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医療人が打破すべき「イノベーションのジレンマ」 ―眼科医・田淵仁志が語る「医療AIマネジメント論」(7)

2020年3月31日(火)

ツカザキ病院眼科創業者主任部長であり、広島大学大学院医系科学研究科 医療のためのテクノロジーとデザインシンキング寄附講座で教授を務める田淵仁志氏が、AI開発に必要なマネジメントのエッセンスについて語る連載コラムです。

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今回で7回目になります。第1回はチーミング、第2回はフィードバックループ、第3回はサイコロジカルセーフティー(心理的安全)、第4回はデザインシンキング、第5回はバイアスつまり行動経済学、そして第6回は「外部環境をMECEに考えるMBA的フレームワーク思考」について述べてきました。どの項目も経営学の基本をなす重要な叡智(ナレッジ)です。ぜひ何度も読み返して役立ててもらえればと思います。

今回は、今年の1月23日に亡くなった経営学者クレイトン・クリステンセンに思いを馳せ、「イノベーションのジレンマ再び―クリステンセンを偲ぶ」と題してお届けしたいと思います。

イノベーションのジレンマとは

日本中の組織が苦しんでいるジレンマが「クリステンセン・ジレンマ」です。大組織にとって、ビジネス立ち上げの際の売上げ規模は枝葉末節とも言えるほど小さいことが必然であるため、社内の新規アイデアは“あるのに”使われない。そうこうしているうちに、遠くの国の小さなベンチャーから同じ意味合いの商品が販売される。瞬く間にその商品は海を渡って拡大し、自社製品の市場を根底から食い尽くしてしまう。まさにクリステンセンは、ジレンマというしかない問題を世界で初めて世に問うた経営学の巨星でした。

GAFAが勃興した1980年代から1990年代こそ、Panasonic、SONY、SHARP、Pioneer、KENWOODなどなど日本の名だたる家電大企業が、我が世の春を謳歌し、そして没落していった時期です。スティーブ・ジョブズがガレージで仕事を立ち上げた時、松下電器産業(昔Panasonicは創業者の名前を冠していたのです)には既に20万人を超える社員がいて、100万円の売上を真剣に考えたところで何の意味もなかったのです。私が良く覚えているのは、松下電器が渋谷(その頃から今までずっと日本の若者の中心地であり続けている渋谷はスゴイのかもです)の街に若手社員を数名住みつかせて遊ばせて、若者のライフスタイルを実施調査するという謎のマーケティングをやっていたことです。iモードといい、MP3といい、音楽ブランドといい、日本には“その全てが揃っていた”にもかかわらず、SONYはiTunesを生むことはできず、Pioneerの全面液晶携帯は、スマホにはなり切れなかったのです。

そんな日本の時代の終わりの1997年にクリステンセンが『イノベーションのジレンマ』を世に出したのです。インテルのカリスマ経営者アンディー・グローブがクリステンセンのセミナー(そんなセミナーがあるのがアメリカのスゴイところだとつくづく思いますが)に出席し、インテルも廉価版のCPUを作らないとやられる、と意思決定したことは有名です。MBA戦略論的に後付けで解説すると、強者の戦略として有名で全方位に存分に大手としての莫大なリソースを活用するという方法論ですね(逆はニッチャーと呼ばれてすき間産業的に攻めるのが常套戦略だとされています)。

日本のイノベーションの特色

クリステンセンは日本のビジネスを、他の多くの経営学者と同様に大変尊敬し、だからこそ的確に批評していました。日本から出て来るイノベーションは効率化を目的としたイノベーションであり、市場を作り出すタイプのものではなく、日本のプレゼンスが世界で低下した原因であると論破していたようです。

プリウスはよく経営学で取り上げられる製品です。電気とガソリンという2つの駆動系を1つの車の中に入れ込み、それをまずまずの価格で大量に安定供給するという芸当は、緻密さを誇る日本の製造現場でしかできないという評価は有名です。ハイブリッド仕様が世界標準にならなかったのは、他の国では作れなかったというのが本当のところなのです。ただ、このプリウスをクリステンセンはあくまでも資源効率向上をもたらすイノベーションだと評価しました。プリウスでもダメなら私達はどうすればよいのでしょう。

「若い人達が何か見つけてくれる」――とうとう50歳を越えてしまった私はこれから先の人生でそう思い続けるしかありません。私個人は相変わらずこれからも町の発明家的なプランナーとして生きていくことを許してもらいたいですけれど、若い人達に与える環境について真剣に取り組んでいきたいと思っています。せっかく無限の活動が許容されるようになった大学卒業後に、組織や学会という一種の同質化機構に若者を閉じ込めてしまって、この国が本当に必要としているイノベーションを若者が生み出せるのでしょうか? ご承知のとおり、大学をドロップアウトする人たちの中には常人の1000倍ものバイタリティーがある人達がいます。もっと自由に、もっと簡単に、もっと楽しく、何でもアリのスタイルを若者に届けなければならないと思うのです。

医療は「マーケット・イン」の職種

さて、クリステンセンは『ジョブ理論』というマーケット・イン(顧客ベースに立って商品開発を考える)思考を強く訴える著作を最後に残して旅立ちました。私達医療人はそもそもマーケット・インの職種です。それぞれの患者さんの個別の状態に合わせて医療を提供できれば良い医療人です。きっとその思考ひとつひとつにAI開発のアイデアがあるはずです。その上で、若者のように考え、若者のように学ぶ姿勢で、世の中を変えてみせよう。そんなメッセージを読者として思うことが、天国のクリステンセン教授へのたむけになると思います。日本の若者が日本を再び世界の若者のあこがれの国にしてくれるはずです。

田淵仁志

田淵仁志 ツカザキ病院眼科主任部長兼広島大学寄附講座教授

大阪市立大医学部卒後、研修しながら大学院で大脳視覚生理領域に取り組み、眼科学助手就任。その後、波乱の人生に足を踏み入れる。姫路市の民間病院の眼科に着任し、自作の医療用DWHを基盤とした医療の集約化を図り、15年かけて日本最大級の眼科ユニットに育て上げる。その傍ら名古屋商科大経営学大学院で修士(経営学)とEMBAを取得。並行して進めていたDWH機械学習研究がDeep Learningにより一挙に実用水準に到達したことを契機にAIチームを創設。2019年4月、広島大学に寄附講座「医療のためのテクノロジーとデザインシンキング」を開設。ツカザキ病院眼科主任部長兼広島大学寄附講座教授として、眼科臨床、AI社会実装、医学生研修医教育の三足のわらじを履いている。