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「良い病院はミスが多い、悪い病院はミスが少ない」―眼科医・田淵仁志が語る「医療AIマネジメント論」(3)

2019年10月23日(水)

ツカザキ病院眼科創業者主任部長であり、広島大学大学院医系科学研究科 医療のためのテクノロジーとデザインシンキング寄附講座で教授を務める田淵仁志氏が、AI開発に必要なマネジメントのエッセンスについて語る連載コラムです。

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今回で3回目のコラムとなります。1回目では「チーミング」について、2回目では「超予測」について語りました。今回は「Psychological Safety(心理的安全)」について、できるだけ分かりやすく解説したいと思います。

「ミスがない人なんて世の中にいない」

私にとって、Psychological Safetyはマネジメントの基本中の基本です。Psychological Safetyを端的に表現すると、「物が自由に言える環境」となります。逆に、「怒られるんじゃないか、責められるんじゃないか」とビクビクしている環境を「Psychological Dangerな環境」と呼びます。この考えは、ハーバード大学の女性経営心理学者であるAmy C. Edmondsonが病院の人的資源管理研究に基づいて提唱したものです。彼女の言葉で象徴的な表現があります。「良い病院はミスが多い、悪い病院はミスが少ない」というものです。

良い病院だと、自分のミスを報告したとしても誰からも責められず、きちんとチームとしてミスの根本原因を探り、最終的に組織的改善につなげる、という好循環サイクルを回すことができます。一方で、悪い病院だとミスが発覚すると自分が責められるために、ミスが報告されることなく隠されてしまいがちなのです。特にリーダーポジションの人がミスを起こした場合にその傾向は顕著になります。普段ガミガミと部下を叱っているために、自分のミスを認めることができず、まるでなかったかのように振る舞います。部下のミスについて、上司が「それみたことか、十分に教えていたでしょ」というタイプの叱責を日常的に行っていると、上司自らミスした場合に、にっちもさっちもいかなくなるわけです。

もちろんそんな環境では部下もミスを隠します。どんな時もミスがない人なんて世の中にいないという前提を忘れてはいけないのです。このような悪い病院においては、ミスの原因はいつまでたっても改善されることなく放置されます。良い病院はミスのたびに起きる改善サイクルによって年々良くなっていくのに、悪い病院は何も変わらず経年劣化していくということになれば、競争環境の中でどちらが淘汰されていくかは明らかですね。

リーダーが肝に銘じるべき「対応バイアス」

Psychological Safetyを別の観点から支持する行動経済学のバイアス理論もあります。それは「根本的な帰属の誤り(Fundamental attribution error)」というもので、自分の身に起こったミスは周りの責任に帰属させるのに、他人のミスはその個人の責任に帰属させて考えてしまうというものです。「対応バイアス(Correspondence bias)」とも呼ばれるこの考えは、特にリーダーポジションの人に要注意のバイアスです。

部下のミスを個人に帰結させてしまうと、本来は自分の責任の組織運営による問題を見逃し、改善の機会を失った上に、部下の信頼を大きく棄損するというダブルパンチの問題に発展するからです。このバイアスへの対応策は、リーダー自ら「いろいろあってもそれは組織全体が抱える問題のせいだから、どんどん話し合ってみんなで解決していきましょう」という雰囲気を作ることです。その結果、Psychological Safetyな職場環境を生むことにつながるのです。

成果を上げるのに優秀なメンバーは必須ではない

Amy C. Edmondsonが提唱したPsychological Safetyを一般的な基本原則として定着させたのはGoogleです。Googleはあらゆることに真剣な組織であり、人的資源管理についてもこれでもかというほど論理的にやろうとしています。彼らは莫大なコストをかけて「成果を上げるチーム」というテーマを分析し、成果を上げるチームとは「Psychological Safety」が存在しているチームだと結論付けてNew York Timesに大々的に寄稿したのです。成果を上げるチームとは「優秀なメンバーを集めたドリームチーム」でもなく、「規律がしっかりして統制がとれたチーム」でもなく、「カリスマリーダーが率いるチーム」でもなく、「Psychological Safetyが存在しているチーム」だったのです。

このコラムの1回目で語った「凡人の集団は孤高の天才を超える」という話に通じるものがあります。凡人の集団であることは「成果を上げること」に対して全く問題ではなく、ただ、「Psychological Safetyが存在している凡人の集団」であればOKということなんですね。

心理的安全な環境とアットホームな環境は違う

Psychological Safetyは一方で、「あけすけな職場環境」という副作用も指摘されます。特に内向的だとされる日本人においては、自分の病気や家庭環境について職場で大きな声で語るなど言語道断、デリカシーがない、という風にみなされるでしょう。そこが難しいところです。仕事のことだけ話し合って、個人的な話はしない、というのは現実的にはあまりないからです。個人的な事情も含めて割とおおっぴらに普段から話し合っているからこそ、ふとした瞬間に「こういうミスがあって」「こうしないとマズい」「どうもこんな事が起きているんじゃないか」など職場におけるいろいろな危険なサインをみんなが共有できるようになるわけです。

あけすけな話が飛び交う環境をツラいと思うか、それは成果を上げるためには仕方ないと思うかは、リーダーの考え方によります。私の経験から言って、Psychological Safetyを意図的に選択しチームを誘導していくと、組織はアットホームとはまた異なる集団になっていきます。個性が活性化され、みんな何かしらの主張を持つチームになっていくからです。「カドが立つことを言わない無風状態のチーム」であるアットホームなチームとは全く異なります。Psychological Safetyとは「成果を上げるための」“厳しい”職場環境とも言えるのです。

最後になりましたが、このコラムの目的はAI開発の話でした。良いAIを作る、売れるAIを作る、世の中を助けるAIを作る。どんなAI開発であれ、すべて「成果」がないと完成しません。Psychological SafetyはAI開発においても基本中の基本のチーム運営理論だということを紹介させて頂きました。第4回もお楽しみに。

田淵仁志

田淵仁志 ツカザキ病院眼科主任部長兼広島大学寄附講座教授

大阪市立大医学部卒後、研修しながら大学院で大脳視覚生理領域に取り組み、眼科学助手就任。その後、波乱の人生に足を踏み入れる。姫路市の民間病院の眼科に着任し、自作の医療用DWHを基盤とした医療の集約化を図り、15年かけて日本最大級の眼科ユニットに育て上げる。その傍ら名古屋商科大経営学大学院で修士(経営学)とEMBAを取得。並行して進めていたDWH機械学習研究がDeep Learningにより一挙に実用水準に到達したことを契機にAIチームを創設。2019年4月、広島大学に寄附講座「医療のためのテクノロジーとデザインシンキング」を開設。ツカザキ病院眼科主任部長兼広島大学寄附講座教授として、眼科臨床、AI社会実装、医学生研修医教育の三足のわらじを履いている。