介護施設の経営や医療機器の開発などを行う芙蓉グループの代表を務める前田俊輔氏が、診断・治療支援AIの要点および今後の動向について語る連載コラムです。
はじめまして。私は、医療法人芙蓉会の筑紫南ケ丘病院にて理事・統括情報管理本部長を務める前田俊輔です。2008年にICT健康管理システム「安診ネット」を開発し、2012年に開設した重度要介護者専用の老人ホームに導入することで、高齢者の病気の早期発見と重症化予防に努めています。これから約5回にわたり、診断・治療支援AIの要点および今後の動向について解説していきたいと思います。よろしくお願いします。
新聞などのメディアで人工知能(AI)の記事を見ない日は稀なように、フィンテック(金融×技術)や工場での生産管理など、あらゆる分野でAIは現実的に活用される段階に入っています。一方、医療・介護分野でも、厚生労働省が推進する「次世代型保健マネジメントシステム」に示されているように、次世代型医療の強力なツールとして、ICTと並んでAI活用が大いに期待されています。
しかし、数年前にIBMが開発した質問応答システム「Watson for Oncology」のがん診断が話題になったものの、画像診断支援AIやケアプラン自動作成AIなど一部を除き、医療・介護の世界でAIが臨床応用されているという話はあまり聞かなくなりました。またそのWatson for Oncologyも、導入施設は増加している一方、ドイツのギーセン大学とマークブルク大学の付属病院で、「疾患診断システムとして期待されていたほど優秀でない」と評価されるなど否定的な声もあります。また画像診断支援AIの領域では、高い診断精度が公表される事例がある一方、収益化に関してはこれからと言われており、医療AIの実用化にはまだまだ課題が多いと言われています。医療・介護の臨床現場において、医療AIが役に立つ日はまだまだ先の話なのでしょうか?
最初に断っておきたいのは、昨今当たり前のように使っている「AI」の定義が実は明確でないことです。日米双方で、「AIとはコンピューターが人間のように見たり、聞いたり、話したりする技術」という人間の知覚や発話の代替に近いものだという回答が多数を占めます(総務省「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」)。
一方で、医療関係者の間では、ディープラーニングを筆頭とする機械学習を用いた第三次人工知能ブーム以降のAIをイメージする人が多いように思えます。しかし1980年代の第二次人工知能ブームの際に開発された心電図の自動解析を代表とするエキスパートシステム、その前には1960年代の第一次人工知能ブームがあったように、AIはもっと幅広いものとも解釈できるのです。
本稿では、「AI・ICT技術が臨床現場において、どのように早期発見や診断支援に役に立つのか?」にフォーカスを当てて話を進めていきたいと考えています。本シリーズで取り上げるICT健康管理システム「安診ネット」は、日々集積された介護施設の入居者の生命兆候であるバイタルサインデータから、統計学を用いて個人の「基準域」を作成した上でそこから外れたものを異常値とし、それら各バイタルの閾値の合計を医療リスクとして算出する技術を搭載しているのですが、診断支援AIとして全国報道されたこともあれば、情報処理であってAIではないと言う医師もいます。
このようにコンピューターの情報処理能力と、クラウド上の大量のデータを集積できる特徴を生かして臨床現場に応用するシステム事例を取り上げていくつもりであるため、ここでは「AI」を「知的な機械、特に、知的なコンピュータープログラムを作る科学と技術」(人工知能学会「人工知能のFAQ」)のように、広くとらえて取り扱っていきます。
医療・介護業界は労働集約分野であり、少子高齢化の中、現在圧倒的な人手不足に悩まされています。この人手不足は「数」と「質」の両方の側面があり、実際に「十分な経験やスキルを持つ医療従事者により24時間、365日、現場が運用されています」と胸を張れる医療経営者は少ないのではないでしょうか? その背景として40年に一度とも言われる大きな医療改革が挙げられます。現在断行されているこの改革では、7:1の急性期病棟は、より重症な患者を診ることが求められる一方、高齢者が罹患しやすい心不全・肺炎は、13:1、20:1とより人員配置の少ない地域包括ケア病棟や慢性期病棟で治療がなされます。
