介護施設の経営や医療機器の開発などを行う芙蓉グループの代表を務める前田俊輔氏が、診断・治療支援AIの要点および今後の動向について語る連載コラムです。
コラムも2回目になります。前回は「医療AIとは何か?その背景と課題」を中心に話してきましたが、今回は「診断支援AI」に絞って話をしていきます。
皆さんが臨床現場で期待する「診断支援AI」とはどのようなものでしょうか?
① ベテラン医師のように診断を行うAI
② 医師や看護師の代わりに色々な記録作業を代行するAI
③ 状態悪化の早期発見や一次診断を行うAI
などでしょう。実はこれらのAIはそれぞれの領域で開発が進んでいたり、運用が開始されたりしています。
例えば①の診断AIの領域では、IBMが開発した質問応答システム「Watson」や、日本初の医療機器承認を取得した内視鏡画像診断支援ソフトウエア「EndoBRAIN」などがあります。また、②の記録代行の領域では、医師が症状や病歴を患者に質問する「問診」をAIで効率化したり書類を作成したりするAI(WEB問診「Ubie」など)があります。
③の早期発見や一次診断の領域では、英国の国民保険サービス(NHS)の支援を受けている、利用者が症状を伝えると適切な医療診断を行うAI搭載型チャットボット「Babylon Health」や、ウェアラブルデバイスによって収集する生理学的データから疾患発症予測・管理を行うFDA認証を受けた「Biofourmis」、ICUでの患者データを集約・解析することで重篤な病態の変化を予測する「DeepSOFA」などが挙げられます。
これから本稿で取り上げる、バイタルデータから高齢者の状態悪化を早期発見する「安診ネット」や、更に症状・既往歴データを加えて肺炎や心不全の罹患率を計算する「エレファントAI」(次回以降で紹介)も③の領域といえます。それでは、これらがどのように生まれたかの話から始めましょう。
「安診ネット」はもともと療養病院での看護師業務をICTに置き換えた「医療現場生まれ」のシステムです。2008年、当時医学の素人だった私が病院に視察に伺った時のことです。病棟看護師は患者に「今日はお具合どうですか?」とお声がけしていたものの、いまいち患者の反応が悪く、「問診」は当てにならない様子。次に看護師は症状観察して記録した後、「バイタル」の測定を行い、測定値を手書きでグラフ化していました。
私は「37.5℃以上は発熱、血圧140mmHg以上は高血圧という基準があるのに、なぜ数値だけ書かずにわざわざグラフを書くのだろう?」と聞いてみたところ、「高齢者は一般成人に比べ低体温、高血圧の人が多く、また一人ひとり特性が違います。そのため、グラフ化することでその人の傾向を見る必要があるのです」との答えでした。当時医療知識が乏しかった私は素直に「患者バイタルを一人ひとりテーラーメイドで考慮するのだな」と受け止め、開発当初から「個体内変動を考慮したバイタル判定」の手法(当時の手法は統計学ではなく、毎日1週間の平均体温を計算し、そこから一定幅で基準域を作成し、外れたものをアラートする手法)を組み込みました。看護師の勘や経験をシステムで補おうというわけです。
病棟看護師は「バイタル」「症状」から異常を見つけると、今度は過去のカルテ記録からその人個人の症状の出方、すなわち「既往歴(過去歴)」を確認していました。現場の看護師はこのように「バイタル」「症状」「既往歴」の情報から、医師へ相談すべきかの状況判断をしていたのです。
「安診ネット』開発は、このような経緯により、「問診」に始まる一般的な診療プロセスではなく、高齢者の特性に反映した「バイタル」「症状」「既往歴」の3つのマーカーを中心としたテーラーメイドの診断支援システムとして開発されることになりました。このように請求や記録から生まれた電子カルテや介護ソフトと異なり『安診ネット』は現場から生まれたシステムのため、一貫して「医療現場の質と効率の向上」を最重要事項としています。医療・介護現場の圧倒的な人手不足の中、業務を効率化しつつ、同時に経験者によらず医療の質の向上を図ることは、AI・ICT普及のための最重要課題と言えるでしょう。
「安診ネット」は、体温・血圧・脈拍・酸素飽和度・呼吸数・意識レベルといったバイタルデータを分析することで、肺炎や心不全などの状態悪化を早期発見し、重症度を評価する「バイタルスコアリング法」(後述)をコア技術としています。「安診ネット」を介護施設で使用する場合、職員が入居者の日々の「バイタル測定」を行うことから始まり、その集積したバイタルデータを整理・分析することにより「テーラーメイドのバイタル異常値」を検知し、更に「医療リスクを数値化」して表示します。医療従事者はそれを参考に医療介入すべきかの判断を行いますが、同時にバイタル入力・熱型表作成・医療リスク表示までが自動化されており、作業時間は紙記録に比べ半分程度になります。
