院内で行うVRを用いた治療サービス」を3月中旬から中止しています。VRゴーグルを患者が共有することによるCOVID-19の感染リスクを懸念しての判断です。
3.新たな滅菌機の活用
米国ロサンゼルスのCedars-Sinai Hospital は、医療XR活用のパイオニアとして知られています。COVID-19の流行を受け、同病院では、病院内で用いる(患者が共有する)医療VRのプロジェクトを一時的に中止しました。理由は、XRHealth社と同様、複数の患者がVRゴーグルを共有することによる感染リスクです。
しかし現在、新たな打開策を見出し、プロジェクト再開の目途が立ちつつあります。具体的には、CleanBoxTechnology社の、VRゴーグルやヘッドホン、マスク等の機器専用の紫外線滅菌機の活用です。同社の売り上げは、前年の100倍に達する勢いです。
COVID-19の治療最前線では、医療スタッフのストレス緩和にVRを活用したとの報告が相次いでいます。中国武漢では、ヒーリング系の音楽を聴きながら、360°動画で癒やしの風景をVRに投影するという簡便な方法や、山東大学が開発した「VRリラックス訓練システム」が活用されました。イタリアでは、Limbix Italia社が、Schiavonia COVID HospitalにVRヘッドセットを提供。医療スタッフは、自身の最高の思い出の場所をGoogle Street Viewから選び、VRの中でその場所を訪ね、自身の思い出をセラピストに語るというプログラムを展開しました。医療スタッフの不安とストレスを和らげる効果が認められたとのことです。
COVID-19は、医療XR先進国である米国で、VR遠隔医療という新たな医療サービスの形をたった3カ月で確固たるものに押し上げました。前出のXRHealth社トップは「近い将来、VR遠隔医療は、医療のゴールドスタンダードとなる」と述べています。果たしてゴールドスタンダードになるのかどうか、ではなく、どれほどのスピードでゴールドスタンダードになるのか、という話であると私は感じています。
さらにCOVID-19が猛威を振るった地域では、「初めて医療XRを体験した」医療従事者を一気に増やしました。必要性に迫られ、VRはデジタルツールとしてより身近になっているのです。このことは、今後米国でゴールドスタンダードとなる医療XRの形が、よりスムーズに他の地域へ普及する素地が生まれていることに他ならないと思われるのです。
https://www.mobihealthnews.com/news/depth-despite-some-hiccups-covid-19-vrs-time-shine
松村雅代 心療内科医・株式会社BiPSEE 代表取締役
(株)リクルートを経て、米国MBA留学(医療経営学)。米国医療ベンチャーSkila Inc.日本支社代表等を経て、2002年岡山大学医学部に学士編入。2006年医師国家資格を取得。岡山大学病院総合診療内科・横浜労災病院心療内科にて心療内科専門研修を修了。2014年より成人発達障害を担当している(現在も継続中)。2016年に発達障害者向けプログラミングスクールの設立に参加。VRと出会い、医療領域での可能性に気づき、2017年に(株)BiPSEEを設立。現在、VRを活用したメンタル領域のDTx の開発を進めている。