同時に、長年療養病院が担ってきた「癒す医療」に関しては、在宅医療の領域として介護施設や自宅療養で受け持つことになりました。しかしその変化に対応し、例えば介護施設で夜間看護師を配置できている施設はまだ少数派であり、患者自宅への訪問医療・看護も課題が多いとされています。さらに看護師の新規求人倍率2.36倍(2017年度日本看護協会発表)が示すように、全国の病院でも診療所でも医療従事者が充足せず、マンパワー不足によってあるべき医療が提供できずに困っているケースが多々見られます。
そのような中、AI・ICTによる効率化、およびシステムによる医療の質の担保は、数と質の人手不足に対する数少ない解決策として有効性が探られています。例えばICTは「効率化をうたいながら、実際は紙に対して非効率的な場合がある」という問題により否定的な医療従事者も多くいるようですが、各ベンダーもタブレット・スマホ対応など改良を重ねており、他事業所連携、多職種連携に必要なツールとして、今後一層の普及が進むことは間違いないでしょう。
AIが診断することは法的にも禁じられており、最終的な診断や治療法を決定するのは人間である医師だと定められています。しかし診断の過程におけるAI利用であっても、人(医師)ではない得体の知れぬ存在が診断に関わることへの不安を持つ人がいるのではないでしょうか? それを払拭するものとして、医学が重視してきた科学的根拠=エビデンスと診断根拠があります。
エビデンスは、医療行為において治療法を選択する際の「確率的な情報」として、少しでも多くの患者にとって安全で効果のある治療法を選ぶ際に指針として利用されます。よってAIも「確率的な情報」を出すことが、信頼を得る一つの方法となります。また臨床医が心電図やレントゲン、血液検査などを駆使して疾患を特定する際に、なぜその診断結果を導き出したのか、という根拠が明確に示されれば信頼につながるでしょう。「説明可能なAI(XAI:Explainable AI)」が求められる背景はここにあります。
例えば第二次人工知能ブームの際に開発された心電図の自動解析が医学的に受け入れられているのは、その分析方法がブラックボックス化されることなく、根拠が明確であるからでしょう。なお本稿で紹介する「診断支援AI」は、インプット情報に対し、統計学および診断根拠が明確な情報処理により、アウトプット情報が算出されるしくみで、さらにその結果に対し、「この患者は医療介入すべき確率が〇〇%。その発見率は〇〇%である」と検証しているものです。これを「AI」と呼んでよいのかの議論はともかく、情報処理の上、結果が出力されるシステムは、医師も安心して使える「理由の分かるAI」として受け入れやすいと考えています。それに対し、ディープラーニングは、アウトプットに至った経緯がブラックボックス化されているため、臨床医が受け入れるまでには、少々時間がかかりそうな気配を感じます。
以上、医療AIとは何か、AIやICTが期待される背景、それに対する現状と課題を述べてきました。診断支援AIとして有名なものとしては、自治医科大学の「ホワイト・ジャック」があります。ホワイト・ジャックは、患者の予診・問診情報と生活・環境情報を基に、総合診療医の経験値を反映し、双方向対話型に病名候補を探し出し、医師の診断を支援することを目的としたAIです。
この種のAIは医薬品医療機器等法(薬機法)などの問題もあり、一般の臨床医が活用できる商用モデルになるには、まだ時間がかかると思われます。次回からは、すでに臨床現場において運用されており、商用化されている、オーダーメイドで患者の状態悪化を検知するICT健康管理システムの紹介および、その発展型である心不全や肺炎などの罹患率を算出する診断支援AIの取り組みについて話していく予定です。ご期待ください。
前田俊輔
病院・介護施設の経営(医療法人芙蓉会)・医療機器の開発(芙蓉開発株式会社)等を行う芙蓉グループ代表。学士、現在長崎大学医歯薬学総合研究科公衆衛生学院生。2008年に病院経営に携わると共にICT健康管理システム「安診ネット」を開発し、2012年に老人ホームに導入。高齢者の病気の早期発見と重症化予防に高い実績をあげる。平成29~31年度厚生労働科学研究代表者のほか、経産省補助事業(医療AI開発他)・国交省補助事業(健康延伸住宅)の代表者を務め、(社)日本遠隔医療介護協会理事長として政策提言も行っている。