次に「症状」です。介護士が「昨日と何かが違う」と思った際は、「異常」のボタンを押すと看護師がその情報を含めて状態観察をし、「症状」をタッチパネルで入力します。また介護士が入力した食事・飲水・排便といった生活介助情報から医療情報が抽出されます。例えば介護士は「トイレの誘導を行ったが排便しなかった」「おむつにシミが付いていた」という入力を行いますが、医師・看護師向け画面には、「排便量0」として表示され、トータル3日間の排泄量を自動計算し、それが設定値より少ないとアラート表示されます。低栄養の参考になる食事量や、脱水の参考になる飲水量といった情報も同様です。
最後に「既往歴」ですが、入居時、および医療介入時(入院・内服・点滴)に入力します。医療介入時には疾患に対し、どのような症状が表れたかを入力しておくことが、疾患の再発検知に重要な情報となります。そしてこれら「バイタル」「症状」「既往歴」は「多機能熱型表」の一画面に集約されます。
AIで診断するためには、何を診断マーカーとするかが重要です。「安診ネット」は在宅医療の実情に合わせ、血液検査や医療機器の必要な画像検査、・生理学検査を用いず、現場で取得が容易な「バイタル」を主マーカーとしています。生命兆候である「バイタル」は日常的に簡便に把握できる健康指標として重要であり、ほとんどの介護施設や在宅医療現場で取得されています。しかし、高齢者は加齢の影響で、体温低下、血圧上昇、脈拍低下する傾向があり、その分布も人によって非典型的ですので注意が必要です。前述したように、看護師が熱型表を見ながら傾向を掴む必要があるのですが、それには勘や経験が必要です。それをシステムで行うために「安診ネット」では、統計学を用いて個人のバイタルの正常範囲(基準域)を作成しています。
医療分野にはご承知のように様々な領域で統計学が多く用いられていますが、『バイタルスコアリング法』では、各個人の日々の体温・血圧・脈拍などの分布が正規分布になることを利用し、基準域(m-2σ~m+2σ)を作成。そこから外れた統計的な「異常値」を検知します。更にスコア分布表の閾値を絶対値ではなく、「異常値」に置き換えて設定し、スコア合計点により医療リスクを算出します。
まさに前回のコラムで話した、説明可能なAI(XAI:Explainable AI)という訳です。平成29年~31年厚生労働科学研究にて検証を行っており、まず肺炎の医療介入(入院)に対する検知精度を検証し、(カットオフスコア3点以上で感度:65%、特異度:93%)、今年度からスコア合計点3点以上の患者に対して医師が全て診断したところ、98%(51/52)に医療介入の必要を認めたという結果を随時各学会で発表しました。今後も引き続き検証を続けていく予定です。
まとめますと、高齢患者は、
・自覚症状が乏しく問診が困難
・バイタルが一般成人と異なる
・症状が非典型的である
ため、個別最適化されたテーラーメイド健康管理が必要です。それに対して医療・介護現場では、バイタル測定による健康管理が習慣的に行われているにもかかわらず、経時的なバイタルデータを利用した臨床応用は今までほとんど顧みられていませんでした。
看護師の人手不足に対し、ベテラン看護師の勘や経験に頼りすぎることなく、AIが「医療リスク」を計算するテーラーメイド健康管理により、高齢患者の状態悪化を早期発見し、重症化予防を行います。この取り組みは介護施設での運用にとどまらず、回復期・慢性期病院における病棟健康管理システム(JBCC)、健康寿命延伸住宅(パナソニックテクノストラクチャー)、ベッドセンサー類のアラート(パラマウントベッド)なども開発中であり、今後はウェアラブル端末との連動も予定されており、その活用領域を広げています。
前田俊輔
病院・介護施設の経営(医療法人芙蓉会)・医療機器の開発(芙蓉開発株式会社)等を行う芙蓉グループ代表。学士、現在長崎大学医歯薬学総合研究科公衆衛生学院生。2008年に病院経営に携わると共にICT健康管理システム「安診ネット」を開発し、2012年に老人ホームに導入。高齢者の病気の早期発見と重症化予防に高い実績をあげる。平成29~31年度厚生労働科学研究代表者のほか、経産省補助事業(医療AI開発他)・国交省補助事業(健康延伸住宅)の代表者を務め、(社)日本遠隔医療介護協会理事長として政策提言も行っている。