介護施設の経営や医療機器の開発などを行う芙蓉グループの代表を務める前田俊輔氏が、診断・治療支援AIの要点および今後の動向について語る連載コラムです。
コラムもいよいよ最終回となりました。今までのコラムでは、「医療AIについて(第1回)」、「診断支援AIについて(第2回)」、「診断支援AIの仕組みと活用例(第3回)」、「AI/ICTにより現場がどう変わるか?(第4回)」と取り上げてきました。いよいよ最終回は、「疾患の罹患率を計算する診断支援AIと医療AI の今後」について話をしたいと思います。
AIが進化していると言っても、ドラえもんのような万能AIがすぐに出てこないであろうことは、周知の事実になりつつあります。そこで実際の医療や介護の現場で役立つ医療AIに対し、皆さんにイメージしていただきたいのは、「この医療AIに何をさせたいのか?」ということです。
その目的により、得たい結果(アウトカム)が異なります。例えば、「安診ネット」では、在宅医療や病棟看護師の利用を考え、「高齢者の医療介入の必要性=早期発見」と「高齢者の医療リスク=重症度評価」をアウトカムとし、それを導き出すマーカーとして、血液検査や医療機器を使わずに、現場で簡便に取得できる「バイタル」を用いています。これにより、バイタル測定など日常業務から得られるデータから、患者の状態悪化の早期発見や重症化予防をするのが目的です。そして今回ご紹介するのは、アウトカムを「肺炎・心不全の罹患率」とした「エレファントAI」です。
入院高齢者の中で、がんに続く2・3位の死亡率である疾病が、肺炎と心不全です。自宅療養生活や介護施設、回復期/慢性期病院の患者のうち、この既往を持たない患者の方が少ないのではないでしょうか? 肺炎は繰り返すことが多く、慢性心不全は徐々に悪化していくことが知られています。
この2大疾患の罹患率を血液検査や画像検査無しに算出するのが、経済産業省による戦略的基盤技術高度化支援事業(通称サポイン事業)で作られたエレファントAIです。この診断支援AIは、マーカーとして在宅医療現場で容易に取得できるバイタル・症状・既往歴を用います。これらの必要データは安診ネットや所定の電子カルテの入力データから自動的に抽出しますので、現場の入力手間はありません。従来の熱型表に加えて、対象疾患の罹患率・医学辞書・ガイドラインが表示される仕組みです。
高齢者は肺炎・心不全を繰り返すことが多く、一人ひとりの既往が診断に対する重要なヒントとなります。合併症などの影響で、高齢者の症状の出方は非典型的と医学書には書かれています。しかし臨床現場では、「その患者は以前、どのような症状を示しただろうか」とその人特有の既往歴を参考に医師は診断します。
そこでエレファントAIは、患者ごとの症状の出方(既往歴)のデータを構造化し、マーカーごとの「重みづけ」を算出することで、病気を繰り返す患者の特徴を反映して、より正しい診断を導く学習型AIとなっています。バイタルだけでなく、症状も既往歴も考慮したテーラーメイド診断を支援するAIというわけです。
現在のエレファントAIは、肺炎と心不全のみ罹患率まで算出し、それ以外の疾患に対しては疾患候補名をあげ、医学辞書・ガイドラインを表示します。
今後は、
① 罹患率を算出する対象疾患の拡大:各疾患のデータが蓄積し次第、高齢者のかかりやすい疾患全般に広げていく
② 専門的な診断:病院向けに、マーカーとして「血液検査」「画像検査」などを追加することで、より専門的な診断を行う
ことを目指しています。
診断支援AIが領域拡大や精度向上を果たすためには、データ量だけでなく、そのデータの質が重要となります。多くの診断支援AIの開発が苦戦している原因は、この質の高いデータの収集が困難なためだと言われています。それに対し、エレファントAIでは、バイタルの精度検証機能や症状入力の見落とし防止機能などにより、現場から自然と多くの質の高いデータが収集できる仕組みとなっています。
エレファントAIは、多くの集積データから統計処理を行い、マーカーに重みづけを行う「説明可能なAI(XAI:Explainable AI)」ですが、結果的に人間の医師が経験的に行っている手法と似てくるのは、科学の発達と共に進化してきた西洋医学の成り立ちが起因しているからかもしれません。
最後に今後の医療AIの展望の話をしましょう。
バイタルスコアリング技術は「安診ネット」だけにとどまらず、ヘルスケア全般に広がりを見せています。具体的には、医療分野ではJBCCによる「電子カルテのトリアージ表示」、住宅分野では、パナソニックおよび伊香賀俊治慶應義塾大学教授による「健康寿命延伸住宅」、見守り分野ではベッドセンサーやスマホアプリなどです。
さらに、血圧・脈拍・体温・呼吸数・酸素飽和度が計測できる時計型ウェアラブルデバイスの登場により、バイタルデータの収集は簡便に、自動的に、連続的になります。その結果、個々人のヘルスデータを分析せずに全員一律の絶対値基準で行う従来の診断法は、個人最適化された医療の前に次第に過去のものとなっていくでしょう。
昨今、ウェアラブルデバイスによって収集する生理学的データから疾患発症予測・管理を行う「デジタルバイオマーカー」という用語が出てきました。実際、英国のMedopad社は、ICTから取得したデータからパーキンソン病患者の疾患予測を行うアプリケーションを開発しており、シンガポールを拠点とするBiofourmis社は、心不全の増悪を早期に捉えるための研究を進めるなど、様々なAIが出現しています。先行する画像系の医療AIに対し、「デジタルバイオマーカー」を用いた医療AIは、今後の実績とエビデンスの蓄積が課題です。今後、世界的にその競争が激化する中で、進化スピードは加速していくと思われます。
今後、医療AI全体の進化は、これまで経験者しか成しえなかった領域がAIを用いる事で誰でもできるようになる「平準化」と、新たなデータや分析により精度高く詳しく分かるようになる「高度化」との2つの方向で進んでいくと思われます。どちらも「AI/ICTによる医療の質と効率の向上」に貢献することでしょう。そして医療AIは、40年前のパソコン、20年前のスマホのように、「良く分からないすごそうなもの」から、徐々に「当たり前」になっていくのではないでしょうか。
その中で私たちに重要なことは、それらの技術を道具として捉え、「どう使っていきたいのか?」、「それを用いてどう役立てるのか?」を考えることだと思います。以前述べた安診ネットも、「バイタルスコアリング結果を、施設内でどうルール化して運用していくか?」が活用のための大きなポイントであり、「寝たきり期間と入院期間の短縮」が目的になっています。
皆さんは、仮にAIが解決してくれるとしたら、どの場面、どの内容での「お困りごと」を解決し、どのようなサービスを提供し、未来を作っていきたいですか? 最後は皆さんへの問いかけで終わりたいと思います。
5回にわたり、コラムをご覧いただきまして、誠に有難うございました。
前田俊輔
病院・介護施設の経営(医療法人芙蓉会)・医療機器の開発(芙蓉開発株式会社)等を行う芙蓉グループ代表。学士、現在長崎大学医歯薬学総合研究科公衆衛生学院生。2008年に病院経営に携わると共にICT健康管理システム「安診ネット」を開発し、2012年に老人ホームに導入。高齢者の病気の早期発見と重症化予防に高い実績をあげる。平成29~31年度厚生労働科学研究代表者のほか、経産省補助事業(医療AI開発他)・国交省補助事業(健康延伸住宅)の代表者を務め、(社)日本遠隔医療介護協会理事長として政策提言も行っている。