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行動経済学に基づいたAI開発のサイクルとは―眼科医・田淵仁志が語る「医療AIマネジメント論」(5)

2020年1月16日(木)

ツカザキ病院眼科創業者主任部長であり、広島大学大学院医系科学研究科 医療のためのテクノロジーとデザインシンキング寄附講座で教授を務める田淵仁志氏が、AI開発に必要なマネジメントのエッセンスについて語る連載コラムです。

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今回で5回目になります。第1回はチーミング、第2回はフィードバックループ、第3回はサイコロジカルセーフティー(心理的安全)、第4回はデザインシンキングについて述べてきました。どの項目も経営学の基本をなす重要な叡智(ナレッジ)です。ぜひ何度も読み返して役立ててもらえればと思います。

ノーベル経済学賞で話題になった「行動経済学」とは

今回は「バイアス」について述べたいと思います。ノーベル経済学賞で、ここのところ行動経済学者が立て続けに受賞していることをご存知でしょうか。行動経済学は異端とされてきた学問です。旧来の経済学は、人間は合理的な判断を行う「経済人」であることを前提とする一方で、行動経済学では人間は非合理的であることを前提とします。人間は潜在意識(バイアス)に左右されて、みすみす損をするような意思決定を行うことが珍しくないということを、行動経済学はいろいろな実験で明らかにしてきたのです。

2017年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー博士の功績は損失効果、保有効果として知られています。ヒトは得られる得よりも失う損の方を強く“無意識のうちに”感じるのです。これは、株取引の際になかなか損切りできないことの心理的背景とされています。

「ヒトは『愚鈍』である」とセイラー博士は自分のことを例える形で述べています。「リーダーも愚鈍である」、「リーダーが愚鈍なので組織運営に致命的に影響する」ことが行動経済学的の新しい視点なのです。だからと言って、リーダーは合理的な「経済人」にならなければならないという意味では全くありません。それはムダな努力なのです。どんなに頑張ったところで、「愚鈍なヒト」であるリーダーは無意識なうちに好き嫌いで部下を判断するし(グループバイアス)、身近な側近の話をそのまま信じやすいのです(利用可能性バイアス)。有名なミュラー・リヤーの、「長辺と短辺の長さが同じにどうしても見えない錯視」は、バイアスがヒトにとって不可抗力の存在であることを体感させてくれます。頭でわかっていることと感じてしまうことの分離は、自分もやっぱり愚鈍なヒトであることを痛感させるものです。

「リーダーも間違える」ことを前提にしたAI開発のコツ

もしリーダーというものが間違える「愚鈍なヒト」なら、組織運営はどのようにすればいいでしょうか。まず私が声を大にして言いたいのは、少なくともその前提に立って、チームを作ることなのです。出席者みんなが愚鈍なら、会議はどのような方法論で行いますか? 100人いる組織をわずか一人の愚鈍なヒトに任せますか? 延々と「愚鈍なヒトたちのアイデア」をCritical thinkingでこねくり回しますか?

人工知能開発において、誰か声の大きいヒトのアイデアで、しかも長期間抱えてしまうことは、ほとんど無意味といっていいスタイルです。技術的な情報はネット上にほとんど時間差なく公開されるのがAIの分野です。素早いカイゼンが必要です。現時点ではどのようなAIアプリケーションも医療従事者を助ける補助役、役に立つパートナーとしては認知されていないわけですから、正解も見本もないのが医療用AI開発の現状なのです。ユーザーとしての医療従事者、AIエンジニアやユーザーインターフェースを作るプログラマー、画像処理を行うアノテーター、マーケッター等々開発に関わる全ての職種による活発かつ明るい意見交換と、さっさと作るプロトタイプ、使ってみての頻繁なフィードバック、カイゼンされた新しいモデル。これらの一連のAI開発の“サイクル”こそ、行動経済学が明らかにしてきた「愚鈍なヒトたち」が生み出す成果への最短コースなのです。

田淵仁志

田淵仁志 ツカザキ病院眼科主任部長兼広島大学寄附講座教授

大阪市立大医学部卒後、研修しながら大学院で大脳視覚生理領域に取り組み、眼科学助手就任。その後、波乱の人生に足を踏み入れる。姫路市の民間病院の眼科に着任し、自作の医療用DWHを基盤とした医療の集約化を図り、15年かけて日本最大級の眼科ユニットに育て上げる。その傍ら名古屋商科大経営学大学院で修士(経営学)とEMBAを取得。並行して進めていたDWH機械学習研究がDeep Learningにより一挙に実用水準に到達したことを契機にAIチームを創設。2019年4月、広島大学に寄附講座「医療のためのテクノロジーとデザインシンキング」を開設。ツカザキ病院眼科主任部長兼広島大学寄附講座教授として、眼科臨床、AI社会実装、医学生研修医教育の三足のわらじを履いている。