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何のためにAIを開発するのか、という視点が大切―眼科医・田淵仁志が語る「医療AIマネジメント論」(6)

2020年1月30日(木)

ツカザキ病院眼科創業者主任部長であり、広島大学大学院医系科学研究科 医療のためのテクノロジーとデザインシンキング寄附講座で教授を務める田淵仁志氏が、AI開発に必要なマネジメントのエッセンスについて語る連載コラムです。

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今回で6 回目になります。第1回はチーミング、第2回はフィードバックループ、第3回はサイコロジカルセーフティー(心理的安全)、第4回はデザインシンキング、第5回はバイアスつまり行動経済学について述べてきました。どの項目も経営学の基本をなす重要な叡智(ナレッジ)です。ぜひ何度も読み返して役立ててもらえればと思います。

アイデアを整理するための「フレームワーク」

今回は「外部環境」について述べたいと思います。実はMBAコースでいの一番に求められるのが、自分の業界の外側、あるいはライバル企業、あるいはこれから出て来るであろう新規企業を“考える”ことです。

何らかの企画を考えるときに、事前準備として問題点を洗い出す段階で用いる「フレームワーク」というものがあります。フレームワークとはそもそもMECE(ミッシー)に考えるためのものです。MECE とは、Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive の略ですが、要するに「漏れなく、ダブりなくアイデアを整理する」という意味です。

フレームワークのひとつに、「PEST分析」というものがあります。これは、これから何か新しい事業を起こす時に、考え得るリスクを予め想定し、あらかじめその対策を打っておくためのものです。外部環境をPolitics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)に分けて整理して列挙するのが「PEST分析」です。漠然と考えるよりも、ずいぶんとスッキリと分析ができるのです。

フレームワークはほかにもあります。たとえば売り手、買い手、代替品、新規参入企業を考える「ファイブフォース」や、市場環境、自社環境、競争環境を列挙していく「3C」、そしてStrength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(市場機会)、Threat(脅威)ごとに商品や自社を考えていく「SWOT分析」などです。

特に3Cはよく使われています。私たちが製品開発を企業に持ちかけると、必ず市場規模を聞き返されるものです。そのときに初めて、医療関係者である自分たちの仕事がそもそも大量生産的な産業とは対極にあることを気付かされます。医療従事者は個人差のある対象に日々向き合っています。市場規模というのはいつも鬼門だなあと感じます。

フレームワークを医学論文作成に用いることもあながち的外れではありません。論文作成もIF(インパクトファクター)がモチベーションになる部分が歴然とありますから、自分の研究と競合研究の強みと弱みを列挙しつつアピールポイントを上手く書き分けるためのSWOT分析は役に立つかも知れませんね(ちょっとオタク的で科学の追求という意味からは外れますが…)。

私には「論文作成を個人の仕事だと捉えている日本の卒後医学教育は、日本の医療を考えるうえで結構大きな問題じゃないのか」という持論があります。そもそも研究活動は誰かひとりの力でゼロから最後まで完遂されることはあり得ないわけです。AI開発は特に、お医者さんが出来ない部分をエンジニアの方が担ってこそ、state of the art と称される「最新技術」を使った論文が提出できるわけです。

チームのアイデアを担うプランナーとして、私はメンバーとの雑談の中からプランニングしていきます。飛躍的な発想者であっても、コミュニケーションの場がなければ発想そのものは生まれないのです。私のチームも他のIT企業と同じように、ラボは外部から丸見えの透明の空間でどこにも隠れる場所がないようにしています。当然ながら座る場所は固定されておらずフリーアドレスです。発想の場であるべきラボ空間が、外から見えない閉ざされた状況、誰か特定のヒトの占有スペースという排他的空間であっては、何かが生まれる確率を下げるというのが最近の定説です。大学の医局というのは、狭いネットカフェ空間のような間仕切り構造になっているところが多い気がしますが、集中して籠る事よりもイノベーション創発の確率を上げるメリットを取っていい時代が来ている気がします。

医療の外部環境をまず考える必要がある

話が大きくそれましたが、今回は「外部環境を考える」ということでした。AIは一体何のために開発するのか、という視点がなくては社会実装に届くことはあり得ません。研究を立ち上げ、注目に値する結果を出し、論文を投稿しアクセプトされ、企業と同様に商品としての体裁を準備し、知的財産を管理し、マーケッターと打ち合わせを行い、市場に出し、実際に販売し、アフターケアやフィードバックを行い、製品の質を向上する。その道のりはおそろしく長いうえ、良いものであればあるほど医療関係者以外の人々のとの関わりが要求されます。私たちが携わる、日本の医療を取り巻く外部環境から、あなたの発想は始まっていなければなりません。そしてもちろん、目の前のニーズに応えていなければなりません。部分最適と全体最適をフィットさせなければならないのです。「考えることはたくさんあるのだ。その最たるものが外部環境なのだ」という点を今回のコラムで理解して頂ければ幸いです。次回もお楽しみに。

田淵仁志

田淵仁志 ツカザキ病院眼科主任部長兼広島大学寄附講座教授

大阪市立大医学部卒後、研修しながら大学院で大脳視覚生理領域に取り組み、眼科学助手就任。その後、波乱の人生に足を踏み入れる。姫路市の民間病院の眼科に着任し、自作の医療用DWHを基盤とした医療の集約化を図り、15年かけて日本最大級の眼科ユニットに育て上げる。その傍ら名古屋商科大経営学大学院で修士(経営学)とEMBAを取得。並行して進めていたDWH機械学習研究がDeep Learningにより一挙に実用水準に到達したことを契機にAIチームを創設。2019年4月、広島大学に寄附講座「医療のためのテクノロジーとデザインシンキング」を開設。ツカザキ病院眼科主任部長兼広島大学寄附講座教授として、眼科臨床、AI社会実装、医学生研修医教育の三足のわらじを履いている。