心療内科医で、医療VRサービスを提供する株式会社BiPSEEの代表取締役・CEOの松村雅代氏が、医療分野でのVR活用について最新情報をお伝えする連載コラムです。月1回更新します。
第11回目となる今回は、米国で始まった「VRが拓く、オンライン診療の新たな可能性」についてお伝えします。COVID-19の感染拡大で、日本でもオンライン診療や遠隔医療健康相談の重要性が認識されるようになりました。2020年2月28日、厚生労働省は、すでに診断されている慢性疾患等の定期受診患者に対し、感染源と接する機会を少なくすることを目的に、電話や情報機器を用いた診療・服薬指導を活用することを認める事務連絡を都道府県と関係団体に発出。スマホのアプリ等を使ったオンライン診療を提供する医療IT企業は、医療機関にシステムを無料提供する、新たな機能を追加する等、迅速に対応しています。遠隔医療・健康相談のニーズの高まりを受け、オンライン健康相談サービスの利用者も急増しています。
日本においては、2018年度の診療報酬改定でオンライン診療料が新設されたものの、その位置づけは「対面診療の原則の上で、有効性や安全性等への配慮を含む一定の要件を満たすことを前提に、オンライン診療料を新設する」という補完的な位置づけに留まっています。米国で誕生したVR療法のオンライン診療が、新たな価値を生み出しています。
2020年3月1日、XRHealth社(AR VR を用いたDigital Therapeuticsを提供)がVR Telehealth Clinicを開業しました。同クリニックでVR療法を提供する医療スタッフは、マサチューセッツ州、コネチカット州、フロリダ州、ミシガン州、ワシントンDC、デラウェア州、カリフォルニア州、ニューヨーク州、およびノースカロライナ州の9州での診療が認可されており、今後、更に多くの州でも認可の動きが進んでいます。提供するVR療法は、既にFDA認証を得ており、メディケアを含む主要な医療保険の対象として認可されています。
XRHealth 社のVR療法は、外傷性脳損傷後等のリハビリテーション、疼痛コントロール、認知機能低下の抑制、更年期症状の軽減、頸部や肩周囲の神経障害の理学療法など多岐に渡り、既に医療機関で治療の選択肢として導入されています。同社のVR療法は、①患者データをリアルタイムに分析し、患者の状態に合わせた強度等の微調整を行う個別化が可能、②治療の都度、人工知能(AI)による効果分析が行われ、患者と治療者(医師や理学療法士等)が結果を共有できる等の機能が高く評価されています。VR Telehealth Clinicは、患者と治療者がリアルタイムにアクセスできるデータ分析機能を担う専用サイトと、患者と治療者のコミュニケーションを担うスマホアプリを組み合わせることで、対面診療と同様のVR療法の質を担保した上で、患者の利便性向上という価値を生み出す医療を実現しているのです。
厚生労働省が2018年3月に発表した「オンライン診療の適切な実施に関する指針」の定義では、遠隔医療を「情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為」と定義し、オンライン診療を「遠隔医療のうち、医師-患者間において、情報通信機器を通して、患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムにより行う行為」と定義しています。対面診療を最良の環境とする診察・治療の場合、オンライン診療は対面診療の補完という考え方もありかと思います。
一方、XRHealth社のVR療法は、①VR療法導入前に患者の診断は確定され、②VRと親和性の高いリハビリテーション等の領域を対象としており、③VRという治療法も治療の効果分析も全てデジタル化されており、対面診療を必要とせずに完結できるものとなっています。物理的な移動という負担から患者が解放されるオンライン診療の価値を最大化できる要件を揃えていると言えるでしょう。
2020年3月7日の日経新聞朝刊の社説は「新型コロナはオンライン診療の好機だ」というタイトルで、「日本はオンライン診療の実施要件が厳しく、普及は途上にある。5G・6Gなど超高速大容量の通信規格を見すえ、この機を生かして普及に弾みをつけてほしい。(中略)もちろん視診・触診など対面診療が欠かせない場面はある。オンラインと適切に使い分け、医師が安全で効果的に実施するための大きな方針を確立してほしい」と訴えています。オンライン診療との親和性が高い治療として、VR療法をはじめとするDigital Therapeuticsを積極的に活用することを考える良い機会になると考えます。
松村雅代 心療内科医・株式会社BiPSEE 代表取締役
(株)リクルートを経て、米国MBA留学(医療経営学)。米国医療ベンチャーSkila Inc.日本支社代表等を経て、2002年岡山大学医学部に学士編入。2006年医師国家資格を取得。岡山大学病院総合診療内科・横浜労災病院心療内科にて心療内科専門研修を修了。2014年より成人発達障害を担当している(現在も継続中)。2016年に発達障害者向けプログラミングスクールの設立に参加。VRと出会い、医療領域での可能性に気づき、2017年に(株)BiPSEEを設立。現在、VRを活用したメンタル領域のDTx の開発を進めている。